登場人物紹介(6章)
お待たせしました。
6章までの登場人物紹介です。
前回にも出てきた人物は追加要素の記述となります。
それでは、お楽しみください。
あてんしょん。
※作中で判明していない部分は伏せ字になっています。ご了承ください。
※プロフィール内容に6章までのネタバレを含みます。
<登場人物紹介:6章>
①ラエル・イゥルポテー (諱不明):「強欲」補佐係、黒魔術士→黒魔術師。
ラエル。人族の女性、16歳。うねる黒髪に紫目の主人公。感情欠損・恐怖。
当初の目的通りに育ての両親と念願の再会を果たしたものの、状況が状況で事情が事情であったために、本村に立ち入ってから外に出るまでの四日間で随分とやつれた顔になってしまった。
スタラクタスとエヴァンについては、特に思うところがないらしい。彼女にとって憎かったのは砂漠での生活を破壊したアダンソンの信者達であったが、結局のところ彼らが一人も生き残っていなかったという事実により振り上げた拳の行き先を見失った。犠牲だけが積み重なった今回の一件で、悩み、苦しみ、決断した上で、取り返しのつかない傷を負うことになったのは彼女ひとりではないが、彼女にとっては得たものより失ったものが大きすぎた。もしストレンが「ああ」言ってくれなければ、どうしていただろうか。ラエル本人は、自身の傷の深さを自覚できずにいる。
体内に仕込まれていた魔術陣の修復が行われたことで身体的な不調の一部は回復した。しかし心は追いついていないのか浮島に戻った後も上の空になることが多い。ラエルは浮島に戻った後も夢にうなされては起きることを繰り返している。夢の内容は思い出せないが、それが洗脳魔術の後遺症なのか、契約紙に関する新たな悩みを始めとした、彼女の中で処理しきれていない不安を起因とする症状なのか……他にも、原因になりえるものがあるのか。
どうあれ、今は休息が必要である。この先も彼女の人生は続くのだから。
②ハーミット・■■・ヘッジホッグ:魔導王国四天王「強欲」、鼠の巣の管理者。
ハーミット。人族の男性、24歳。針頭の鼠顔で顔と肌を極力隠している。
人命と人心を秤にかけて前者をとった強欲な元勇者は、浮島に帰還するまでの数日を死ぬほど忙しく過ごすことになった。主に、状況説明のための面会をポフで行いながら同時に必要書類を捌くというオーバータスクである。
禁足地である本村に踏み入ったレーテとキーナの処分に関する交渉に始まり、腕を失ったエヴァンと右目を失ったキーナについて経緯説明と責任の所在決め、二人の予後治療に関してハーミットの権限で魔導王国から全力でバックアップを行う旨の契約を締結、またバクハイム及び本村における一連の調査で判明した高魔力地帯化及び魔力溜まりの規模予測と発見された白木聖樹に必要とされるだろう剪定量の共有、定期的な剪定士の派遣伺い、白木聖樹教会本部への報告、カフス売りグリッタとキーナへの事情聴取、サンゲイザーを始めとした賊との面会、捕縛した賊への対応について再協議、蚤の市や東市場での被害について魔導王国から補助金を出すことを契約、蚤の市の被害者および予後治療が必要な賊への対応を含めた一時的な白魔術隊の常駐についての提案、エトセトラ、エトセトラ……なお、この中に個人的な状況説明タイムを称してキーナの質問攻めにひたすらハーミットが答える時間が小刻みに挟まっていたので、ほぼ休みはなかったといっていいだろう。
以上の仕事が全て終わって初めて、金髪少年は馬宿のピトロが用意してくれたサンドクォーツク行きの馬車に乗った。無論、爆睡だった。ラエルが魔王に連行され、その後無事だったという報告を受け、それから二日目の夜中の話だ。
③ニュイ=ノワール:伝書蝙蝠。果実食で、飼料よりアプルが好き。
ノワール。魔導王国資料室所属の伝書蝙蝠。
浮島資料室のレファレンス係は、戦時に諜報係だった頃の経験を活かして今回の派遣任務をやりきった。主に情報収集とラエルの監視、ハーミットとの情報共有などが任務の内容だったが、今章では本村という魔力濃度が高い地域での活動が主だったので、鼻と目を封じられてあまり活躍できなかったと、ふてくされていたりする。
当蝙蝠の自認はともかく、完全回復していなかった翼で飛翔しつつ村中飛び回ってマッピングしたり、ラエルのために魔術の盾を用意したり、トカが用意した足場を自慢の脚力で走り抜けたり (作戦当時、大鎧蜘蛛の視力は素早く動くクラフトの方を追いかけていたため、ノワールが暗躍する様子が視界に入らなかったのである)と、大活躍であった。尚、怪我をしていた翼はツァツリーが行った治療の余波を受けて修復されたらしく、イシクブールまでの帰り道は非常に元気だったという。
浮島へ帰還した後は「高魔力地帯のすぐ傍まで行って無事だった伝書蝙蝠の存在は非常に珍しい」と、浮島に常駐する生物類研究職の面々からその身柄を狙われており、現在は資料室の中に保護……という体で、眠たげな目をするロゼッタの元に軟禁されている。
現在は強欲との取引で得た第二大陸産の超高級な果物を食べながら休暇を楽しんでいるものの、目下の悩みは「このままだと蝙蝠籠から出られなくなるほど太るかもしれない」という、実現可能な未来についてである。
④グリッタ (諱不明):カフス売りの商人。
グリッタ。第二大陸を拠点とする旅商人で、人族の男性。年齢不詳。
いわしていた腰が治って背筋が伸びたバンダナ頭。活躍は地味だったが、冒頭の退却戦も後半の退路防衛戦も、ひと一倍前に出て子どもたちの盾となろうと努めた大人のひとりである。
ラエルに贈ったカフスブローチはキーナを始めとしたスカルペッロ家の面々との合作であり、ループタイを改造するにあたって魔石を提供したのはハーミットで、翻訳術式の魔術陣を敷いたのはレーテだったりする。つまり最新式の魔術陣に敷き変わっているのだが、ラエルにとっては快適さが増しただけで自覚がない。あのカフスは方々の協力ありきで実現したねぎらいの品である。グリッタは協力の例として、手持ちに残っていたカフス類を全てスカルペッロ家に引き取ってもらっている。
絵描きと取引をしたことでグリッタ自身も酷い目に遭ったものの、何よりもキーナを危険な目に合わせてしまったことを悔いている。サンドクォーツクまでの道中はエヴァンと一緒だったのだが、主に「坊っちゃんがお転婆すぎて困るがどうしたらいい?」という共通の話題で盛り上がることになった。尚、鎧蜘蛛との度重なる激しい戦闘によって刃こぼれマシマシのボロボロになってしまった愛剣テレケーは、刃を外した柄を馬宿のピトロに押し付けてある。
カフス売りのグリッタは、髪色を戻し、黒曜馬を手放し、手紙を届け、商品を譲り、剣を手放した。今後、彼の身柄は船都市サンドクォーツクの管轄下となる。
⑤キニーネ・スカルペッロ=ラールギロス:骨守。スカルペッロ家当主候補→当主候補辞退。
キーナ。ダブル (人族と白き者)の男性、15歳。魔術師見習い。
閃きと無謀を両手にゴリ押しで無い道を作ろうとする未来ある若者。今章では度重なる危機をすんでのところで回避し、強烈な運の良さで命の危機をも乗り越え生還した。なんだかんだで周囲の人格的行動に救われまくっているのは本人の人徳ゆえか、母譲りの人心掌握術か、はたまた天然なのか。あのアステルを見て育った息子なので判断が難しいところである。
右目については本村に居る今代についてスタラクタスの分身体が直々に説明と謝罪をしたこともあってなんとか丸く収まったのだが、勝手にラエルたちに同行して本村へと突っ込んでいったレーテとグリッタとキーナ (以上三名は責任能力が高い順番に並んでいる)が順繰りにお説教を受ける時間が待っていた。また、禊歌の無断使用についてもネオン直々に指導が入ったという。
本村の祭壇で起きた一部始終について、仕事漬けのハーミットが休憩を取る時間に質問を許されたキーナは、できる限りの質問を用意して投げかけた。よって、ラエルが自らの育ての親を看取ったことも、シャトーを射た犯人が既に捕まっていることも把握している。
ことの成り行きを時系列順に並べて妙な引っかかりを覚え首を傾げるまではしたものの、キーナは最後まで違和感の正体には気づくことなく魔導王国へ戻る一行を見送った。……彼にとって最も重要な検討事項は、依然色褪せた記憶の中にある。
⑥レーテ・オッソ=スカルペッロ:骨守。キーナの祖父であり、イシクブールの草刈りおじさん。
レーテ。魔族の男性。スカルペッロ家現当主の旦那様で、結界術使い。
孫が本村まで着いてきたり、孫が鎧蜘蛛に攫われたり、知らない内に孫が捕蟲大作戦の参加を決めていたり、ようやく再会したかと思えば孫の片目に知らないものが嵌め込まれているし――で、今章では非常に情緒を振り回されることになった苦労人である。
なお、上記の文面はキーナに対する反応のみを書き出したものなので、可愛い親戚の子どもポジションのエヴァンが腕を失ったことを黙っていた事実も、キーナと連動する呪いを受けていたというグリッタの足に太い穴が空いたことも、同様にレーテの胃痛を加速させる原因となった。加えて本村の事情を受けとめたり、トカのメンタルケアをしたり、ラエルとハーミットに心を砕いたりと無限に忙しかった。章冒頭の数話まで気を失っていたとは思えないカロリーの消費量である。
魔導王国で教育を受けた結界術使いとしては中の上くらいの実力者だが、彼が結界術の専門家として受けた仕事は浮島の螺旋滑り台の建設工事の一件のみである。スカルペッロに婿入りする以前は漁師であり、結界術式を漁業に応用していた。その精度と影響は凄まじく、海中にある刺し網の先の重りの状態までもを把握したとか、彼の引退で漁獲量が減ったとか……精密過ぎる魔力操作と感知技術は、触れさえすれば駆動や生物の状態を把握できるアステル、遠距離まで魔力操作を行うウィズリィ、淀みなく身体強化を行うシグニス、体質にハンデがありながら精密に魔力を操作するキーナなどに色濃く受け継がれている。
⑦ガルバ・ツァツリー (諱不明):魔導王国浮島駐屯地白魔術隊所属。
ツァツリー。白き者の女性。センチュアリッジの一件で保護され、魔導王国で白魔術士の資格を得た。年齢不詳。
とても活躍した、回復術が苦手な強化付与術使い。無表情を貫こうとして失敗する姿が度々目撃されている。戦闘時には専ら斧棍を振り回しているが長時間の戦闘は苦手らしく、鎧蜘蛛との戦闘では得物の重さに振り回されないよう気を張っていた。
人売りの即売会で保護されたこともあって身元不明であり、浮島にとどまって白魔術士の資格を得たことを考えると帰る場所はないらしい……のだが、今章にて顔見知りと出会うことになった。ジェムシの物言いが真であれば、ツァツリーは治療者にも関わらず自身の諱を偽っていることになるのだが、そうするに至った動機や経緯は不明。
自身の在り方を代償にしてでも他者を救うことに関して使命感を帯びている節がある。実際、重症者の治療を行ったことでハーミットよりも背が低い子どもの姿になってしまった。彼女が行った「■■」とも呼ばれかねない治療法と副次効果については浮島の白魔術士も頭を悩ませており、四天王傲慢を筆頭に詳しい調査が進められている。
現在のツァツリー当人がどう過ごしているのかというと、ポーカーフェイスの作り直しに熱心である。調整した新しい服に身を包み、鏡の前で背伸びをしながら無表情の練習をしているそう。元の身体を扱うようには振る舞えない様子で、食事の度に頬が緩むあたり練習の成果は出ていない模様である。
⑧クレマスマーグ・サンゲイザー:蚤の市の一件で捕縛された賊の一人。
サンゲイザー。爪牙有鱗の獣人男性。盗賊同盟渥地の酸土幹部 (捕縛済イシクブール管轄)
急に仕事を任された割に終始色々ありすぎて最初から最後まで苦笑しかできなかった蜥蜴の獣人。今章の冒頭からハーミットとラエルが二人揃って全く大丈夫では無かったために、非常に嫌々と大人役をすることになった苦労人のひとりである。
キーナへの個人的な恩は理由の二割ほどで、あの場に残ることを決めたのは村に足を踏み入れた時点で賊の面々が残した痕跡を目にしていたからだった。できるなら状況把握、必要なら仇討ちのつもりで大鎧蜘蛛に挑むも毒牙を受け後退、落とし穴を踏み――紆余曲折あってどうにか生き残り、本編での休眠へと繋がる。
エヴァンとツァツリーに関しては、まあ放置しても大丈夫だろう程度に考えていたのだが最終的には全員とも無茶を通す馬鹿ばかりだったと分かって天を仰いだ。キーナに氷魔術を教えようと思ったのも気まぐれ半分であり、習得できないだろうと踏んでのことだったりした。結果に驚いたのは蜥蜴の方である。
結局のところ脱走の機会を逃したサンゲイザーは新たに捕縛された三人の同胞とともに無事再収容された。面会に行った針鼠が聞くところによれば「オレが原因でちびっこにとばっちりが行くのは、なんか違うだろぅが」だ、そう。
今後、その身柄の扱いはイシクブールの管轄となる。
⑨ニートカ・レイシー:ラエルの育ての父親。糸術使い。
トカ。男性、魔導王国から出兵した魔獣連合軍に従事していた白魔導士の人族。
ラエルには「亡国の白魔術師トカ・イゥルポテー=ラグス」を名乗っており、導士であることも伏せていた。そのため、ハーミットやストレンはラエルが言う「トカ」が「ニートカ」という名の魔術師であると気づかなかったのだ。
尚、赤魔術士という新職の提案にあたって魔導王国の魔術師に関する知識を頭に叩き込んだ直後である針鼠はトカの経歴を知っているために「トカ」と「ニートカ」が同一人物だと知った時点で非常に複雑な心境だった。実績からの想像とほど遠い、残念な男であったからして。
トカは妻と白砂漠でサバイバルする最中、偶然再会した友人に頼まれる形でラエルの保護を引き受けた。その後の経緯もあって、実の娘ではないラエルに対する印象は良くなかったようだ……が。結果的にラエルにかなり入れ込んでいる節があり、自身が嫌われてでも怪しい男との縁を切ろうとしたり、度々闘いの場から引き離そうとしたり、妻を救うために利用すると決めたにも関わらず内心乗り気ではなかったり、体調が悪いと見れば魔術陣を仕込んででもサポートするしで、端から端まで情緒がぐちゃぐちゃである。素直に義理の娘 (弟子)が可愛いと言えばいいものを、過保護な行動が目立つ一方で「ラエルを娘とは思えない (呼べない)」とまで言い出すのだから、その態度に周囲がブチ切れるのもさもありなんである。
魔導王国への帰還後、彼を待っていたのは長期間に渡る事情聴取である。骨守の本村に関わる事柄に始まり、多くの遺体が見つかった渥地の酸土の件、白砂漠での生活と、それを破壊した「アダンソンの信者」を名乗った人物について――魔導戦争時に滅びた亡国と、その経緯について。トカとシャトー、二人がラエルに行った所業に対する裁量は、全ての聴取が終了した後に改めて判じられることになっている。
⑩ジェムシリカ (諱不明):渥地の酸土構成員。
騎士くずれのジェムシ。第四大陸出身、白き者の男性。
緑青色の長棒を振り回す元騎士で盗賊。サンゲイザーが骨守本村に送り込んだ斥候のひとりであり、その気質からチームのまとめ役だったが、大鎧蜘蛛との戦闘により両手両足を欠損、義肢を使用して日常生活を送れるようになったあたりでラエルたちに出会った。
仇討ちできる未来も見えず疲弊していたところにやってきた外部からの希望は、あろうことか「不殺」を貫くと言い出した。しかも自分たちを送り出した蜥蜴の獣人は盗賊同盟を裏切って捕まった上にラエルたちに力を貸しているときた。各々から事情を聞いたジェムシの内心は割と煮えたぎっていた。彼が気さくに振る舞い終始周囲への声かけを欠かさなかったのは、大鎧蜘蛛の喉に穂先が届くその時、妨害を受けるまでの時間を得るためである。
故に、彼が本心からラエルたちに力を貸すと腹を決めたのは最後の作戦で祭壇に踏み込んだ後のことだ。そういう意味でも顔見知りのツァツリーがしていた心配は的を得たものであった。彼は恩を返すためにトカに義理立てし、また自身の恩を返す為に逝った同胞の仇を討とうとした。しかし大鎧蜘蛛を化け物としてしか見ることができなかったジェムシにはない視点が、ラエルとハーミットにはあった。あのとき起こった騎士への回帰は、年長者としての理性が勝った瞬間だったのだ。
全てが終わり、上手く動かせない手足を前に覚えた感動は直ぐに霧散する。彼はラエルの口から直接「結末」を聞いた。ジェムシは迷わず魔法瓶の内側に収まることを選んだ。同じく捕縛された同胞や背が縮んだ知り合いの今後が気になるも、まずは我が身の心配である。彼は今日も幻肢痛が残る手足を投げ出し、悪夢に怯えながら聴取の時を待つ。それらが、せめてもの罪滅ぼしになることを信じて。
⑪クリザンテイム (諱不明):渥地の酸土構成員。
元狩人で寡黙な双槌使い、クリザンテイム。第二大陸出身、獣人と魔族のダブルの男性。
意匠を潰した双槌を得物としている巨躯の男。元は雄叫びを上げながら敵を薙ぎ払う嵐のような闘い方を主体に対多数の戦闘において本領を発揮する殴り込み役。戦闘スタイルのせいで元々喉を悪くしがちだったが、大鎧蜘蛛との戦闘を境に発声が全くできなくなった。傷は完治しているが、精神的な快復には遠いようだ。
狩人時代、周囲の反対を押し切って小型翼竜の巣に喧嘩を売ったパーティーの尻拭いを押し付けられて死にかけたことをきっかけに所属ギルドを脱走。人里離れた森の奥で破壊の限りを尽くしているところを現在の首領であるスキンコモルにスカウトされ盗賊となった。
現在は双槌がメインの戦闘スタイルをしているが、本人は格闘や弓術もそつなくこなす。彼が弓を引かなくなったのは所持していた特注の大弓をファレに譲ったからである。趣味は武具や防具の手入れと工作、錬成魔術。手先の器用さは義肢の制作にも活かされている。
大鎧蜘蛛に関する詳しい情報を得た時、クリザンテイムは静かに怒りを腹の内に飲み込んだ。ジェムシの胸中は推し量る以前に分かっていたし、ファレの様子がおかしくなったことも気がついていた。不穏因子を知る立場でありながら密告しなかったのは、彼が賊の一員であったからである。
最終的にクリザンテイムは「眼の前で自身を信じてくれた誰かを死なせないこと」を選んだ。彼は作戦の決行が決まった時点で、壁としての役目を全うすると決めていたのだ。その「誰か」がカフス売りでなかったとしても、誠実であろうとする善人を背にしていたなら同じ行動をとっただろう。
クリザンテイムにとって計算違いだったのは結果的に自身が生き残ってしまったことだ。顛末を知り、魔法瓶の中で胡座をかき、同胞の心中を想像しては歯噛みする。後悔の念は無いが、あの時の判断に正義を問われた時、本心から頷くことはできないだろうと思いながら。
⑫テゼォロ=ファレ (諱不明):盗賊同盟渥地の酸土構成員。
猫足のファレ。立ち耳で鍵しっぽの獣人。白藍色の右目と淡い銅色の左目のオッドアイ。黒と茶との斑髪にアイボリーの毛並みの三毛。性別は言及されていないが、恐らく男性だと思われる。
筋肉質でしなやかな細身に似合わず、巨大な弓を得物としている。本来の得意はナイフらしいが、何時だかの首領に「対人戦闘でナイフの使用を禁じられた」ので使っていない、という経緯がある。
生まれは第二大陸、双子の兄弟と共にとある人族に拾われた。兄弟共に同じ「テゼォロ=ファレ」の名をつけられ殺しを教えられて育つ。雇い主兼育ての親が殺害されたことをきっかけに第二大陸各地を放浪、業界で一目置かれる危険因子となるが、ある時、殺害を命じられた盗賊同盟の首領に挑むも返り討ちに遭った。その後、当時の雇い主がファレとファレを手放したことで盗賊同盟に入り浸る道を選ぶ。
骨守本村でラエルたちが会ったファレは「現在まで生き残った方のファレ」である。もう一人のファレについては兄弟と記述する。
兄弟について明かされている情報は少ないが、「花の女」または「土の女」と呼ばれていた女性構成員を殺害したことを理由にサンゲイザーの手で殺されているらしい。兄弟のしでかしについてファレはサンゲイザーに同情的ですらあり、自らの行動基準を揺るがすほどの衝撃であったようだ。それまで明らかだと思っていた白と黒の境目が斑に混ざるようになり、独断で判断することを忌避するようになる。
本章冒頭で自らジェムシに問いかけたように、基本的にファレは自分ひとりで判断を下そうとはしない。兄弟と同じ轍を踏むことを、ファレは「白」としなかったのだ――ラエルの手帳を盗み読み、トカとハーミットの会話を聴くまでは。
手帳盗み読み事件は、盗賊同盟渥地の酸土構成員であるジェムシたちとの情報交換と協力のきっかけになったと同時に、惨劇を目にして心を壊しかけていたファレの判断基準を破壊するのに十分な衝撃を与えた。ファレは、独断で凶行に及んだ。
盗賊同盟所属に関する裁量とは別に、本村の一件に関するファレの罪量と裁量は審議中である。彼の行いは本人や周囲の認識では「殺人」だが、報告書上は「変質個体の討伐」に相当する故である。
⑬ブローサ・ビングレーニア=クリュウ (故人):盗賊同盟渥地の酸土構成員。
お尋ね者の魔術剣士、ブローサ。第五大陸出身、人族と魔族のダブルの男性。専門は黒魔術の死霊術式。
魔導戦争勃発時に人族への差別が激化、同郷の魔族に家族を殺されたことで天涯孤独の身となる。得物は螺鈿武具のレイピアで、自身の父親の形見だった。両親と妹を殺害した犯人は後に彼自身の手で禁術の贄となっている。
第二大陸のとある村にて「魔術書を背負った目つきの悪い痩せぎすの男を追っ払ってほしい」という内容の依頼をイリスが受けた際、食事を施され治療を受けたことをきっかけに行動を共にするようになる。因みに目つきが悪いのは目の隈が濃いせいで、痩せていたのは少食かつ肉がつき辛い体質だったからである。
イリスが盗賊同盟に加入すると同時に盗賊となる。死霊術式を織り交ぜた死毒の剣は、時にジャイアントキリングを成し遂げた。ただし、その悪運の良さは大鎧蜘蛛に通用しなかった。
彼はジェムシが腕を落とされたと認識した時点で自身へと凶運が集まるように仕向けた。「薄い身体一枚でも盾がないよりはマシだ」と、それで蟲爪を受け止めることができればと思ったのだろう。しかし運は彼の味方をしなかった。ブローサは自身の前方に立っていたクリザンテイムの腕が落ちた数秒後、蟲糸に操られた槌に頭を砕かれ即死した。
⑭ゲウム・ヴォーヴァイン (故人):盗賊同盟渥地の酸土構成員。
大盾を戦斧として振るう猛牛、ゲウム。第二大陸出身、獣人の男性。有角偶蹄の系譜であり、こめかみの上にそれぞれ太く湾曲した角が生えている。
クリザンテイムも大柄だが、ゲウムの方が身丈が高く体格も良く逞しかった。しかし角先から顔に至るまで全身を甲冑で隠しており、本人曰く背中と顔の傷跡を誰にも見せたくないとのことだった。政治の場で発言を許されるような、それなりの地位に居た過去がある。が、そのことを知って彼に相対した者達は全員、既にこの世にはいない。甲冑の中を目撃した者も、同様である。
ゲウムの得物は縁の切っ先辺りを鋭く磨いた大盾であり、これを軽々と振り回すことで武具として扱った。シールドバッシュに続けて斬撃が放たれる戦闘スタイルが特徴的で、大盾を武器にしているにも関わらず「凶悪な戦斧を相手にしている気分になる」と言わしめた。ゲウム自身に名声を上げる欲はなかったのだが、盗賊同盟内でも幹部や首領と競るほどの実力者だったようだ。
大鎧蜘蛛を前に最期まで盾を構え続けたゲウムだが、勢いよく大盾を地面に叩きつけ守りの姿勢を取った瞬間に勝負はついていた。盾の振り下ろしが着地すると同時に下方から土魔術の襲撃を受けたのだ。鎧の隙間を縫って鎖帷子を突き破った鋭利な土の針は、瞬く間に堅牢な鎧の内側で跳ね回り、無慈悲にも彼の命を刈り取った。
⑮イリス・ブラン=サンゼン (故人):盗賊同盟渥地の酸土構成員。
白魔術師くずれの薬草師、イリス。魔族の女性。第二大陸出身だが幼い頃に第一大陸に疎開、人族に紛れるためにノット教の信者となる。白魔術を扱うが無免許かつ薬草師としての能力が高いことを理由に、自ら薬草師を名乗っていた。
ごく一般的な魔族の家庭に産まれたイリスは疎開先で世紀末のような体験をしながらも白魔術士となったが、魔導戦争後に世界法に追加された「人族による白魔術使いの育成と指導、人族から白魔術師を排出することの禁止」の法に引っかかり白魔術士の資格を剥奪され、いきなり無職になってしまう。
仕事と資格を得るために外大陸への密航を決めた彼女は置き手紙を残し第二大陸に渡った。第五大陸にある魔導王国を目指すイリスだったが、馬車賃や宿代、山越えの護衛などを雇うために狩人ギルドに所属、お金稼ぎに奔走する。第二大陸のとある村にて「魔術書を背負った目つきの悪い痩せぎすの男を追っ払ってほしい」という依頼をイリスが受けていたのも、小銭稼ぎが理由である。
ブローサと行動を共にするようになってからはガラの悪い人間に絡まれることが減り、貧しいなりに楽しい日々が続いた。ある猛獣を相手にした際、身体を張って助けてくれたジェムシに恋をして盗賊同盟に加わる。スキンコモルを始めとした比較的まともな面々はあの手この手で追い出そうとしたが、盲目な恋の暴力を前に屈した。白魔術士を目指す純粋な女性は、既にそこに居なかった。
大鎧蜘蛛を前にした六名の内、唯一武力を持ち得なかった人物である。頼みの綱であった盾役が瞬殺された時点で彼女が生き残る道はなかった。手足を奪われ、舌と喉を割かれ、失血により死亡した。
⑯ナナシノ (生死不明):盗賊同盟渥地の酸土構成員。
軽快のナナシノ。人族の男性。第一大陸発祥の酸土時代から、のらりくらり生き残っていた構成員のひとり。生き残る能力は高いが当人の戦闘能力は皆無に等しく、索敵や戦闘などを使役する魔獣に任せている「魔獣使い」である。得意は即時隷属術式だったが、当人の好みは絆を深めることで「協力契約」を結ぶ手法だった。
他の生物の力を借りる魔獣使いという職業は、魔力と武力の両方に特化できない人族にとって伝統的な職だが、魔導戦争を期に「職業としての廃止」を言い渡された。内容としては「双方の同意が無い一方的な主従契約・隷属の禁止」であり、「魔獣や獣、精霊などと双方同意の元で契約を行う」事は禁止されていないのだが、外聞が悪くなった「魔獣使い」の肩書は瞬く間に表社会から抹消された。ナナシノは当時可愛がっていた魔獣達を回収・処分されて失意の底にいたところを、初代首領にスカウトされて盗賊となる。
第二大陸への密航時、一人娘を残して沈む船に残った初代首領とその妻に恩があるからと、盗賊同盟に居続けた古参である。当人も目立つことを嫌う性格で実際影が薄く、情報収集や潜入調査を得意としていた。できることが多いので、誰とも特別仲が良くないなりに上手くやっていた。
サンゲイザーに斥候係のひとりとして抜擢され、骨守本村に辿り着く手前で消息不明となる。ジェムシ曰く巨大な蛇斑に追われている内に姿が見えなくなったのだという。
⑰エヴァンジェ・ジーン=アダン:骨守。サンドクォーツクの衛兵。
エヴァン。人族の男性。第三大陸西部、船都市サンドクォーツクの門を護る衛兵のひとり。ハーミットとは面識があるらしく、妙に懐いている。
骨守本村の出身者唯一の生き残りで、伝導者。本村を逃れバクハイムの村長に拾われて「ジーン」を名乗るようになる。両親が自分を逃がすために死んだことを悔やむあまり、己の命に価値は無いと考えているため自己肯定感が殆どない。故に超ネガティブなのだが、日々その対極を考えては「せめて良き人でありたい」という動機の元で行動するため、周囲からは困り眉が似合う明るい人に見えている。
一時期荒れていた時期があったとは思えないほど常識的だが、護ると決めた相手のためなら手段を選ばないところがあり、その手段には己の身を削ることすら含まれている。腕が欠けた状態でハーミットへの報告を渋ったのは「片腕でもキーナを護る能力はある」と自覚していたからであり、「報告すればハーミットたちが冷静さを欠く可能性がある」と考えてのことであった。もちろん叱られたくもなかったのだが、そこは諦めていた。エヴァンは「自分の損」を勘定に含めないのだ。
余談だが、エヴァンはスカリィ町長の指示で本村に向かったために「片腕を失い、今代と危険な取引をしてまでも孫のキーナを生きて返した」と、逆に忠義を認められお咎めなしとなった。このことに対しエヴァンが「罰のひとつくらい下さいよぉ!?」と直談判したところ、ブチ切れた町長から直々に蹴りを賜った。容赦なく下方向に踏み抜くタイプの前蹴りであった。膝を逸れ脛を削った程度で済んだ為、軽症である。
⑱シャトル・ラングデュシャーデ=レイシー (故人):ラエルの育ての母親であり、黒魔術の師。
シャトー。女性、魔導王国から出兵した魔獣連合軍に従事していた白魔導士の魔族。実際は白と黒の両方を修めており、現場では「灰の魔導士」、「死に嫌われた杼」等と呼ばれていた。
彼女の父親である「エクレール・ラングデュシャーデ=コランダム」は黒魔術研究の歴史において後世に残る爪痕を残した極悪人である。専門であった雷魔術の研究のためとあらば他者の命をも材料にする始末であり、そのために孤児院の真似事をしているほどだった。エクレールは後に愛娘の手によって正当防衛を受けこの世を去ったが、最悪の黒魔導士の才能は娘であるシャトルにも色濃く遺伝した。シャトル当人はその能力をよく思っておらず白魔導士を目指した。
夫であるニートカとの出会いは牢獄のような孤児院でのことだった。幼少期から共に地獄を生き抜いた同士、恋や愛が芽生えるより先に家族であった。産まれた玉のような娘に、二人は多忙ながら全力で愛情を注ぎ育てた。魔導戦争が始まり、パリーゼデルヴィンドへの遠征へ参加し……そうしてトカとたった二人で砂漠に取り残されたシャトルは、ラエルに浮島に残した娘の面影を重ねながら育て上げた。白魔術の適性がない人族の娘が生きていくために必要ならと、自ら黒魔導士を名乗って指導をするほど入れ込んだ。必要ならばと、憎い父親が書いた魔術書を教本代わりに雷魔術の指導をするほどだった。
本編で語った経緯もあり、彼女の遺体は欠片も残らず魔晶石となった。大鎧蜘蛛に変質した後の彼女が行った非道な残虐行為に関する責任能力の有無についても、当人がどれほど明瞭に意識を保っていたのか確認の余地がない。
最期に立ち会ったラエルとハーミットの証言によれば、シャトルは最期の一瞬まで人間であったという。真相は既に、水晶塊の海に沈んでいる。
⑲鏡面のスタラクタス=スタラッソ・アダン:■■■のきこう。栄養袋をちぎり取られた今代の蟲長。発生の経緯や証言から、精霊の類ではないかと推測されている。
スタラクタス。第三大陸北東、未開拓地だと思われていた秘境の村――「アダンソン」に根ざす「鎧蜘蛛」と「白木聖樹」を管理するために産み落とされた「今代の大鎧蜘蛛」である。
本来は白い鎧蜘蛛の形をしているが、キーナの提案を機に「脱皮による様々な姿への変貌」と「同調に似た魔法」を習得した。エヴァンと共にいる際は、マントの内側に隠れることができる鞠ほどのフワフワな蜘蛛の姿をしていることが多い。
生まれ落ちてすぐ、エヴァンとキーナに「名」を貰っている。「鏡面のスタラクタス」は成り行きからキーナがつけた愛称であり、「スタラッソ・アダン」が名にあたる。姓は、かつて本村の村人が「アダン姓」を名乗っていたことが由来である。
エヴァンとの契約によって小さな分身体を村の外へと連れ出して貰った。初めて見るものばかりの世界に、鏡のような八つ目は何を思うのか。少なくとも、スタラクタス側からエヴァンの人生を邪魔するつもりは微塵もないに違いない……つまるところ、産まれたばかりであるはずの自らが持つ特異性について、自覚は薄いようだ。
⑳王様:魔導王国の王。現浮島城主「暴食」の魔王様。
魔王、と呼ばれると若干不機嫌になる魔導王国の王様。
ハーミットを監視するついでに状況の把握をしていたため、人目を憚らずイシクブールに現れたのは「あの場の全員」に対する敬意をはらってのことである。
『分身』とはいえ王様が自らの足を向けた理由は幾つかあるのだが、決定的だったのは本村バクハイムで二度目になる「■の観測」が行われたことである。バクハイム及びアダンソンに踏み込む手を取らなかったのは、王様が降り立った時点で土地の結界や呪いが内容や重要性に関わらず修復不能な状態まで破壊されかねないからだ。
故に王様はイシクブールで待ち構え、合流と同時にラエルを浮島へと隔離した。現場に一報も入れず単独で行動したのは、一度目の観測時に強欲が沈黙を貫いたことから「強欲の手による証拠隠滅」が行われることを危惧してのことである。
事情聴取といえなくもない焼き肉屋での問答は、過酷な体験をしたラエルの精神安定の程度を図るだけでなく様々な思惑が絡んでのものだった。端から見れば「浮島内であるにもかかわらず浮島から空間的に隔離された席」での会食である。勿論隔離されているのは王様と何も知らないラエルだけである。その場でポーカーフェイスを要求されたダッグリズリーの店員は生きた心地がしなかっただろう。
つまり「今回はラエルの運が良かった」ということである――王様は仕事を片付けながら「契約紙」の形で次手を打つ。
㉑ストリング・レイシー:魔導王国浮島駐屯地白魔術隊。烈火隊所属、赤魔術士。
ストレン。魔族の女性。ようやくの休日に綺麗な酒を楽しんでいたら散々な目にあった。
彼女は現在、ハーミットを始めとする四天王やラエルの担当医補助であるカルツェと並ぶほどにラエルの情報を持たされている魔術士である。ラエルと喧嘩をした一件からハーミットの素性を王様から明かされた (聞きたくもなかった機密情報を押し付けられて逃げられなくなったともいえる)ものの、特にこれまで生活に支障なく過ごせていた。治療者として従事する中で、いち針鼠の素性を知ったところで見える世界が変わらなかったからだ。
ただし、そこに「友人」や「家族」が絡むなら別の話である。
ストレンは、ラエルがイシクブールで引き起こした「■の観測」に立ち会った内のひとりである。あの後、情報提供を渋ったストレンに対してハーミットからの強制や処罰は行われなかった。ストレンはそのことに強烈な違和感を覚えている。現状を「泳がされている」自覚をしたのだ。
……故に彼女は、あえて何食わぬ顔で日常生活を過ごしている。それがラエルにとってどのような益となるのかは分かっていない。首元に増やしたチョーカーは「何かあったとき」の為に用意したものだ。実際、メルデルに自白魔術を放たれた際には効力を上手く発揮できたようである。
今回の件に深く関わることになった実の両親について、彼女の口から語られることは少ない。魔導戦争が始まる以前から忙しく仕事をしていた二人のことは尊敬こそすれ理解しようとはしてこなかったからだ。ストレンがそのことを激しく後悔したのは魔導戦争が終わった後のことであり、だからこそ再会したニートカの態度に拳と足が出そうになった。経緯を知った際、六秒数えて深呼吸した後に拳と足が出たのはラエルには秘密である。
浮島へ帰還したあとは王様に連行されたラエルの安否と事情聴取中の父親を思っては歯ぎしりをしていた。アネモネ経由でラエルの居場所を知り、本編での飛び膝蹴りへと繋がる。
㉒シュガー・カルツェ:魔導王国浮島駐屯地白魔術隊所属。「鼠の巣」に常勤している白魔導士。
カルツェ。魔族の男性……だと、ラエルは思っている。
イシクブールに帰還したラエルたちを出迎えたものの、本章においては目立った活躍がなかった黒髪おかっぱの治療者である。後からツァツリーを送り出した身として、なかなか戻ってこない一行の安全を静かに祈っていたのだが、当のツァツリーは馬車から降りるなり「あの姿」だったので……情報を飲み込むのに、しばしの時間を有した。
成長を促進する魔術は数あれど「身体の成長を巻き戻す魔術」は「産まれ直し」や「転生」、「死霊魔術」の領分ですらある。しかしツァツリーの様子を見るにそのどれでもないとカルツェは直観している。記憶をそのままに身体だけ幼女となったツァツリーが、一体何をしたのか。カルツェの口から未確定の考察や推論を聞き出すことはできないだろう。ただ、カルツェとストレンの師であり四天王であるスフェノスがどう思うかは別の話である。
連行された後に無事が確認できた友人ラエルについては、彼女が自らの足で「鼠の巣」を訪れるのを待つことを選択した。共感が苦手なカルツェには、いまのラエルにかける言葉が選べないからだ。
傷心のラエルに必要なのは自分ではない。今日もカルツェは、黙々と薬を煎じている。
㉓■■■■■■■・■■■■■:浮島駐屯地、烈火隊隊長。四天王「嫉妬」。
アネモネ。魔族の男性。赤い髪に赤い瞳、長い三つ編みにつけられた緋一華の花飾りが目立つ中性的な姿の騎士。
今章の期間中は浮島で待機しており、あまり出番はなかった。捌けど捌けど尽きぬ書類仕事に追われる時期がようやく過ぎた頃であり、ようやく一息つけるなと思った瞬間に「無断入国」の気配を感じ取り浮島内に厳戒態勢を敷いて走り回ったのだが、連絡網からの情報でどうやら浮島の外から入国審査をショートカットしてラエルを連行した王様のせいだと分かり胸を撫で下ろした。
……ダッグリズリーの店内で呆けるラエルの顔を見たところで厳戒態勢の必要がないと判断すると同時に王様が何をしようとしていたのか――恐らくは未遂で終わっただろうことを察した。アネモネはハーミットが居合わせていない事実を重く受け止めて、即座にスフェーンの元に連絡を通しラエルの保護を要求している。結果、ハーミットらが浮島に帰還するまでの間、ラエルは自室に届けられた手紙と未署名の契約紙を除く王様との接触機会を持つことはなかった。
因みにラエル当人は王様から「保護」されたという自覚が薄いが、これはアネモネやスフェーンが「ラエルに必要以上の不安を与えたくない」とするハーミットの意思を尊重して「ラエルに何も説明していない」からである。アネモネとスフェーンは仲が悪いが、この件に関しては「さっさと説明しようとしないハーミットの問題だ」と、ドライな共通認識を持っていたりする。
とはいえ、王様が動いた以上は時間の問題だろう。ラエルの居場所を知って走り去ったストレンの背に、アネモネは同情にも似た視線を注いだ。
㉔モスリー・ガーネット:モスリーキッチン店長。
モスリー。魔族の女性。一応、アネモネの親戚にあたる。
モスリーがラエルが浮島に戻って来たことを知ったのは、本編で再会したあの瞬間である。モスリーからラエルへの事情聴取は長い時間をかけてじっくりと行われたが、その殆どはラエルが自身の記憶を芋づる式に思い出しては誤魔化そうと抵抗を繰り返した故に伸びた時間であり、その度にモスリーが眼光を放ったので食堂の空気はあまりよろしいものではなかった。
場所が食堂だったこともあり、ラエルが口にした怪我の言い訳……もとい負傷の経緯については浮島中に周知の事実となってしまったのだが、この一件を機にラエルに絡もうとする浮島の住人は殆どいなくなった。人族である故に引きこもりつつ治療を行っていたニートカの知名度はそう高くなかったものの、白魔術と黒魔術両方に長けていたシャトルの名を恐れる者が一定層居たからである。
また、一部ではあるがラエルを実の娘であるかのように扱うモスリーを敵に回すのも恐ろしいことだと再認識する現役軍人も居たようだ。最前線を退いて尚、モスリーは健在なのだ、と。
㉕メルデル・■■■■■■:浮島資料室館長。
メルデル。種族不明の女性。長身細身の丸眼鏡、鮮やかな色をした服を身にまとう言霊治療の専門家――もとい、尋問や聴取を行う係である。
前章に引き続き、イシクブールで起きた蚤の市事件の顛末について記録と監査を任された彼女は、もう一つの仕事のためにカルツェやストレンに接触し聴取を試みたものの失敗している。聴取が失敗している割には、当人の顔に疲弊や悔しさはみられないが、常に変わらない微笑みを称える瞳から本心は読み取れない。
キーナの聴取を行った後、律儀に酒場へと舞い戻った彼女は、ストレンも流石に頼まなかった最大サイズの「虹」を涼しい顔で飲み干してみせた。飲み干した後の感想は「うーん、やはり不味い」だったという。あまりにも無感情にいうものだから、メルデルが支払いを済ませて退店するまで店内には得も言われぬ空気が流れていた。
だが、退店とともに店内では観衆たちによるスタンディングオベーションが発生した。ともかくストレンに次いでメルデルもこの酒場に伝説として刻まれたわけなのだが、当人たちはそんな事情を知る由もない。メルデルの自認としては「商人を敵に回したくなかった」ばかりに不味い酒を飲んだだけ、なのだ。
㉖スターリング・パーカー (諱不明):指名手配中の絵描き。
リグを名乗る絵描きに扮しバクハイムに潜伏していたが、何故かグリッタとキーナに協力した上で口約束とは異なる内容の魔術 (恐らく禁術指定の術式であると考えられる)を付与して送り出した。
バクハイムに帰還した時点で絵描きは宿屋から逃げおおせた後だった。共に指名手配中の弟「パーカー」の身柄の他にも、麦の村から空き地の隅に置かれていた巨大な竜のオブジェが無くなっていたことが確認されている。ただ、竜のオブジェの有無を認識できたのは四天王強欲とその補佐係、伝書蝙蝠の二名と一匹のみだったという。
次話より本編は一時の閑話休題、6.5章の更新を予定しています。
ラエルの両親探しがいち段落し、浮島での日常が戻って間もなく。
束の間の平穏を享受できるかと思いきや、ラエルとハーミットを新たな試練が待ち受けます。
魔導王国の本国がある第五大陸からやってきた赤冠騎士と、浮島に常駐する烈火隊の合同演習。それに「体力づくり」の名目で参加しつつ日々を過ごしていたラエルの前に現れるのは、魔導王国の四天王を退任したばかりの「色欲」。
誰にも比較的温和な「色欲」は、どういうわけか現在のラエルとハーミットの関係をよく思っていないらしく……?
ラエルの手に渡った黒い契約紙とその内容。
ハーミットが吐いてきた嘘と、隠していた本音。
少年少女が本心を吐露した時、状況は次の段階へ移行する。
6.5章 奇跡とは陽炎に酷似して
安定した制作をする為に、更新再開までお時間をいただきます。
しばしお待ちいただけると幸いです。
【おしらせ】
Planet_Ranaです。
強欲なる勇者の書をお読みいただき、ありがとうございます。
いつも応援していただきありがとうございます。感謝しても足りません。作品の更新でもって恩を返せるよう、今からでも執筆能力最強になりたい所存です。
6章はいかがだったでしょうか。なるべくお早めにお届けするはずが、こんなにもゆっくりの更新になってしまい胃が縮み上がる心地でありました。ひとまず、登場人物紹介まで無事に更新できてホッとしています。
活動報告の方でも説明させていただいていますが、書き手である私の社会復帰計画が始動しまして……加えて家庭の事情かつ就活の再開により多忙を極めております。
しかし働けるかもしれないということは心が健やかになりつつあるということ。なので投稿再開まで、暫くお時間をいただきますことをお許しください。
投稿スケジュールにつきましては、活動報告を参照していただけると幸いです。
今後も「強欲なる勇者の書」をよろしくお願いします。
2025/6/7




