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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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319枚目 「朝の蜘蛛は」


 土魔術に頼らずとも、今代の力を借りれば洞窟の外へ出るのは簡単だった。


 天井を蟲力で破壊して穴を広げ、命綱役をかって出た今代の蟲――スタラクタスは登り終えたラエルたちを見届けることなく、洞窟の奥へと姿を消した。


 彼とも彼女とも形容し難い鏡面の今代は、これから土地の魔力異常を解決するために仕事をするのだという。いつまでかかるのかと問えば、「きこうをあいてに、ぐもんです」と返されてしまった。


 生み出されたからには仕事をする。

 スタラクタスの言い分には、あまりにも自由意志が無いように感じられた。


 だからエヴァンに持ちかけた取引の条件がああいう風(・・・・・)に収まったのだろう、と。エヴァンの口から全てを聞いたいま、ハーミットはそう推測する。


「僕らは一足先に、グリッタさんたちと合流すればいいんだよね?」

「あぁ。可能なら拠点まで戻っててもいいけど……細かいことは、あそこで小迫(こぜ)り合ってる大人に相談するといい。二人とも人生経験が豊富で、頼れる人なのは間違いないからね」


 ハーミットはそう言って、二度目の説教を受けているエヴァンと彼に雷を落としているレーテの方を伺った。キーナは引きつった顔をして、それから頷いた。


 片方だけになった少年の目は、先程ハーミットが握手したために濁りが消えて透き通っていた。

 青灰の視線が、金髪少年の肩を通り過ぎる。そこには針鼠の衣をまとったまま空を見上げ、心此処にあらずといった様子でいるラエルの後ろ姿がある。


「ラエルさん、調子悪そうだけど。腕の怪我だけが原因、ってわけじゃないよね」

「……そうだね。俺だって、君の怪我の具合を見た時も心臓に悪い思いをしたけどね?」

「それは仕方がないだろ。いきなり魔力波が飛んできて、こっちは対策もなしに受けたんだ。僕だって『治療が間に合った』っていう説明を受けて不思議だったくらいなんだから――って、そうじゃない。話を逸らすなっ!」

「うーん鮮やかな突っ込み、健やかでなによりだよ本当に」


 金髪少年は笑いながら言うが、その笑い皺には心労からくる皺も混ざっているのだとキーナは気づいている。ハーミットも察されていることは織り込み済みなので、必要以上に笑顔を繕うことはしなかった。


「……僕らが加勢した後、何があったんだよ」


 キーナは、絞り出すように言った。

 笑うことを辞めた琥珀の目は、僅かに円を歪ませる。


「ちゃんと説明するよ。でもその前に片付けなきゃいけないことがある。再度合流した後に事情を説明する……ってことで、構わないかな?」


 いつも通りの憎らしい笑顔に提案されて、キーナは思わず歯噛みした。けれど彼が苛立ちをぶつけることはない。立場も力も足りない自分自身への憤りだった。


「……分かった。でも、僕が子どもだからってはぐらかそうとするようなら、僕はあんたを許さないからな。いま此処で言質とられたことは憶えとけよ、絶対だからなっ!」


 キーナは言うだけ言うと、レーテとエヴァンの方に行ってしまった。

 足元に気をつけろと助言をしながら、ハーミットは振った手を下ろした。


「耳に痛いなぁ。全く信用されていないのが分かる」

「日頃の行いの積み重ねよねぇ」

「解せないなぁ」


 いつの間にかハーミットの背後に立っていたラエルは、傷だらけの両腕を動かしづらそうにしながら指を編んだ。


 ラエルが受けた矢に付与されていただろう『鉄火(テッカ)』は、禁術指定の呪術である。治療を行う為には、決まった手順の解呪(デスペル)――「術者と紐づけられた結果を(・・・)切断、もしくは解術を行う」必要がある。


 弓を射ったのが()だとすれば、()に跳ね返った分の呪いまでも解術しなければならず……それができなければ、ラエルが受けた傷は簡単には塞がらないだろう。


 故に、できるだけ早く「術者」の身柄を確保する必要がある。


「ラエルは、本当に一緒に来るの? 君が溜飲を下げるような展開にはならないと思うよ?」

「私にも、権利があると思わない? 母さんを殺した犯人の顔を拝む権利が」


 ……それを言われてしまっては、ハーミットには反論ができない。

 復讐ではなく、真実を求めているなら、なおさら。


「分かった。急ごうか」


 熟考する時間も惜しい。

 金髪少年は黒髪の少女の正面に立つと、片膝を折って両腕を広げる。


「もしかして、来たときと同じ渡り方で行くの?」

「君は怪我もしているし。そうに決まってるだろう」

「……重さは覚えないでよね」

「それとなく努力はしているよ?」

「敢えて信用しづらくなる言い方はしないで頂戴……それで、闇雲に探すつもりじゃないわよね? ()、村の中には居るんでしょうけど。手がかりはあるの?」

「それも心配ないよ――ほら。たった今、目星がついたところだ」


 ハーミットは(ふところ)から緑色の点滅を放つピンを取り出して、目を細めた。







「――あれっ、ちゃんと服に着けてたはずなのに、失くなってるじゃんか」

「キーナ。なにか落としたのかい?」

「に……逃げ回ってる内に、エヴァンが貸してくれてた回線硝子(ラインビードロ)が何処かに行っちゃったみたいだ。第三大陸に入国するときに渡されるピン留めなんだけど」

「仕方がない。帰ったら再発行の手続きをしようか。エヴァンくんには、後でキーナからも謝るように」

「あ、ありがとう。爺ちゃん」

「……おじいちゃんと呼んでほしいんだが」

「やだ」

「つい最近まで、そう呼んでくれたのに……っ!?」

「昔って、僕が一桁歳の頃だろ? レーテ爺さんって呼びたいところを爺ちゃん呼びに留めてるのにさぁー」


 孫の急激な成長に打ちのめされるレーテと、考え事でそれどころではなさそうなキーナ。

 二人の背を追って殿(しんがり)を務めるエヴァンは、結界術で固められた足場の上でひとり、肩を落としていた。


 要人を護衛しながら連続戦闘した後で、憧れの人物とスカルペッロ家の副町長にしこたま怒られた後である。


 キーナを護りきった件についてはすこぶる褒められたものの、相対的に心が沈んでしまうのは無理もなく……また、心労に拍車をかける要因が増えた(・・・)現実から、彼だけは目を背けるわけにもいかなかった。


「あのぉ。本当に、ついてくるんですか?」


 げんなりと、ハーミットから返却された衛兵の服――そのマントの内側。右腕の欠損部分にピタリと貼り付いた白い毛玉――に向けて。エヴァンは確認ついでに本音をこぼした。


『はい。「分身(サブスター)」の()()()()()()は、あなたについていきます』

「それは分かっているっすけどぉー」


 『同調(リンク)』の都合上、口を開かずとも会話はできるのだが、エヴァンは口に出す。意思を伝えようとするたびに身振りを付ける癖がついた、白い子蜘蛛の動きにくすぐったそうにした。


『ふまんが、ありますか』

「そりゃあ多少は、ありますよ。どうしようもないとしても、です」


 口を尖らせて言うものの、エヴァンの内心は穏やかなものだった。

 焦りや不安は抱えきれないほどあっても、どこか「こうなることが最善だ」と納得している自分が居る。


「……でも、世界を見るなら、坊っちゃんとか嬢ちゃんの方が良いんじゃねぇのって話じゃないですかぁ。俺、基本的にサンドクォーツクから出たりしませんし?」

『かまいません。わたしがしりたいのは、むらのそと。わたしのやくめは、あなたのうでのかわりになること』

「そ。そっすかぁ……」


 エヴァンの右腕が無いことを知って「わたしがうばったもどうぜん、だからあたえたい」と口にした今代の蟲に対し「キーナを助けてほしい」と願った(・・・)のはエヴァン本人である。


 毛玉が着いてきたのは、願いを叶えるにあたっての交換条件だ。


「まあその、幸い手先は器用な方ですし、介助とかは特に必要としてないんすよ……連れ回しはしますが、その辺りは適当によろしくお願いできません?」

『そうはいきません。あなたは、そとのものをこのちにひきいれることをよしとしました。すでにいのりがこわれたとしても、けいやくをやぶったものには、ばつをあたえなければなりません』

「貴方が俺の介助をすることが、俺への罰になるんすか?」

『はい』

「ははは……駄目だぁ全く理解できねぇー、それってどういう理屈なんすかぁー」


 エヴァンは棒読みになりながら額を抑えた。

 スタラクタスの言い分には、疑問よりも困惑が勝るのだ。


「そもそも教えとか罰とか、考えが今どきじゃないっすよぉ。外を見たいって言ってくれりゃ、俺はそれで全然構いませんのに」

『わたしのようなきこうは、そのようにできていませんから。おあきらめください』

「……その、『きこう』ってのは? ちょくちょく言ってますけど?」

『…………』

「あの。弁明もなしに急に黙るのは辞めません? 俺、独り言の達人になっちゃうっすよ?」


(うーむ。気まずいことなのか、言えない話なのか)


 どちらとも知れないが、発言権はスタラクタスの方にある。エヴァンは詳しく聞き出すことを諦めて。俯きながら、最後まで繋がったままだった左手を視界に入れた。


 ……キーナと共に、魔力波に巻き込まれたときのことを思い出す。


 晶化の進行と共に、抱えている身体の頭部だけが先に、重みを増していく。

 命が削れて、血肉の何もかもが魔力に変換されて、鉱物に置換されていく。


 晶化という、白き者がたどり着く命の終わりを、重みを。エヴァンは、この左腕で味わったばかりだ。


 エヴァンが願った結果として、キーナは幸運にも助かった。

 片目をひとつ失うという重すぎる代償を支払い――蟲の祝福を受けて、一命を取り留めた。


 生き生きとした言葉を祖父と交わす様を見れば、あの時の判断は間違いでなかったのだと安堵する自分がいる。それでも、あの重さ(・・)は。エヴァンの左腕に染み付いたままである。


(少なくとも「今代さまには頭が上がらない」で、俺の立場は確定なんすけどねぇ)


『……それに。ねがいをはたすにも。わたしはひつようでしょう』


 エヴァンの追求を無事に避けたと思ったのか、ほとぼりが冷めたと勘違いしたスタラクタスが別の話題を出す。エヴァンは生まれたての蜘蛛に譲歩して、話題の切り替えに乗っかった。


「レーテさまがなさったお願いの件っすよね。現在進行系で探してるんです?」

『くらすたーをかきわけ、みえないじめんをたよりに、くもかいせんじゅつです。……むらのけっかいも、とかねばなりませんし』

「そりゃあ頼もしいっすね。トカさんやラエルさんの為にも、なるたけ早めに見つけてくれるとありがたいっす」

『はい。おさとして。ぎむは、はたします』


 小蜘蛛姿のスタラクタスは言って、その後は沈黙が訪れた。


 未熟なまま栄養袋から自立したスタラクタスの本体は、まだ高魔力地帯から出ることができないらしい。にも関わらず、その適応力は異質の一言に尽きる。


 脱皮による短時間での変化能力。回線硝子(ラインビードロ)で通話するように行われる、分身体との滑らかな意識の同期。

 魔力補給瓶(ポーション)をしこたま飲んで回線硝子(ラインビードロ)を身体に埋め込んだとしても人間には到底できない芸当を、この小蜘蛛は息をするように行っている。


(あんま深く考えないようにしてたっすが。もしかして俺、物凄く扱いに困る古代魔法具(アーティファクト)的な生き物に取り憑かれた――的な状況に、なってるんですかねぇ)


「……今後に不安しかねぇーっす」


 特に誰かと誰かの板挟みになっているわけでもないのに、何故か胃がキリキリとしている。右腕の応急処置で上腕の骨を引っこ抜いた時よりもブルーな気分だった。


「うわああああ!?」

「うぉおっ!?」

「ん?」


 けれど、前方で上がった声にエヴァンは意識を切り替える。

 疲れと不安で注意が散漫になっている間に、二人と距離ができてしまっていたらしい。


(周囲に敵意の気配はなかったすけど、それでも集中できなかった――馬鹿か、俺は!)


 エヴァンは急いで声の元へ急ぐ。先に祭壇の入口に辿り着いていたキーナとレーテは、口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。


「坊っちゃん!! レーテさま!! 何かありましたか!?」


 衛兵は口に出しながら二人の無事を確認する。幸い、エヴァンを振り向いたキーナとレーテは深刻な表情ではなかった。なるほど、新たな敵が現れたわけではないらしい。


 どうやら緊急事態ではないことを察して、エヴァンは歩調を緩めた。

 血が足りないのは今に限った話ではないが、体力を温存するに越したことはない。


 エヴァンが追いつく頃には流石に状況が読めてきた。とはいえ、キーナとレーテの影になっていた血まみれの服を着た四人の男性は、全員それぞれ両手両足が揃った状態で――内二名は手甲も靴もないのが気になったが――擦り傷ひとつなかった。


 あれだけ過激な攻防戦になったにも関わらず無傷ということは、誰かが治療をしたのだろう。キーナとレーテが驚いている理由を飲み込むより先に、エヴァンは二人を庇うように前に出る。


 そうして衛兵は、そこに居た人物の姿を見て目を丸くした。


 白髪を地面にばらまき、ぶかぶかな服に着られた女の子が伝書蝙蝠を抱え立っている。


 その背丈は針鼠の四天王より随分と低い。

 脱ぎ捨てられた靴と下衣が視界に入る。


 推測できる可能性は、ひとつしかない。


 エヴァンは、誰でも思い至る簡単な推理を経て――明らかに記憶とは違う姿をしている白魔術士(・・・・)に――やめておけばいいものを、指摘をせずには居られなかった。


「ちょっと見ない間に、随分と縮みましたね?」


 余計な一言を口にした次の瞬間。衛兵は(すね)に蹴りを食らって涙目になりながらつんのめった。


 白蜘蛛からのフォローは、なかった。







 闇が白み、朝の訪れを知る。

 すべてが順調に終わりに向かっていると、肌で感じている。


 立ち耳の獣人は、砕けた身体を大の字に投げ出していた。


「……」


 白藍と銅。色違いの目は瞳孔を締め上げた。

 揺れる枝葉と、壊れた蟲の巣を見上げている。





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