102 彼女の魂
愛依の病室でひとしきり涙を流したリリアンは、ふとベットの傍らに無造作に置かれていたゲーム機が目に入った。それはリリアンが愛依として目覚めた時からそこに置いてあったものだ。だけど、よく見ると本体の色が記憶の中にある愛依の持っていたゲーム機とは違っている。水色のそれは凛々亜が使っていたものだ。
ラドネラリア王国で長い時を過ごしてきたリリアンは今の今までその事に気が付かなかった。
手に取ってまじまじと眺めると、画面保護シールを貼るのに少し失敗して斜めになってしまっている跡がある。それは間違いなく凛々亜のゲーム機だった。
どうして私のゲーム機が愛依のところに?
疑問に思いながらリリアンは電源を付ける。そして表示されたタイトルに目を見張った。
「えっ!?『カレラブ・2』!?」
続編が出るという情報は前世で知っていた。だけど、あの頃の自分は余命僅かと思っていたため、そこまで自分が生きていられないと考えてプレイすることを諦めていたのだ。
「……」
あちらの世界でリリアンとして過ごした日々が頭を過る。最後の方は魅了の秘薬と記憶の秘薬を使用して、アルバートとベアトリスに危害を加えた件で罪に問われ、王家が管理する監獄に押し込められた。そのため良い思い出がない。
まさか、課金アイテムがあちらの世界では魔女の秘薬というシリーズの違法アイテムとして認識されていたのは誤算だった。だが、後半は違法だと分かっていながらリリアンはそれを使用した。
凛々亜の頃に推しだったアルバートを攻略しようと必死になったが、それは時間と共に、いつの間にか“周囲からちやほやされて好かれたい”という、感情に変化していた気がする。
要するに、みんながリリアンを褒めそやし味方し、甘やかしたことで気分が良くなったのだ。それだけに、リリアンの障害になる悪役令嬢のベアトリスを意識しすぎて、いつの間にか純粋な気持ちを忘れてしまっていた。
ここに戻ってきた今なら、あの頃のように純粋な気持ちでゲームを楽しめるのかしら?
それは、ほんの興味本意だった。リリアンは“続きから”を選択してゲームを開始した。
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スティソル王国の一室。王女、アイリーン・セント・ウォードは自室で静かに目覚める。
数分前、彼女の心臓は一度止まった。そして、アイリーン・セント・ウォード本来の魂は天に召され、その直後に魔女の血を受け継ぐ者の強い願いと魔力によって、別の魂がアイリーンの中に受け入れられた。
「…………え……?」
見覚えのない天井に驚いた彼女はアイリーンとして身体を起こす。
「ここ、どこ? え?」
戸惑いながら辺りをキョロキョロ見渡して自分が金色の長い髪であることに気が付く。彼女の本来の髪色は黒で長さはショートだ。だけど、金色の髪は座った状態で布団の上にゆらゆらと曲線を描いて流れていた。
……おかしい。何かが変だ。
そう感じた彼女は部屋にドレッサーを見付けた。鏡で自分の姿を確認しようと、ベッドから降りるため移動する。だけど、床に足を付けて立ち上がろうとした瞬間、上手く力が入らずに前のめりに身体が倒れた。
「きゃあ!?」
バタンと鈍い音がした。
「いたたたっ……」
アイリーンは膝と顎を強打して、涙目になりながら身体を起こす。痛みに耐えながら蹲っていると、部屋の扉がバンッと勢いよく開いた。
「アイリーン王女殿下っ!?」
入ってきたのは王家のメイド服を着たアイリーン専属侍女だ。驚きでぎょっとする彼女に部屋に入ってきた侍女がアイリーンの姿を目にして瞳を潤ませた。
「お目覚めに! なられたのですね!! アイリーン王女殿下っ!!」
「は、はい……?」
この人、今“アイリーン王女殿下”って言った? それって私のこと?
首をかしげるアイリーンの手を侍女がキュッと掴む。
「今医者を呼んで参ります! それと国王陛下や王妃様、王子殿下にもお伝えしてきますね!! 皆さま、アイリーン王女殿下をずっとご心配されていたのですよ!!」
言うや否や、ビューンッと風のごとく去っていった侍女。残された彼女、アイリーンの魂亡き後に彼女の身体へ憑依した愛依は愕然とした。
ま、まさか……! アイリーンって!? いや、でもたまたまの可能性もあるよね!?
侍女が王妃を連れてくるまで、愛依は床に座り込んで思い当たる可能性について考えを巡らせた。




