103 アイリーンの境遇
「アイリーン! 本当に目が覚めたんだな!!」
「心配したんだぞ!」
王妃に続いてアイリーンの私室を覗きに来たのは二人の兄、ディックとエリックだった。国王は王妃のすぐ後に知らせを聞いて駆け付けたが、従者に呼ばれて名残惜しそうに部屋から出ていった。
……間違いない。ここは乙女ゲーム『カレラブ・2』の中で、スティソル王国の王子であるディックとエリックはゲームの新しい攻略者候補だ。
そう確信した愛依はゴクリと唾を飲み込んだ。
私が悪役だなんて……だけど、国王陛下も王妃様もアイリーンのお兄さんたちも、みんなアイリーンを心配して駆け付けてくれた。王族なんだから公務とか、忙しい筈だよね? ……それにしても、元の世界の私はどうなったんだろう?
…………死んじゃったのかな?
「アイリーン?」
考えを巡らせていたアイリーンは呼ばれてハッとする。王妃は中々返事をしない彼女を心配そうに覗き込んでいた。
「顔色が悪いわ。まだ無理しない方が良さそうね」
「あ……えっと……」
アイリーンは何と答えるべきか分からなかった。ゲームには国王も王妃も出てこない。いつも彼らのことをどんな風に呼んで、どんな風に話しているのか分からなかった。それに、ゲームでは兄王子たちは我が儘でヒロインに嫌がらせをするアイリーンを非難し、ヒロインの味方をするのだ。
だけど、アイリーンの目の前にいる二人の兄はそんな素振りを一切見せていない。まだゲームのシナリオ開始前だからかもしれないが、アイリーンはそのことに戸惑ってしまった。
「もうすぐラドネラリア王国への留学も決まっているのだから、無理をしてはだめよ?」
王妃の言葉にアイリーンは「えっ?」と驚きの声を上げる。
アイリーンが留学……? どういうこと!?
戸惑うアイリーンの様子に王妃と兄王子も驚いたようだった。
「学園で留学希望を出しただろう?覚えていないのか?」
第二王子のエリックが顔をしかめて問い掛けると、それに続いて第一王子のディックが心配そうに問い掛けてくる。
「ソウレルン男爵令嬢のカリン・ディ・ブレナンと接戦の末、アイリーンが勝ち取った留学権だよ?」
ソウレルン男爵令嬢、それはヒロインのことだ。愛依はヒロインの名前は初耳だったが、彼女の家の名前には覚えがあった。
どうしてアイリーンが一次募集で留学を決めているの? もしかして、もうヒロインがルート選択を迫られる時期に入っているの?
だとしたら、私はこの先の展開を殆ど知らない。
ヒロインがラドネラリアへ留学する場合は、遅れて留学する生徒を決める二次募集でアイリーンが追いかけてくる設定の筈だった。愛依はまだそこまでしかシナリオをプレイ出来ていない。
「まさか! アイリーンお前記憶がないのか!?」
エリックの言葉で部屋の中が一瞬ざわめいた。愛依にはアイリーンの記憶がない。そう言う意味では、記憶がないという言葉は正しかった。
愛依は一瞬迷った。ゲームの知識があるため、全てを知らない訳ではない。だけど国王や王妃、それに世話をしてくれる侍女の名前はゲームに出てこない。それに、王族としての教養やマナー等々、愛依には知らないことだらけだった。
ある意味、覚えていないことは都合が良かった。だから、愛依は「……はい」と答えた。
「それで先程から困惑していたのか。……気付いてやれず、すまなかったね」
そんなディックの言葉に愛依は「いいえ」と首を横に振って否定する。そして、三人の様子を窺うように謝罪した。
「中々言い出せず、申し訳ありませんでした」
「……あぁっ。私の可愛いアイリーン……」
ふらりと、王妃の身体が傾く。
「母上!」
傍にいたディックとエリックが倒れそうな王妃をガシッと支えた。三人をここへ呼んでくれた侍女も慌てた様子で倒れそうな王妃の背中をいつでも支えられる体勢で構えていた
王妃はアイリーンの記憶が無いことに相当ショックを受けたようだ。すると、エリックが舌打ちした。
「クソッ! 何処のどいつだ!! アイリーンに毒を盛ったのは!!」
「ど、毒っ!?」
驚きのあまり声をあげたアイリーンにディックが説明する。
「アイリーンは気付かれないぐらい少量の毒を飲食以外の何らかの形で毎日摂取させられていたんだ。そして、ついに毒が許容量を超えて学園で倒れた。その拍子に頭を打ってしまったようでね」
そんな展開、ゲームにはない。もしかして、ここは私が知っている『カレラブ・2』とは違うのかな?
そんな疑問が愛依の頭を過った。




