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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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320枚目 「断口と黄金」


 猫足のファレ。(いみな)を、テゼォロ=ファレという。

 この立ち耳の獣人は、人族に拾われた兄弟の片割れだ。


 第三大陸や第一大陸で忌み嫌われる双り子の生まれは、第二大陸では特に問題視されない。なので、彼らの育ちに不幸があったとすれば――二人を引き取った人族が、人として必要な倫理観の螺子(ねじ)を幾らか失っていたことだった。


 彼は、人の殺害を仕事にするような外道であった。

 親が居ない子どもは獣の餌になるのが普通とされる、弱肉強食の世界での話である。


 第二大陸で生き延びるために全力を尽くす外道は、二人にそっくり同じ名前を与えて、同じ見た目をさせて、同じ動きを叩き込んで、必要最低限の食事を提供した。


 彼は、二人を生かす代わりに、人殺しの術と交渉術を叩き込んで仕事をさせた。


 獣を殺し、捌き、食べる。蔓を絶ち、煮て、糸にする。

 布を織って服を作り、木を削って弓を作る。編み上げた弦に毒木をつがえ、手を放す。


 そんな生活は長く続かない。


 ファレとファレ、二人を育てた親は、ある日、毒にまみれた肉を食べて死んだ。


 笑って、踊って、死んだ。







 目が眩むほど背を伸ばした、針の樹が揺れている。

 瞳孔を焼くように、朝を知らせる木漏れ日が突き刺さった。


「……」


 立ち耳の獣人は目蓋(まぶた)を下ろす。

 明るさが鬱陶しい。寝起きには早い。


 目蓋裏まで差し込む光の束は、容赦なく視界を赤に染めた。闇が恋しい。折れた大弓を撫でる風の音。鳥の羽ばたきと共に、蟲の巣が砕ける音がする。


 うるさい。うるさい。うるさい。


 呼吸の音がうるさい。もう自分の意思では動かない腕が、憎たらしく思えるほどにうざったい。

 落ちた葉に、鱗が擦れる音。耳を向けなければわからないほど息を潜めた気配。


 鍵尻尾を、できる範囲で持ち上げて――ファレは、目を閉じたまま口を開いた。


「なぜそこにいる。サンゲイザー」

「しゅるるるる」


 蜥蜴の獣人は鳴らさなくても良い舌を震わせて、誰かの真似事をする。

 黄金の眼は細く締まり、針のようになっていた。石混じりの地面に大の字になっているファレと、お揃いの形をした目である。


「顔を見せるのに理由が必要か? テメェらを送り出したのはオレだぞ」

「…………呆れた。あのハリネズミに牙どころか鱗まで剥がされたの?」

「オレはこれ(・・)()だっつーの。裏切られるまで見抜けなかったテメェらが悪ぃ。っつーか、さっきまで鎧蜘蛛を捌いてたんだが。疲れてるだけに決まってる、しゅるるるる」

「はぁ。だから覇気がないって? 元々覇気なんかない蜥蜴なのに?」

「くくっ、相変わらず口が悪りぃなぁ」


 変わってねぇようで安心したぜ。と、頭上から声がした。


 ファレは薄目を開けたものの、視界に入る範囲にサンゲイザーの姿はない。身じろぎした時点で、胸を貫いている矢が変な方向に折れるだろうと思って、姿を探すことを諦めた。


 目覚めてすぐに視界に入っていたなら……ファレは、思考する間もなく飛びかかっていただろうと思う。拳ひとつ握れない、地面に縫い付けられ衰弱したこの身体には難しい話だろうが。


 ファレが冷静さを保っていられるのは、蜥蜴の姿が視界に入っていないからだ。


 蜥蜴の獣人は、ファレ的には()である。


 裏切り者には死を。

 花の女が、そうされたように。


 だから、立ち耳の獣人は再び目を閉じる。


「無理をしてたのはお互い様だろ、テゼォロ=ファレ。仲間が死んだショックで子ども返りしてるってぇ設定(・・)は、もうほっぽいて構わねぇのか?」


 サンゲイザーは、ファレの殺気の理由を知ってか知らずか、軽い口調で暴き立てる。


 ファレは、蜥蜴のそういうところが常々気に食わなかったのだが、指一本動かないこの状況。鍵しっぽと口ひとつで何ができるというだろう。だから、まあいい。


 色々と、諦めはついている。

 既に目的を達しているので、後はどうでもいいのだ。


「アイツらをよく騙せたなぁ。クリザンテイムはともかく、ジェムシリカはそんなに鈍いやつじゃなかっただろうに。目が曇る要因でもあったか?」

「……同郷の上司に出くわしたらしくてね。元々騎士なんだから、護る相手が生きてるならそっちに与するでしょ? イリスが死んだ時点で精神やられてたから、安定剤が必要だっただろうし」

「安定剤ねぇ。他にも死んだのか?」

「ブローサとゲウムが眼の前で死んだ」

「そうかよ。ナナシノは?」

「知らない。洞窟で、はぐれた。逃げたんじゃないの?」


 身体が干上がる感覚がする。血と土が混ざった匂いがする。


「……ナナシノは、ここに居なくてよかった。アイツだけでも無駄死にしなくてよかった。生きて生きて、生きるために死んだとしたら、その方がよっぽど、いい」


 ファレは尻尾を振る。木々の間に、出来合いの材料で組んだ足場が壊れひしゃげて、その辺に張り巡らされた蟲の巣に絡まって浮いていた。


 呪い返しを真っ向から受けた炭樹(トレント)製の両腕は跡形もなく砕け散っている。受け身を取り損ねたことで義脚はへし折れ、役割を果たせなくなっている。


 確実に的を射るために自ら胸を突いた矢ですら。思うように動かすことは叶わない。


「どうして死んだんだろう。死ぬなら今度こそ、ファレの番だった……のに」


 身じろぎひとつで尽きる命のはずなのに。この身体は、どうにも動かない。


 暗い。重い。痛い。


 ごり、と肌から音がして、ファレは意識を浮上させる。


「おい、起きろ。これだけやらかした奴が、全部吐くまで寝かせてもらえると思うなよ」


 ……いま、どれくらい意識が飛んでいたのか分からない。

 蜥蜴にほっぺたを(つね)られたことは、ファレにも理解できた。


 牙に擦れた口の内側が切れた気配がする。

 錆を舐めたようで、不味い。


「――っ、は……なに。まだ、喋らなきゃ駄目か?」

「あたり前だろうが、楽には死なせねぇぞ」


 サンゲイザーは黄金の目を細めながら、淡々と言う。

 どうやら目の前に蜥蜴が居ることも気づかない様子の、目を見開いたまま虚ろにしているファレに言う。


「ファレ。テメェはテメェの片割れと同じく、オレが気に入ってる奴に手を出した。落とし前はつけてもらわなきゃあ、ならない」

「……ファレとおんなじに真っ黒のヤツが、何をいうんだか」


 息も絶え絶えに、立ち耳の獣人は苦笑を漏らす。

 閉じていたつもりの目が乾いていくのを感じて、痛みから逃げるように瞼を下ろした。


「サンゲイザー、アンタが気に入ったかどうかなんて関係ない。ファレが、ファレは、やらなきゃと思ったから……ファレしかやれないと思ったから、やったんだ」


 じくじくと、目が軋む。

 息を吸うたびに、矢が内臓を撫で上げる。


 焼けるような寒さと、手足を貫く幻肢痛がある。


「……どうして誰も、当たり前のことを考えない。あの針鼠も、トカも、分かった風な顔をしているだけで何も言わなかった。最後まであの娘に伝えようとすらしなかった」


 吐き捨てるように、諦められなかったものの話が口をつく。


「どいつもこいつも魔法具を過信しすぎだ。あの魔法瓶(マジックポッド)とやらが壊れない保証は何処にある?」


 独白のように、言い訳のように。

 憂慮が泥を纏って。一度は納得したはずの理性を引き留めたのだ。


「捕まえるまではいい。けどな、持ち出した先で晶化したなら、その場の全員が死ぬだろ?」


 オマエは(・・・・)それで(・・・)満足なのか(・・・・・)。と。


「ファレは物知りじゃないから過ぎた心配だったかもだけどな。けど、もしそれが起こったら? 現実から目を逸らしたヤツらに巻き込まれて――逃げないことを選んだヤツまで、無抵抗に死ぬことになるだろ?」

「……それは、それは」


 蜥蜴の獣人は、喉を鳴らさずに口を開く。


「吐き気がするほど、(かざ)った動機だぁなぁ」


 サンゲイザーはファレの言い訳に、感慨を抱かなかったようだ。


 鱗肌の手は、抵抗する体力も残っていないファレの小さな顎を拾って、喉元を晒すように頭を後ろへ反らせた。

 色を失い、霧がかった視界にピントを合わせられなくなった色違いの両目を。黄金の目が覗き込む。


 獲物を前にした獣に似て、縦に裂けた瞳孔が僅かに面積を広げた。


「ふざけるなよ? そもそもテメェが真面目に話し合いに参加していればこう(・・)はならなかったんだろうが。テメェの得意は大弓じゃなくて短剣だろ、()を通してぇなら出発直前に気に入らねぇ全員を掻っ捌いて黙らせりゃよかった」

「……」

「テメェがやったのは先の展開を憂いた慈善活動でも自己犠牲でもない。立ち会った全員の命を軽んじた暴走だ。テメェはテメェの行いのせいで、ツケを払わざるを得ない状況に勝手に追い詰められただけだろ。それを誰か(・・)のせいにするつもりか?」

「……どの口が言う。裏切り者の癖にファレに説教か?」

「話の矛先をずらすな。オレは、お前(・・)の話をしている」


 蜥蜴の鱗が、ばらばらと動く。

 降り注ぐ朝日を削りとり、影は立ち耳の獣人の喉を這う。


「ファレよ。テメェ、最初から大鎧蜘蛛に一矢報いたかっただけだろ? 前衛でもない黒魔導師の変質個体を相手に、物理的に手足をもっていかれたことがそんなに不満だったか?」

「……そうじゃない」


 ファレは平静を装う。

 何事も、最後の詰めの甘さが失態を招くことを、立ち耳の獣人は知っていた。


「なにが違う。自己犠牲だろうと復讐だろうと、テメェが満足したかっただけなんだろぅ?」

「……そうじゃ、ない」


 何を言われようが、ファレがしたことは変わらない。ファレが思ったことは変わらない。


 だが、どう舌を回して足掻こうがファレは死に体であり。一方のサンゲイザーは、十全と言えずとも余裕があった。


 二人に違いがあったとすれば、その程度。


「テメェも結局、花の女を殺したアイツ(・・・)同じ(・・)だった(・・・)、ってこったろ」


 燻った火に、油が注がれて。


 ぶち、と。ファレの脳内に音が響いた。

 ファレは――サンゲイザーが「それ」を口にした瞬間、唐突に牙を剥いた。


「っファレは、ファレ(・・・)じゃない!! ファレとファレ(・・・)を一緒にするな……!!」


 ファレはこれまで生きてきて、「せめて指先があれば」とこんなにも思った瞬間はなかった。上腕がない両腕の、義肢が割れたそれを切っ先にして、蜥蜴の喉元を狙う。


 いままでびくともしなかった筈の腕が動かせた事実より、伸ばした腕が蜥蜴に掠りもしなかったことに瞠目する。それでもファレは、いつの間にか明瞭になった視界と耳を頼りにサンゲイザーに殴りかかろうとした――が、空振る。


 今しがた欠けたばかりの脚で、林中の歪んだ地面に立てるはずもない。

 受け身を取ることもできないまま、ファレの顔が地面に突っ込む。胸元に刺さった矢が、途中から折れた音がした。


「ファレは、ファレ(・・・)じゃないんだ!! 違う!! ファレは、あの女を殺したりしない、殺してなんか、アイツが……ファレ(・・・)がやったんだ!! 花の女を殺したのはファレじゃない、ファレはあんなこと、しない!!」

「……ああそうだ。お前の片割れを、誰が殺したと思ってる」


 顔も身体もボロボロにした血まみれのファレを見下ろしながら、土槍を手にしたサンゲイザーは呟いた。ファレは何も耳に入らない様子で、無我夢中に地面を這いずった。


 一時の偶然が重なって回復したかに思えた機能は、瞬く間に性能を悪くしていった。


 視界は再び闇に包まれ、耳に砂が詰まったようになる。

 土も血も匂いがしない。朧気に分かるのは触感だけになった。


 時折、喉を詰まらせて噎せ。そうなってまでも、ファレは口を開くのを辞めなかった。


ファレ(・・・)は、愛を理由に滅茶苦茶に殺した。自分のものにしたいからって、我儘で殺した。でもファレはそうじゃない、だって、ファレは死んでほしくなかっただけだ。大切に、したかっただけだ」

「……」

「ファレは。ファレ(・・・)が失敗したのを見た。ファレは大切に、するって決めたんだ。ファレのことは必要じゃなくていいから――だからせめて。文字を見て笑う練習をするのも、何もかもを嫌そうな顔で聞いて何も信じていないのも、会話もできないまま大切な人を奪われるのも、何も分からないまま苦しんで死ぬのも――全部。間違ってるって、そんなの違うって、ファレが思って選んだんだ!! アイツと、アイツとファレを、比べるなっ……!!」


 喉が裂けるのも気にせず、胸から血が溢れるのも気にせず、ファレは這いつくばったまま、見えない蜥蜴の幻を目で追う。


 生まれた時から一緒に居た片割れが死んだ時、ファレは「やっとか」と思った。


 心が裂けるような悲しみと怒りがあった。


 だが、死んだ片割れがしたことを真っ向から否定した蜥蜴の獣人の行動を。ファレはついぞ、否定する気になれなかったのだ。


「ラエル、は。間違っているって気づいていたはずなのに、絶対に口にしようとしなかったんだ。諦めようとしなかったんだよ。若くて、幼くて、子どもで、蛮勇で――家族を大事にしようと必死に食らいつこうとした……だから、ファレは、一回は、ファレ(・・・)がしたみたいに、そうなる前に止めようって……でも、駄目だと思ったんだ。止めちゃいけないって、思いとどまったんだ。あの娘は、本当に怖さを感じないみたいだったから。ファレ(・・・)のやり方じゃ、止めちゃいけなかった……だからっ……!」


 立ち耳の獣人は、言葉の続きを口にできなかった。


 碌な音は耳に入らず、視界が使い物にならなくなっても、感覚はまだ死んでいないらしい。

 ファレは、地面を揺らすほど強く振り下ろされた――蜥蜴の尾を認識した。


「テメェ、そうとう周りが見えてなかったんだなぁ?」


 耳鳴りに混じって、跳痺の牙が静かに口周りを舐めた気配がした。


「命をかけた作戦だっつぅのに、捕縛に使う魔法具について検討しないはずがねぇだろうがよ。オレが、針鼠に魔法瓶の脆弱性について指摘したばかりだったんだぞ」


 ファレは息を呑んだ。

 立ち耳の獣人には、その情報の真偽をはかれない。


 なぜならハーミットがサンゲイザーと直接会話をしたのは、キーナが協力を申し出たときの一回きりであり――その際の会話を、ファレ自身が読唇できる距離で観察していなかったから。


「そもそも重要な話し合いをする時、テメェは参加してたのかよ? まさか、殺意と武器の手入れにうつつを抜かしてたとかほざかねぇよなぁ?」


 目に、耳にしたことが真実であるなら、ファレの眼中にない事実はどうだ?


「っだって、誰も、情報をファレに、ジェムシは、ラエルも、わ、渡さなかった!!」

「おい、とうとう馬鹿を言ってる自覚も無くなったか? 先に『信用して情報を渡すことができなくなる行動』をとったのはどこのどいつだ? テメェ自身だろうが」


 研ぎすませたナイフ。弦を結んだ大弓。


 既に砕け散った得物と共に想起するのは、支度をするファレの背に物怖じせず声をかけようとした黒髪の少女の姿だった。


 ファレは、あの時。彼女が懐に連れていた伝書蝙蝠ごと息の根を止めるつもりで。

 でも、できなかった。できなかったから、別のプランに切り替えた。


 作戦会議で獣人もどきの少年が手にしていた「大鎧蜘蛛(シャトー)」のサンプル。そして、その大鎧蜘蛛を庇うだろう「黒魔術士の血液」を手に入れた。


 計画を邪魔できる人員の弱体化と排除を目的に、必要以上に矢を用意した。林のあちこちに隠しておいたそれを、移動中に回収し――安定した(やぐら)と、速く遠く射つための筒を用意して。万全の体制で、時を待った。


 標的が、弱りきる一瞬を。

 誰かがラエル・イゥルポテーを庇わざるを得なくなる条件を、整えた。


「子ども返りするほど心が壊れかけてるやつに、戦況を左右しかねない重要な情報を渡すわけないだろ。テメェの可愛い口から『弱みの情報』が漏れて蟲に伝わりでもすれば、と考えるだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()、なんだろぅ?」

「っ……でも、ファレは。それでも。死なせたく、なかっただけ、で」


 鉄火で狙う位置は、ラエルの命に支障が出ないように、ファレが自らの腕を撃ち抜いて決めておいた。


 ファレは、それでラエルが勘違いしてくれれば上々だと思ったのだ。


「その言葉、一字一句違えずアイツらに聞かせられるか? アイツらが命をかけて叶うかも分からねぇ可能性を掴もうと必死にあがいているとこに横槍を入れてまでよぉ――テメェはさも護りてぇヤツがいたかのように言うが……テメェが可愛いあまりに暴走したわけじゃあねぇんだと、淀みなく言えるか?」


 的を得るのは、最後の一矢だけでいい。

 ファレは自らの胸に矢を挿し込んだ後に――明確な意思をもって、最後の矢をつがえた。


「い、言える!! だってあの大鎧蜘蛛は、ファレにとって。ファレにとって――殺すべき、蜘蛛だったんだから……っ!!」


 色違いの視線が孕む感情は怒りと焦りを通り越し、ここに居ない誰かへの懇願にすり替わっていく。


「夜の蜘蛛は、殺すもの(くろ)だ。ファレは、間違えていない!!」


 それこそ、ファレが殺意を抱いた事実の自白であり――弓を引いた動機だった。


「…………」


 蜥蜴の獣人は、ファレの弁明を黙殺した。


 サンゲイザーは今回の件に関して、個人の意見を持っていない。

 渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)に居た頃なら、適当にファレと話を合わせて終わりだっただろう。


 今だって、ファレの心臓の辺りを貫いている弓矢が折れ、別の臓器に刺さったとしても。呪剣を持つ強欲が控えている以上、絶命する以外は致命傷に足りないことを知っている。


 テゼォロ=ファレの死に場所は、ここではないのだと。


「しゅるるるるる」


 サンゲイザーは自らの鼓膜を抑えるのを気取られぬように、頭を掻いた。


 蜥蜴は、穴だらけの服をかろうじて服として成立させている腰のベルトに、銀色のピンを挟んでいる。


 黄金の瞳に映り込むのは緑色の鈍い光。

 今もなお通信を続ける硝子の表面を、サンゲイザーは爪でなぞる。


「ファレよぉ。オレが何故、針鼠やらと合流せずに、真っ先にここを目指したと思う?」

「そんなのっ……ファレが知るかよ……!」

同胞(テメェら)が起こした失態(コト)の始末は、身内(オレ)の仕事だからだ」


 ばきん(・・・)


 蜥蜴の爪の先で、緑の回線硝子(ラインビードロ)は砕け散った。

 光を失い、機能を失い、装飾済みのピンはひしゃげて(・・・・・)歪になった。


 ファレの、ぶつ切りになった視界と音の中に。槍を振る気配が映り込む。

 蜥蜴の鱗が擦れる音が耳を裂き、降り注ぐ日の熱が目を焼く。


 サンゲイザーが何をするつもりなのか、ファレは悟った。


 そして、それを認識して、乾いてばかりだった獣の瞳は潤みを増し、怒りと焦りに歪んでいた顔はやがて、屈託ない笑みに置き換わる。


 面白くて、可笑しくて。ファレは、頭が、馬鹿になった気分だった。


「はは。にゃはは。にゃははははは!!」

「笑うほどかよ」

「蜥蜴が真面目で気持ち悪くてにゃあ! 花の女に見せてやりたいもんだにゃぁ!」


 ファレは、嘲笑と共に罵倒を飛ばした。餞別(せんべつ)に最大の地雷を踏み(にじ)りに行った。

 サンゲイザーは挑発に乗ることなく、抵抗の気配を見せないファレの首元に線を引くようにして、視線でなぞった。


 土で作った槍を、左腕に持ち変える。


「く。真面目にやって、悪かったなぁ」

「にゃあははは!!」


 反射で毛が逆立つほどの殺気を受けて、立ち耳の獣人は壊れたように笑った。


 なんだ。確かに。なにもアイツと変わらなかったのだと思いながら。

 栄養の足りない赤土を、限られた居場所を、奪い合うばかりの人生だった――と。


「駄目よ」


 だから。その声が槍より先に届いたのは、奇跡といっていい。


「死んで逃げようだなんて、許さない」


 両腕に包帯と薬の匂いを巻き付けて。

 苦悶に満ちた顔をした黒魔術士が、そこに立っていた。





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