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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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308枚目 「鉄火」


「……上手く、行ったか……?」


 肩で息をしながら、灰髪の少年は右目を覆う。


 測量の為に展開していた魔術は既に解術済みであり、足元に敷いていた魔術陣を破壊したところだ。許容核(スロット)ギリギリに魔術を使用したからか普段より頭の熱が引いてくれなかった。


 キーナは、魔術の手ごたえを感じはしても結果は目にしていない。

 失敗したかもしれないし、成功したかもしれない。実際、成否に興味があった。


 だが確認する余裕もない。居場所を逆探知された挙句に呪詛返しを食らうのもごめんだ。そもそも、事が済んだ後は速やかにその場から離れろと針鼠から言われている。


 命令に従っているようで気に食わないが、事態が針鼠の予測通りに動くというなら。キーナはこの指示を無視する気にはならなかった。

 (だる)い身体に鞭打って立ち上がり、ひとまず近くで見張りをしているエヴァンと合流するため(きびす)を返す。


(正直な話、狙った魔術系統の使用まで、誘導が成功するとは思わなかった)


 キーナは、作戦を耳にした日のやりとりを思い出す。


 数日前、キーナたちの応急処置を終えたツァツリーたちが安全地帯(セーフエリア)とやらに引き上げていった後の話だ。


 既に隠すことでもないのだが……あの時、キーナが回線硝子(ラインビードロ)を使って意見を聞いた相手というのは「ハーミット・ヘッジホッグ」だった。

 限られた時間の中で、キーナはラエルでもレーテでもグリッタでもなく、針鼠に連絡を取った。そして、二度目になるバッサリを食らった。


 「何か自分たちに、できることはないか」とキーナが口にする前に、『君がすることはない』とハーミットは返答したのだ。


 「できることはない」ではなく「することはない」。

 「君が」とキーナ個人を指し、サンゲイザーとエヴァンには言及せずに。


 「君は一般人、護られる側であり戦力として数えない」と、暗に言われたのと同じだ。


 これは当然と言えば当然である。

 キーナは要救助者であり戦闘要員にはなりえない。


 そもそもキーナ自身、闘いに関する経験がほぼ無い魔術師見習いである。あの糞真面目な針鼠が一般人に闘いを強要するわけがないのだった。


 なので本来なら、すぐに切られるはずの回線(ライン)である。


 実際にキーナはそうされることを覚悟していた。バクハイムの時とは違って心の準備もしていたくらいだ。「協力を断られたら断られたで好きにやろう」なんて、邪な考えもあったといえば、あった。


 恐らく、その思考を見抜かれたのだろう。


 キーナがどう言い返そうか、内心を誤魔化そうか、頭の中で考えている内に。回線硝子(ラインビードロ)は蜥蜴の獣人の手に取りあげられてしまっていた。


「おぅ、針鼠。嬢ちゃんは無事だってなぁ、良かったじゃあねぇか?」


 サンゲイザーは言いながらキーナの方を見て、それから一言二言訛りの強い言葉をハーミットにかけ――途端に怒声のような針鼠の言葉が返ってきたので、キーナは「ぽかん」とした。


 キーナにはその内容が聞き取れても意味までは分からなかった。翻訳魔術(トランスレーター)では残念ながら、伏せられた意味の翻訳まではしてくれない。


 しゅるしゅる笑いながらサンゲイザーが回線硝子(ラインビードロ)をキーナに返す。この数秒の間に何が起きたのか、さっぱり分からないキーナの耳に、ハーミットは引きつった声で、大鎧蜘蛛を相手に「氷」を使う作戦の案を提示したのだった。


 洞窟内での戦闘中に運よく条件がそろった場合、「一度だけ」大鎧蜘蛛の動きを鈍くする。

 これがキーナに与えられた役目で、「一度だけ」というのが協力の条件である。


(大前提として僕が使ったこともない「氷」を扱う前提で作戦を組んだあたり、今回の件に首を突っ込ませる気はなかったんだろうなぁと思うけどさ……ハーミットさん、現役の学生を甘く見すぎだよね!!)


 そう。サンゲイザーの教え方が上手かったのか相性が良かったのか、キーナは小規模な氷生成を習得できてしまった。


 キーナは、やればできる子だった。


(まぁ、水ばっかり触って来たから固形の氷を操作するセンスは皆無だったけど……凍らせるギリギリまで冷やした水なら余裕だったし? 特例で礼衣無しの禊歌(メロウアーツ)の使用を解禁してもらったのも大きかったし? こういう状況だからこそ実行できた作戦だったと思うけどさ。それにしたって僕ってば、結構上手くやったんじゃん?)


 衝撃を受ければ氷と化してしまうほど冷やした水を、ただぶつけるだけでは足止めにもならないだろう。


 しかし、相手の手元に大量の素体があるなら話は別だ。


 なんなら相手が集めた水に形状変化した僅かな水を差し込み、禊歌(メロウアーツ)で自分が生成した水と同じ性質になるよう「塗り替えれば」いい。

 塗り替えた時点で、その水はキーナの制御下に落ちる――「温い水」から「冷たい水」、といった状態の置換だけで事が済むなら、固形化した元塗料の色変えをするより手順が少ないくらいだった。


 性質を塗り替えた水塊を、重力に任せて落下させるだけでいい。大鎧蜘蛛は全身を氷に覆われてくれるだろう。

 あとは、術者であるキーナがその場から離れるだけだ。これで相手の魔術範囲から抜けられるという算段である。


 キーナの魔術制御技術と楔歌(メロウアーツ)の補助ありきとはいえ、完全犯罪にも似た手際の良さではないだろうか!


(それにしても禊歌(メロウアーツ)の仕組みを知ってるとか、つくづくハーミットさんは博識だなぁ。……ただ、技術内容が漏洩してるってことでもあるんだよな。白き者(エルフ)の秘伝じゃなかったのかよ、禊歌(メロウアーツ)って。もしかして大人の間では周知の事実だったりする? そんなことある?)


 考えながら短い廊下を走って曲がり、すぐそこに立っていたエヴァンに腕を振る。エヴァンは周囲を警戒しながらキーナの右隣につくと「くにゃり」と頬を緩めてみせた。


「ご無事で何よりっす。その様子だと上手く行ったみたいっすね」

「うん、でも早く行こう。脱出用に教えてもらった、崩せる壁の場所は……」


 ――キーナは続きを口にしようとして。次の瞬間、視界が下方向にずれた。


「坊ちゃん!!」


 エヴァンの驚く声と、肘から先がない腕が目の前を空振りする。


 一拍置いて、キーナの左太腿に鈍い衝撃が走った。

 急に片足を奪われた感覚に襲われて、キーナは転倒する。


 咄嗟に身体を庇ったおかげで頭は無事だったが、床についた肩と腕が異様に痛い。床面が岩だからだろう。


(いや、そんなことよりも、足!)


 見る限り外傷もなく酷い痛みもないが、左足がピクリともしない。

 どうやら、捻ったわけでも折れたわけでもないらしい。


 魔力可視で見るまでもない。原因は絞られる。


「ごめん!! なんか呪われたみたいだ!!」

「えええええ!? そんなことあります!?」


 振り返りかけたエヴァンを制し、キーナは頭を回す。

 青い紅を腕で削り落とす。足が動かないなら考えるしかない。


 血が回って過敏になった聴覚が、何処からか蟲爪の音を拾う。


 見つかるまで時間がない。近づいてくる蟲の数が読めない。エヴァン一人で捌ける数だろうか。片足が動かなくなったキーナを護りながら祭壇での事が終わるまで耐久戦? 無茶が過ぎないか?


(おかしい。散々言い聞かされた事を守って、抜けなく対策したはずなのに)


 原因が分かれば対処のしようもあるかもしれない。希望を持て、希望を持て!


 魔術構築も距離の測定も上手く行ったはずだ。発現結果こそ確認できていないが痕跡になる魔術陣は踏み壊してきた。禊歌(メロウアーツ)だって今年一番を塗り替えるほど上手く歌えたのだ。だから、詠唱にも問題はなかったはず。


 蚤の市の時とは違って、今回は指定された通りに行動できた。


 だから、抜けがあるとすればキーナ個人の特性によるものに違いない。

 或いは油断によって現れた、これまで気にもしてこなかった問題点が――。


 灰髪の少年は五秒黙して思い至る。

 魔術を詠唱する()に、キーナだけが行うルーティング。


「まさかあの蜘蛛……あの距離で、僕の(いみな)を聞き取ったのか……!?」


 ――僕は、キニーネ・スカルペッロ=ラールギロス!!







『「鉄火(テッカ)」』


 大鎧蜘蛛(シャトー)が、血に塗れた氷塊から霜を纏った指を剥がす。

 生気を感じられない皮膚は血を流し痛々しく、しかしその傷は瞬く間に塞がる。


 唯一、太ももを貫いた氷塊から青い魔力が立ち上った。


『邪魔されただけだし、足の一本で我慢してあげるわ』


 ――ラエルたちの読みは、いい線を行っていた。途中までは問題がなかったのだ。


 事前に打ち合わせた通り、過冷却した水を棘状に形状指定、攻撃に紛れ水塊を乗っ取り「塗り替え」をした後に落水。衝撃によって氷に置き変わったそれを、控えていたジェムシが追撃でしっかりと凍らせる。そういう手筈だった。


 この状況を見越して、洞窟の外で敢えて氷魔術を使わなかったのも作戦の内だった。そして、相手は想定通り水系統魔術を使用し、策に嵌まった。大鎧蜘蛛は突如発現した氷術式に動きを囚われた。


 そして生まれた数秒の隙。動きが止まった大鎧蜘蛛(シャトー)へ、ハーミットは渾身の一撃を振り下ろした。氷塊から飛び出た蟲爪を狙った一閃で、蟲脚の(・・・)一本を(・・・)落とす(・・・)ことに(・・・)成功した(・・・・)のだ。


 しかし、剣は切り上げたところで蟲爪に受け止められてしまった。針鼠が隠した手に構えていた魔法瓶が何処からか放たれた黒魔術で砕かれたのと、同時のことだった。


 大鎧蜘蛛(シャトー)が氷から逃れた後ろ脚(・・・)で魔力を籠めた踏みつけを起こすまで間もない――拘束として氷が機能していたのはここまでであり、続けて大鎧蜘蛛(シャトー)が『氷刃(ヒョウジン)』を唱えたことで状況は一転する。


 辺りに散乱した針と氷と石の殴打を必死に防ぐも、結果として受けに回ってしまった針鼠が剣ごとラエルたちの傍まで弾き飛ばされてくるまで時間はかからなかった。


 原因は、想定よりも水量がなかったことだろう。鎧蜘蛛(アダンス)程度であれば容易に飲み込むことができただろう氷塊は、巨躯の大鎧蜘蛛を捕らえるには力不足だった。


 ジェムシは、飛んできた氷塊を槍の回転で弾き落とす。


(恐らく、自分の術式が乗っ取られた時のことを考えて水塊の規模を抑えていたんだろう。正直、その程度ならしてくるだろうとは思ってたが……)


 大鎧蜘蛛(シャトー)は肌についた霜を蟲爪に移していく。


 呪いの剣で断ち切られた脚を氷で無理やりつなげて塊にし、元々凶悪だった鎌に逆立つ剛毛のような霜を纏った鎧が形成されていく。これでは振り出しに戻ったも同然である。


(相手が氷を纏った場合は、護りに入る。だっけか)


 ジェムシは震える口を無理やり結ぶ。魔力の眩しさを無視し、乾燥しているのに閉じることもできない視界。結んだ端から変な笑いが漏れた。


 思考する中で、目を離せば終わると本能が告げる。

 正直な所、そろそろ引き際ではないかとすら思っている。


 初めて対峙した時よりずっとおぞましい姿に形を変えた大鎧蜘蛛は、ジェムシの槍を受け付けないだろう。技術的にも、魔力量的にも、だ。蟲爪が氷を纏ったことによる質量の増加が、明らかにこちらの分を悪くしている。


(――遂に、勝てる想像ができなくなっちまった。数か月前に斬り飛ばされた手足が、俺の技術ではあの女(・・・)(のど)に届かないと訴えている)


 理性に結んだ命綱が、幻肢痛になって全身を引きちぎろうとする。

 水を奪われた口が更に乾いていく。鉄の味がする。唇でも切っただろうか。


(今の状況を踏まえて「殺せる」と(のたま)うなら、「殺さない」ことを選ぶとほざくなら、この作戦の中での俺たち(とうぞく)の命の優先度ってぇのはいかほどだ?)


 まさか、ただ見届けてもらうためだけに、この場に連れて来たとは言うまい?


 ジェムシは、滲む視界を縫うように二人の様子を視界に収めた。

 針鼠はともかく、隣で膝をついている黒魔術士は水を集めるのに手間取っているのか息を吸い込むのもままなっていない。両手を岩についている。うなじが晒されている。


 はっきり言って隙だらけだ。

 彼らは、寝首をかかれるなどとは少しも考えていない。


 霞む目を細めて、流れ落ちる汗と涙を拭うこともなく。

 少女と少年は、ひたすらに大鎧蜘蛛(シャトー)を見ている。


 ――――逃さぬように。


 ……ジェムシは息を呑んだ。槍を握っていた手の震えが、止まったのを感じた。


 それは、渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)としてのジェムシが死んだ瞬間だった。怠惰で居ようと肩を竦める癖も、口に染み付いた諦念も、恐怖に震える足も。生き残る為にはどれも必要ではなくなった。むしろ不必要になった。


 思考が切り替わる。身体に染み込んだ規範と規則が息を吹き返す。


 騎士として。どうあるべきか。


(……こりゃあ駄目だ。俺は、もう逃げられない。このガキどもを、死なせるわけにはいかない)


 そも、勝つために闘っていないのだ。危うく、目的を忘れるところだった。

 恨みは尽きずとも、あの大鎧蜘蛛に鉄槌を下す権利はジェムシにない。


(それに、出口にはジト目の白魔術士が控えていることだしな)


 よくよく考えてみれば、そちらの「激」のほうが恐ろしい気もする。


 ジェムシは笑い直し、槍を握り込んだ。

 二つある刃の片方を石突(いしづき)に切り替え、卵床を望む。


 眩しい燐光の彩度は踏み入った時よりも……ほんの少し、鮮やかになっている。


「はっ――こっからは消耗戦か!? 気が遠くなるなぁ!!」

「ラエルが復帰するまで時間を稼ごうと思う。ここを任せてもいい?」

「任せろ。護り切ってやる」

「……それは頼もしい!!」


 針鼠は振り返ることなく言って、どこからともなく手にした魔石を剣の塚頭に叩きつけた。魔石から溢れた火は、少年の手を焼く前に柄へ吸い込まれて消える。


「それじゃあ、楽しい楽しい氷砕きの時間だ!!」


 冷たかった灰色の剣身が熱を帯びる。針を逆立てた少年が笑った。


 しかしそれが、明らかに楽しんでいない声音だったので。ジェムシは速やかにラエルの隣に立ち、『翼甲の盾(バスピス)』と口にした。


 いま、首を這った嫌な汗は――どうやら気のせいだった。そういうことにしておこう、と。今回に限っては鈍感を貫くことを、己の意思で決めたようだった。





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