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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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322枚目 「抱懐と落着」


 炭樹(トレント)の扉を閉める。風鈴の音が響く。

 ハーミットは鼠顔を上げ、しっかりと結び止められた小舟を確認して、深呼吸した。


 緑の回線硝子越しの報告によれば、別行動中のエヴァンたちは今代の働きもあって帰り道に苦労はしていないそうだ。現在は合流したツァツリーたちと共に、無理をしない足の速さでこちらへ向かっている途中だとも。


 「負傷者も居るだろう」と合流しようとしたハーミットたちを、先ずは「ラエルの休息を優先して欲しい」と引き止めてきたことだけはどうにも腑に落ちないが……再会したばかりで積もる話でもあるのだろう。

 頭の硬い針鼠が珍しくも都合の良い解釈をしてエヴァンたちの要求を呑んだことで、彼ら三人がいち早く拠点に戻った。というのが、詳しい流れなのだった。


 蜥蜴の獣人は、畑を挟んだ向こう側――石を置いただけの墓を前に、胡座をかいていた。


「しゅるるるる。同情はいらねぇぞ。オレたちは死に方を選べないと分かった上で、賊をやってたんだからなぁ」

「そうか」

「そうだ。んで、オレに用があるのかぁ?」


 サンゲイザーは鱗肌の尾を揺らし返答を待つ。

 しかし、待てども返事がないので首をもたげて振り返ることになった。


 針鼠は蜥蜴が振り返ったことで会話に続きがあったと思い出したようで、慌てて回線硝子(ラインビードロ)付きのピンを(かばん)に収納する。


「……今回協力してもらった分の報酬の件で、提案がある。情状酌量以外になるけど、望むことはあるか?」

「あぁ。それなら墓を」

「それは決定事項だから気にしなくていい。次」

「じゃあ、義肢が必要な奴らにメンテナンスを」

「そっちも治療前提で捕縛するから気にするな。他は?」

「……ほかぁ?」


 サンゲイザーは思案するように黄金の目を細める。


 ここに来る前に量刑を言い渡されたばかりなので、先のことは考えていなかったのだろう。蜥蜴の視線は炭樹の小屋に逸れ、まだ人の気配がしない向こう岸へと逸れ、最後に己の右腕――つい先日不自由になった右手へと落ちた。


 サンゲイザーが喉を鳴らすフリをしながら視線を鼠頭に戻すと、ハーミットは腕組みをしたまま小さなため息を吐いた。


「言っておくけど、貴方が切断した右腕は自傷の扱いになる。一度切断した部位の完璧な再現は望めないだろう。魔力導線ごと切断した部位には、改めて魔力を流す導線を確保する必要がある。治療を望むなら、そっちは入れ墨(ペイント)になるだろうな」

「待て待て待て、何を勝手に」

「右腕の耐久力を補完する防具も必要だ。作るとしたら籠手になりそうだけど……」

「待て。落ち着け。変な顔して出てきたと思ったら脳みそ茹だってんのかテメェ」

「正気だよ」


 ハーミットは引き出(ドロワー)しの箱(ボックス)の中に腕を突っ込むと、引きずり出した布塊をサンゲイザーに見えるように抱えた。


 革手袋越しにも分かる鱗の手触り――この中身は、滅茶苦茶に骨折した鱗肌の()である。


 サンゲイザーは苦い顔をしてそっぽを向いた。ハーミットは半眼になりながら、あまり動かす気配がないサンゲイザーの右腕を掴んだ。


 鱗肌の内側がどうなっているかなど、当人でないハーミットには伺い知れないことだが――予想通り、筋肉が異様に柔らかい。握力は元の半分以下だろうか。もしかしたら骨の強度も――まるで右腕だけ、生まれたばかりの子どものようだ。


「獣人には、驚異的な再生能力を持つ系譜もあるって話だけど。それにしたって無茶が過ぎるよ。そうしなきゃ、死んでたんだとしてもね」

「しゅるるるる」

「腕は、着地にでも使ったか? 使い物にならなくなったからって、次に思いつくのが空気の確保だったあたり、前科がありそうだ。まさか前に言ってた蠱毒ってのも、この方法で突破したんじゃないだろうね? 一応『清浄と不浄の置換』に関わる魔術って、職指定禁術でもあるよね。確か仕組みが可逆で、下手すると逆にも(・・・)できるから」

「しゅるるるる」

「……とはいえだ。どんな経緯や事情があろうと、俺たちがこれ(・・)のお陰で死なずに済んだのは間違いない。ファレを死なせずに済んだのも、貴方が声をかけるのを辞めなかったからだ――だから、今提示したのは相応の報酬だよ。甘んじて受けてくれなきゃ、俺が権限を行使してでも押し付けるからな? そも、情状酌量を押し付けられたほうが良かったか? 望むなら俺は職権乱用するぞ?」

「しゅるるるる」

「言い訳があるなら今のうちに、どうぞ」

「……チッ!!」


 盛大な舌打ちが聞こえて、ハーミットの手から布塊が消える。


 鼠顔が横を見ると、蜥蜴が土を掘ったところに布塊が放り込まれたところだった。


 土をかけられて見えなくなっていく赤錆色の布地を惜しむことなく、最後は自分の足で踏み固め、振り返ったサンゲイザーは何食わぬ顔で肩を竦めて見せた。


 完璧な証拠隠滅だと言わんばかりだ。


「何も見なかったことにしろ」

「努力はしよう」


 土で汚れた手を服で拭くサンゲイザーに、ハーミットは動機の追求を諦めた。

 言葉で聞かずとも、この態度が全てなのだろう、と。


(とりあえず、忘れるつもりはないけどな)


 針鼠はひらりと手を返してみせた。


「……うん。そういうわけだから、他に欲しいものが無いなら俺はめちゃくちゃ困るわけだ。本気で署名(サイン)が欲しいんなら、俺ので良ければいくらでも用意するつもりだよ」


 それはそれとして、ハーミットは目的を果たす方向に話の舵を切り直したので……サンゲイザーは向けられた硝子玉の視線から意図を探ろうと、再び顔を歪めた。


「テメェ、何かオレに黙ってて欲しいことでもあんのかぁ……?」

「この期に及んで、まだ疑うのか。確かに、全く無いとは言わないけども」

「あるのかよ」

「あるけど、それとこれとは話が別だ」

「しゅるるるる! 報酬なんぞテメェが勝手に決めろ。こっちは罪人だぞ?」


 サンゲイザーは言い、今度はハーミットが悩む番になった。


 こうなる可能性もあるだろうと予測していたので案は用意してあるのだが、自信はない。四天王強欲には、脳筋の自覚しかなかった。


「そうだなぁ、長期間暗がりでじっとしてるのは疲れただろうし、ファレを宥める間に身体も冷えただろう。エヴァンたちが戻るまでの間、適当に話しながら組み手でもどうかな?」

「……」


 蜥蜴の獣人の反応の薄さに、針鼠もどきは針並みの頭をモサモサと撫でる。

 次の提案をしようとしたところで、『土塊(ゲー・)錬成(アルキミア)』の詠唱が聞こえた。


 サンゲイザーは手頃な長さの棒を作ると、上下両方を石突に整形する。


「……それならいいだろう。アンタもオレも、多少は暴れたほうが発散になるだろうしなぁ? 黒魔術士と何を話したかは知らねぇが随分と上の空だったろう? オレはオトナだからなぁ、愚痴があるなら付き合うぜ?」

「気遣いは嬉しいけど、生憎吐ける愚痴がないんだよね。それよりも、俺は個人的にサンゲイザーの口から直接聞きたいことがあってね」


 どうやら納得してくれる報酬が提示できたと分かって、ハーミットは胸を撫で下ろした。

 懐から取り出さないままで、防音魔法具の効果を発動させる。


 ようやく、本題に入れる。


「……貴方の証言と、ジェムシたちの証言とに矛盾(・・)があった」

「……ほぉ?」


 サンゲイザーは自らの発言が疑われたことを気にする様子もなく。寧ろ興味深いと言いたげに舌なめずりをした。


 ハーミットにしてみれば、それは意外な反応だった。そして、サンゲイザーがその様な反応を返すならどういう意図だろうかと、鼠顔の下で思考を回し始める。


 適度に距離を取ったサンゲイザーが、新たに手にしていた錬成物を投擲する。

 少し離れた地面に突き刺さったそれを見て、ハーミットは今度こそ琥珀の瞳を丸くした。


「くく。どうした、そっち(・・・)が得意なんじゃぁなかったか?」

「……困ったな。お見通しかぁ」


(本当に、今回は敵に回られなくて運が良かったな)


 ハーミットは投げ渡された刃無しの片手剣を引き抜き、苦笑交じりに歯を剥いた。







「――えぇ? それで、俺たちがここに来るまでの間ずーっと、汗だくになるまで剣と槍を打ち合ってたんですか? もう朝飯時っすよ? ちょっと顔を会わせない内に脳筋にでもなりましたか、ハーミットさん?」

「ははははは。言い返せないのがちょーっとだけムカつくなぁー」

「ほんとっすよ。ラエルさん放置して二人で何してるんすか」

「ほら。そこはちゃんと、煩くないように防音魔術使ったから」

「……ハーミットさん、『振動』ってものの存在を忘れてません?」

「忘れてたぁっ!!」

「くかかかか!! ばっかでぇー!! テメェもたまにゃあ嬢ちゃんに絞られりゃいいんだぜぇ!!」

「そっちもノリノリだっただろうが!? 部外者みたいな笑い方してるけどさぁ!!」

「はあ、あの、ラエルさんとトカさん、二人でノハナの煮汁作ってましたけど?」

「教えてくれてありがとうエヴァン、いま謝りに行ってくる!!」

「ええ、その方がいいかと思うっす……」


 エヴァンが「ご武運を」と言い終わる頃には、針鼠の背は扉の内側に消えていた。


 平謝りのあと、ああだこうだ言い合うトカとハーミットと、二人を一喝するラエルの声が外まで聞こえてくる。エヴァンはそれを聞いて、とりあえず胸を撫で下ろした。


 休息を取ったラエルは半日前よりも多少元気を取り戻したように見えたのだが――駆け込んでいった針鼠の様子のおかしさを鑑みれば、まだ本調子とはよべない状態だろう。


(……あの時の俺も。セット爺さんからは、ああ見えてたんだろうか)


 思わず苦い記憶を想起しかけて、エヴァンは「はっ」とする。


 振り向けば、何食わぬ顔でこちらを見下ろす蜥蜴の獣人の姿があった。


「貴方は行かないんっすね?」

「しゅるるる、オレが行っても小屋ん中が狭くなるだけだろぅ?」


 サンゲイザーは適当な事を言ってヒラヒラ手を振った。


 どうやら説教から逃げ切るつもりらしいが、休息を邪魔された黒魔術士の側は果たしてどうだろうか……エヴァンは苦笑いしながら肩を窄めた。


「ははは……ええと、サンゲイザーさん。改めて、凄く世話になりましたっす。バクハイムに戻るまでの間、もう少し世話になりそうですけども」

「さてなぁ。頭の固い針鼠のことだ、賊のオレらは瓶詰め同行になるんじゃねぇか?」

「それはどうでしょう。帰り道は、今代さまがどうにかしてくれるらしいっすけど……」


 言葉尻まで窄んでいく自信なさげなエヴァンに、蜥蜴の獣人は怪訝な視線を向けた。


 エヴァンは笑って誤魔化そうとしたものの、相手が自分の倍は生きている獣人だったことを思い出して早々に観念した。隠す必要もないと判断して口を開く。


「ハーミットさん、魔法瓶を大鎧蜘蛛(シャトー)さんに割られまくったそうで。手元に数が残っていないそうなんすよ」

「その言い方だと、変な動きをしかねない(やから)がオレらの他にも居るように聞こえるが?」

「ええ、はい」


 エヴァンは答えて、人が集まっている釣り場の方へ身体を向けた。サンゲイザーは促されるまま後をついてきたが、小枝を手にしゃがみ込んだ白服の背姿を認めて足を止める。


 白い下衣の太もも辺りにチクチクと並縫いした形跡があった。靴が合わないのか裸足のまま、立ち上がればサイズが合わなくなった軍服がワンピースであったかのように違和感なく膝まですっぽりと覆い隠す。


 上目遣いに黒い瞳をこちらへと向けた小柄な少女が放つ殺気を前に、冷たい汗が背を落ちていくのを認識したエヴァンが目を逸らした。


 二つに分けられていた黒布のツインテールはひとつ纏めになっていて――白魔術士ツァツリーは無表情を装いながら、明らかに不機嫌そうな態度で振り向いた。


 腰に手を当て、精一杯に胸を張る。

 見るからに、子どもと間違われても違和感がない風貌であった。


 サンゲイザーは開いたまま塞がらなかった顎を手で受け止めて、固まった口角をそのままに口を開いた。


「なんで見てねぇ内に更にチビになってんだよ白魔術士」

「……必要経費です」


 鈴を転がしたような声が返ってきて、サンゲイザーは口を抑える手の力を強めた。


「代償の間違いだろ。っつーか、それだけの影響が出る手を使ってよく生きてたなぁ?」

「治療のために治療者が死ぬのでは本末転倒でしょう」

「そりゃあそうだが、だからってちっこくなるほど魔術使うかぁ?」


 わざとらしく(ひたい)を抑え、呆れとやるせなさを身振りで表現するサンゲイザー。


 流されやすいの代表であるエヴァンはサンゲイザーの様子に「この人、本当に賊なんだろうか。良い人過ぎないか?」などと一瞬思ったが、対するツァツリーは剣呑な目つきを崩さないままだった。


「……いいですよ。聞きましょう。本音は?」

「頭が良くねぇオレでも笑いごとじゃねぇことは理解できるが、テメェの表情筋が息を吹き替えしたせいで無表情だった頃と比較しちまって呆れと笑いが同時に込み上げてくるのを必至に止めてるところだよ」

「……へぇ」


 白魔術士は目尻に青筋を浮かべながら、サンゲイザーにしゃがむように指示をした。


 律儀にもしゃがんだサンゲイザーの口を抑える手を剥がすと、引きつっている鱗肌の口角を目掛け、小さな両手で蜥蜴の顔を挟むように平手打ちを繰り出す。


 小さな手のひらから「ぺち、ぺちん」と可愛らしい音が響いた。


「……」

「……」


 ……細い両腕には鱗肌の硬さの分、衝撃が返っていく。ツァツリーは気まずそうに手を引っこめると、じんわりと痛みが広がった手のひらを見つめて、大きなため息を吐いた。


 ツァツリーは膨れた顔をそのままに、小さな歩幅で小屋の方へと去って行った。

 最早お決まりになった風鈴の音がして、程なくして小屋の中から少年少女の悲鳴に似た叫びが上がったのが外まで聞こえた。


 衛兵は遠慮がちにしつつも、まだ頬を擦っている蜥蜴の獣人の顔を覗き込む。


「そんなに痛かったっすか」

「んや、全く」


 言う割に眉間の皺を深くしたまま、サンゲイザーは「すっく」と立ち上がった。

 どうやら彼なりに思うところがあったらしい。


 エヴァンの中で、初見時に抱いた「治安が悪そうな顔をした粗野な人」という印象が「案外悪い人ではなさそう」に更新された瞬間であった。


「サンゲイザーさんって、案外胃を病みそうな性格してます?」

「……衛兵。たかだか数日共同生活したくらいで分かったような顔をするんじゃねぇよ」

「そういうことを言いつつ言葉通りの本気ではないだろうこととか含めてのこと、っすよ。俺個人としては、ちょっとだけ羨ましく思いますけど」

「しゅるるるるる」


 物凄く不満そうな顔で相槌を打つサンゲイザーに、エヴァンは「へら」と口だけ笑った。この後の展開を想像すると、口だけでも笑わずにはいられなかったのだ。


「――サンゲイザーさーん!!」


 小屋の裏に回れば、伝書蝙蝠を抱えた灰髪の少年と賊二人、商人二人の合わせて五人一匹が揃っている。

 蜥蜴の獣人は返事をしようとして、その良い視力で全てを察した後、今度こそ盛大に顔を引きつらせた。


「あのガキ、何だあの目は。ついでに、手足もがれた筈の野郎らに手足があるようにも見えるんだが。……さっきの縮んだ白魔術士然り、オレの目が疲れてるだけかぁ?」

「ええと。全ては説明できませんが、坊っちゃんはあまり叱らないでやってください。それもこれも、護れなかった俺が悪いので……」

「…………」


 サンゲイザーは黙ったまま隣の様子を確認する。エヴァンは口調こそ愉快そうにしているものの、その目は自虐と後悔の念に溢れ、生気を失っていた。


 そういえばエヴァンも、欠損している筈の右腕部分のシルエットに違和感がある。

 見間違いでなければ、マントの隙間から謎の白い生物が顔を覗かせて――。


 サンゲイザーは眉間の皺を指で潰した。

 頭痛が酷くなりそうなので、深く考えるのを諦めた。


「かぁ――どいつもこいつも自分勝手で困るんだがぁ!? しゅるるるる!!」

「っ、うわあぁ!? えええぇ!?」


 苛立ちを誤魔化すように衛兵の髪をわしゃわしゃに乱した蜥蜴の獣人は、のっそのっそと歩いていってしまった。駆け寄ってきたジェムシとクリザンテイムをあしらうと、ぽかんとしていたキーナの(ひたい)を指で弾く。そうしてエヴァンにしたように、全員の髪をわしゃわしゃと鳥の巣頭にしていった。


「……慰めたつもりなんすかねぇ?」

『さあ。ヒトのかんじょうはむずかしくて、よくわかりません』


 マントの内側でスタラクタスが言うのを聞いて、エヴァンは乱れた髪を直す手を止めた。


 対岸の方を見れば、あちら側で白い蜘蛛が腕を振っている。スタラクタスはエヴァンのマントからほんの少し頭を出し、対岸の分身が顎を開くのと合わせて白い糸を放った。


 両岸から放たれた蜘蛛の糸は途中で絡み合い、長い紐を張る。


 対岸から紐を伝ってきた白蜘蛛はスタラクタスと何やら交流した後、その場で霧散した。スタラクタスの爪先に残されたのは、見覚えのない白い糸の塊……繭のような玉である。


 エヴァンは、差し出された繭玉を潰さないように持ち上げる。

 光に透かせば、小さな何かが包まれているらしかった。


 キーナはサンゲイザーに任せて、エヴァンはエヴァンの役割を果たさねばならない。


「レーテさん。今代さまからお届け物です!」

「ああ、ありがとう。……早いな? 早すぎないか?」

「魔晶石の海らしいですから。埋まってしまう前に、探したかったみたいです」

「対価は?」

「十分支払われているとのことっす」


 エヴァンはレーテに駆け寄ると、先程の繭玉を差し出した。

 結界術使いは疲れ切った顔で首を傾げる。


「……私は、この村に来て失った物などない。今代の誕生の役にも、立っていないよ」

「いいえ。貴方は立派に見届人の役目を果たしたと、今代は仰せです」


 これは、スタラクタスの返答をそのまま口にしたのであって――そうと知っているのはエヴァンひとりだが。たとえ伝わらなくても構わないと、今代は無気力に口を噤むばかりだから。衛兵は、言わずには居られなかった。


 「伝わることを諦めている」とスタラクタスが言い張るなら。それを曲解されないよう、エヴァンが内容を口にするだけだ。


 レーテは繭玉を受け取ると、やるせなさを隠さないまま笑みをつくった。


「見届人、か。……そうか。改めて礼を言うよ。探してくれてありがとう」

「ええ。それで、何を持ってきてもらったんですか?」


 今度はエヴァンが首を傾げる番だ。

 レーテは頷いて、それから手元の繭玉を割り割いた。


 糸に包まれていたのは、青みを帯びた黄色い金属の欠片だった。ひとつひとつはとても小さく爪の先にも満たない。吹けば飛んでしまいそうな軽さである。


 どれも捻れてひしゃげ、元の形状の跡形もないが……魔石を固定するための石座と、台座を固定するのに螺子(ネジ)のパーツが使われていたことだけは、エヴァンにも分かった。


「金属片……これ、装身具ですか?」

「ああ。必要になるだろうと思ってね」


 レーテは大事ものを扱うように、それを懐に納めた。

 エヴァンは右腕に貼りついたスタラクタスの毛並みを撫でながら、ようやく晴れた空を見上げた。





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