105 魔女の血筋
「貴女が魔女の血筋?」
「えぇ。お母様の実家がそういう家系だったらしいの。でも、お母様とおばあ様から一度だけお話を聞いただけだから、詳しいことは分からないわ」
久しぶりにラドネラリア王国で生きていた頃のことを話した本来のリリアンは、気が付くと口調がリリアンの頃に戻っていた。
「貴女は……えっと、凛々亜さん? は、魔女についてどこまでご存知かしら?」
リリアンが戸惑いを見せながら問いかける。
「凛々亜でいいわ。と言っても今は愛依の身体だから、人前では貴女が凛々亜だけど」
「ふふふっ。何だかややこしいですわね」
横になっていても上品に笑うその姿は、さすが伯爵令嬢といったところだろう。
「では凛々亜さんは魔女についてどこまでご存知?」
改めて問いかけたリリアンに凛々亜は「ええと……」と記憶の中から魔女に関する情報を引っ張り出す。
「昔は存在していたけれど、今はいなくて、一部の魔女の秘薬のレシピが今も世界に残っているってことぐらいかしら」
「そう。……その程度なのね」
呟かれた言葉に凛々亜は眉を潜める。
「それはどういうこと?」
「正確には、魔女は今も存在していますわ」
「えっ?」
凛々亜は自身が王立学園で学んだこととは異なる見解に、驚きで目を見開いた。
「魔女の末裔に生まれた人の中には、魔力を持っている人がたまにいるらしいの。そういった家系の人たちは、わたくしのように密かに伝え聞いている筈ですわ。勿論、中には自分が魔女と知らずに生きている人もいると思うわ」
「それって……」
凛々亜はハッとする。先ほど、リリアンは自分が魔女の血筋だと言っていた。すると、凛々亜の言いたいことを察した彼女が「そうよ」と頷く。
「実はわたくし、魔女みたいなの」
非現実的なカミングアウトに凛々亜は言葉を失った。
「いや、待って? じゃあ、私がゲームの世界にいた頃、私も魔法が使えたかもしれないってこと?」
もしそうなら、私は処刑されずに済んだかもしれない。いや、その前にアルバートの攻略を優位に進められた筈よ!
そう思った凛々亜の考えを否定するように、「それはないの」とリリアンが告げる。
「魔力は魔女の魂に宿るらしいの」
「魂に?」
「えぇ。おばあ様がそう仰っていたわ。おばあ様も、おばあ様のおばあ様からそう教えてもらったと」
「どうして貴女のおばあ様はその事をご存知なの?」
凛々亜がゲームの世界にいた頃は魔女の存在すら今はないものとされていた。リリアンのおばあ様にも会ったことはあるけれど、一度もそんな話をしてくれなかった。だからこそ、そういった話を凛々亜は聞いたことがなかったのだ。
「言ったでしょう? わたくしは魔女の血筋だと。おばあ様も、おばあ様のおばあ様も魔女だったの」
「……つまり、魔女の時代から代々伝え聞いていたからということ?」
「えぇ。でも、わたくしが自分が魔女だと気が付いたのは、こちらの世界に来てからよ。それもつい最近ね」
そう前置きしてリリアンは語り始める。
「わたくしが魔法を初めて使ったのは、王家主催のお茶会の少し前だと思うわ。あの頃のわたくしは体調を崩していたけれど、どうしてもお茶会に参加したくて、体調が良くなるようにお願いしましたの」
「それでどうなったの?」
「お茶会の前に回復しましたわ。だから、わたくしはお茶会に参加することかできた。その次は、お茶会の後ですわね。ベアトリス様とアルバート様の仲がうまくいくように願いしましたわ」
「えっ? どうして二人の仲を願ったの?」
昔、凛々亜がリリアンの身体になったばかりの頃、侍女に聞いた話では、王家主催のお茶会はアルバートの婚約者候補を絞るためのものだった筈だ。
リリアンにとってもアルバートの婚約者候補になれるチャンスだというのに、他人を応援する事が凛々亜は理解できなかった。それも、悪役令嬢のベアトリスとなれば尚更だ。
「わたくしがベアトリス様に憧れていたからですわ」
「え? いやいや! ……何かの間違いよね? ベアトリスは悪役令嬢なのよ?」
思いがけない言葉に凛々亜は一瞬自分の耳を疑う。だけど、リリアンの瞳は揺らぐことなく、凛々亜を見つめていた。
「それはゲームの中の話ですわよね? わたくしがこの目で見たベアトリス様は優しくて芯のある方でしたわ。貴女も今までリリアンとして生きていたのだから、その瞳でベアトリス様を見てきましたでしょう?」
「それは……」
言われて、凛々亜は言葉に詰まった。それから、リリアンとして過ごしてきた日々を思い返す。
ゲームの中でヒロインに嫌がらせをする。それが、ベアトリスの役割りだ。だけど、ベアトリスはリリアンに嫌がらせは一切してこなかった。
あの頃の凛々亜はシナリオ通りに進めることに必死だった。それなのに、中々シナリオ通りに進まない上に、ゲームとは違う展開が起こるプロローグに戸惑ってしまった。
それでも、婚約解消イベント直前までは上手く行っていた。アルバートがリリアンを優先し始めたからだ。本来ならば、その時点でベアトリスはリリアンに対して嫌がらせを実行する筈だった。それなのにベアトリスは何もしてこなかった。だから、リリアンは仕方なくベアトリスに虐げられている設定で演技をすることにした。
それが功を奏して、アルバートからベアトリスに婚約解消の話がなされた。だけど、数日後に何故かアルバートの態度が急に変わって、今度はリリアンを避けるようになった。それだけでなく、彼はベアトリスを気にかけるようになったのだ。
そこから先は全く思い通りにならなかった。だからリリアンとして、一度ベアトリスに直接アルバートと別れるように話したのだ。
だけど、彼女はその場で否定も肯定もしなかった。リリアンとして令息たちを動かしてベアトリスを連れ出し、アルバートから身を引くか、記憶の秘薬を飲むか選択を迫った時もそうだ。
『わたくしは身を引くことも、記憶の秘薬を飲むことも致しません』
『わたくし、これからアルバート様に昨日のことを謝罪しなければなりませんの。貴女に付き合っている暇はありませんので。そこ、通していただけます?』
あの時のベアトリスは揺るがないものを胸に、リリアンと対峙していた。




