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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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307枚目 「此に収束するは」


 土魔術は、奥が深いのだという。


 魔力の操作――誰しもが扱う「魔法」を専門とする系統であり、魔力そのものに着眼した魔術が多いことも理由に挙げられる。が、勿論万能ではない。


 土魔術で扱われる素材は土と魔力が主で、殆どの場合、ここに鉱物は含まれない。


 故に、錬成魔術は汎用魔術とは違う仕組みで構築される魔術系統として分類されている。土魔術では既に存在している岩の形を変えたり、引き延ばしたりすることは容易ではないのだ。


 一方、砂と葉と有機物が混ざってできる「土」は成形が容易だ。故に、どこまでが岩で、どこからが土なのか。どこまでが土とされ、土魔術として操れるのか。長らく研究されてきた。


 土魔術が発見されて暫くして、とある魔導士が一旦の結論を出す。


 土魔術は、「魔力子」と「(つぶて)と認識できる石」から「塵と認識できる砂」、そして「土と認識できる大地」を操ることができる魔術系統である、と。


 ツァツリーは、黒曜の目を瞬く。


(通路の増築をどうやったのか不思議でしたが……土の拡大解釈を利用したんですね)


 祭壇を中心に開いた柱状結晶の大華は、反り返った花弁により子蜘蛛の侵入を許さない――それは、後方支援役のツァツリーとラエルたちが分断されたことも意味している。


(砂を圧縮する過程(・・)は土魔術から逸脱しない。岩になった物質を再度変化させることは難しくとも……そもそも鉱物を扱いづらい理由は魔力の浸透性にある。砂から関与している術者当人にはどうとでも。ああやって。形を遊ぶこともできる。と)


 ツァツリーは分析を終えて、襲い来る鎧蜘蛛(アダンス)の爪を寸断する。


(歪で。美しくて。おぞましい魔術の使い方)


 背後に居るレーテは目を白黒とさせ恐慌状態の一歩手前だが、そこはイシクブールの中間管理職。鋼の胃で踏みとどまってくれているようだ。


「……」


 状況が悪い。

 冷静に、ツァツリーは考える。


(情報戦で圧倒的に不利なのはこちらの方。祭壇の偽装も。初手の岩落としが布石だったと考えれば腑に落ちる)


 警戒し続けなければならない状況が続けば精神的にも疲弊する。仮に鎧蜘蛛(アダンス)の猛攻を捌きながら観察したとして、記憶の照合が上手く行ったとは思えない。


 それに「ラエルやハーミットが初日に見た風景」と「ジェムシやトカが見た風景」が同じであったとしたら――それらの情報が、既に不確かだったのであれば。


(……彼女(・・)はいつから。こうなることを予見して……)


 思案する間も蟲爪の猛攻は止まない。捌き切れない分を『翼甲の盾(バスピス)』で防ぐのも何度目になるか分からない。


 ツァツリーは苦い顔をしながら変換器(トランスデューサ)に魔力を流し込んだ。


「『我が血肉となれ(ブラッドライン)』!!」


 魔力吸収(ドレイン)によって、鎧蜘蛛(アダンス)がその場に崩れ落ちる。ツァツリーは必要最低限の魔力をかき集めると変換器(トランスデューサ)を畳む。


 祭壇の傍に居る三人は地形変化にさえ巻き込まれていなければ無事だろう。

 鎧蜘蛛(アダンス)は晶砂岩の花弁に足がかからず上まで登れずにいる。


 目の前の鎧蜘蛛(アダンス)母蜘蛛(シャトー)の増援と化すには、まだ猶予がある。


(なにより。四天王の視線が切れた)


「――何か言いたげだな、白魔術士」


 斧棍を振り抜く傍で降った声に、ツァツリーは口を引き結んだ。周辺に張り巡らされた魔力糸を通してトカが声を伝えたのだと理解する。


「――作戦を忘れたわけではあるまい」

「ええ。しかしこのままでは押し負けます。強化付与を扱いきれなくなる」

「――手があるのか」

「トカさんとレーテさんが何も見なかったことにしてくだされば」

「――ふむ、なら勝手にするといい。私は先へ行った三人の補助に回ろう」


 糸術使いは他意もなさそうに言うと、足場を拡張して岩の大輪へと駆けていった。あの様子であれば必要な仕込みは済んだのだろう。相変わらず、言葉が少ないにもほどがあるが。


 蟲の牙を避け、斧棍の柄で体制を突き崩す。ツァツリーが機を見て振り返ると、結界を構築し続けているレーテは目を瞑ったままブンブンと手を振っていた。


 含み笑いと共に黒曜の眼は伏せられる。


「ご協力感謝します」


 次の蟲爪は、彼女の背に届くことなく床に落ちた。







 剣が蟲爪を逸らす。槍の柄が弾き返される。指先から放たれた火の帯がかき消える。

 ラエルたちは祭壇を中心に変化した足場に苦戦を強いられていた。


 すり鉢状になった岩の上、ハーミットとジェムシは武器を構えて大鎧蜘蛛の隙を狙うが上手くはいかない。蟲爪の猛撃を捌き一閃を浴びせるも、表面に浅い傷が入っただけで瞬く間に修復されてしまった。


 ハーミットは懐に潜めた魔法瓶を叩きつけようと何度も機会を伺っているが、どれも魔術と蟲爪の閃撃に阻まれる。二度目のトライで蟲爪を掠めた瓶が砕け散ったのを見て、大鎧蜘蛛(シャトー)に決定的な隙を作るしか方法がないと判断した。


 長期戦確定、しかも劣勢だ。状況は非常に悪い。


『ここに来てすぐ、秘匿詠唱をしていたでしょう』


 大鎧蜘蛛は四本の蟲脚で二人の攻撃をいなし、それから人の腕で術式を組み始めた。詠唱を挟めば一瞬で済むものを、わざと魔法陣として組み上げていく。


『あの娘は「旱魃(ドラウト)」なんて扱えないだろうし、音数にして「枯れ乾く虚(アリアセッカ)」かしら』


 両腕で一つ、抱えるほど巨大な空白式に原点が三つ散る。


『そんなに足元が不安?』

「っ……!」


 大鎧蜘蛛(シャトー)はハーミットの反応に、薄い笑みを称えた。


 魔術陣を構築しているにも拘らずハーミットとジェムシの攻撃を手数の多さで防ぎながら、尚も会話を続けるつもりらしい。その殆どは独り言のようなもので、彼女の相手をしている二人には口を挟む余裕が与えられなかった。


 ――足元。と、彼女は言った。その指摘は的を得ている。

 地に足をつけて戦う以上、足場は非常に重要だ。


 トカが砂利に対して糸術式を使用することで靴底の接地面を増やしたように、洞窟内の岩石が湿気を含んでいたためにラエルは周囲の乾燥を促した。事前に作戦で決めていた通りに、だ。


 だが現在、彼らの足元にある晶砂岩には僅かな湿気が降りている。故に滑る。


 砂から岩を作るとなればかなりの圧力が必要になるはずだが、その過程で発されたはずの熱量が何処かへ消えてしまったのだ。


 ……いや、足元がまだ温いことを考えると「消えたように思える(・・・)」が正解だろうか。


(魔術から魔力を取り除いても、一度発現した現象は消えない。大鎧蜘蛛(シャトー)は暫くの間、回収した熱を発散する方向で魔術を使用するだろう)


 ハーミットとジェムシは火系統魔術への警戒をしつつ手数の多い大蜘蛛の猛攻を捌く。傾斜のような足場の悪さをカバーするのはトカの役目だが、仕込みもあることだし合流にはまだ時間がかかりそうだ。


 加えて、想定を上回ったことがもうひとつ。


『「火球重ねて(フォイアロー)爪弾く(・ボーライド)」』

「――『受け流す壁(パリング)』!!」

『「熱り(ホトリ)(ツブテ)」』

「――『受け流す壁(パリング)』!!」


 白魔導士が黒魔導士を騙るにしては精度が高すぎる、破壊式の構築と詠唱速度。


 ラエルとジェムシが必死に対応するものの、着実に、押されていると分かる。

 証言を踏まえて対策をしてきたつもりが、ラエルとトカが危惧していた通りになっている。


『「土塊(ツチクレ)」』

「う、くぅ、あぶなっ!!」


 ラエルは降り注ぐ火の玉と熱を帯びた石雨を避けた矢先、足元に現れた岩の棘につんのめりかける。咄嗟に受け身を取れたのは訓練で散々転がされたお陰だろう。


 しかし大鎧蜘蛛(シャトー)はラエルが立ち上がるのを待ってはくれない。


『あはははは!! 真っ暗に、なぁれ!!』


 枝のように細い腕が広げられ、蟲の顎が魔術陣の完成を告げる。

 陣が橙色に閃くのを見たラエルが、すかさず指を差し向け叫ぶのと同時。


「『解術術式(ディスエンチャント)――「閉口せよ(シーガーテ)」』!!」


 ラエルが口早に発した看破の一言で、大鎧蜘蛛の手にあった魔術陣が砕け散る。


 『閉口せよ(シーガーテ)』は身体機能を乗っ取ることで物理的に口を塞ぐ雷系統の黒魔術だ。もし彼女の虚言に引っ張られていたら……想像したくもない。


 引き続き、ラエルは追撃に備え神経を尖らせる。魔術陣から何が発現するのか――その内容を正確に判断するのがラエルに与えられた役目のひとつだ。


 つくづく地底湖で手放した装備が悔やまれる。今のラエルの魔術精度では魔法具(ゴーグルー)を超える障壁の発現は難しい。


(蟲爪に許容核(スロット)の概念があるかなんて私たちには知りようが無いけれど、それにしてもこっちの魔術を撃たせる気が無さ過ぎじゃない!? 看破も防御も魔力を食うっていうのに!!)


 ラエルが咄嗟に解術した判断は間違いではなかったが、場面が場面だったために息を吐ききってしまった。酸欠に伴った反射的な呼吸。その数秒間、彼女は魔術を発現できない。


 詠唱を封じられた魔術士など格好の的。

 本命は詠唱で(・・・)やってくる。


『「沈黙(サイレ)――』

「『解呪(デスペル)』!!」

『あら』


 大鎧蜘蛛はラエルに向けていた指を曲げると呪術を弾いた声の主を見やる。

 襲い掛かる蟲爪を受け止めた後、錆浅葱の目が女性体(シャトー)の目を睨んだ。


「テメェの相手はこっちだ!!」

『……そう? それならお言葉に甘えて――「旱魃(ドラウト)」』

「その手は知ってんだよ!!」


 ジェムシは向けられた魔術を螺鈿武具(ミスリアルム)で弾くと、八つ目のひとつに二頭の槍先を突き出す。足裏に付与していた魔術を穂先に、音を裂く勢いで。


 しかしその切っ先は蟲の目に真正面から受け止められた。


 黒い義腕に反動が返って行く。

 動きを鈍らせたジェムシに、大鎧蜘蛛が同じ言葉を繰り返す。


『「旱魃(ドラウト)」』


 じゅっ!!


 焦げ臭さと共に、顔を庇った左腕に罅が入る。しかしジェムシは得物を持ち直すと再び歯を剥いて大鎧蜘蛛へと飛び掛かった。

 突きの重さが足りずとも数を叩き込めば蟲の重心が僅かに傾く――傾くというだけで体制を崩してくれないのも厄介なところだが、攻めの手は彼一人ではない。


「突き崩すぞ!!」

「ああ!!」


 浮いた蟲の腹を狙って、ハーミットがすかさず灰色の剣を握り踏み込んだ。


 しかし蟲は四本の腕で冠と牙を護り、針鼠の剣戟を叩き落とす。割れた傍から修復していく甲殻が青い煙を吐き、通常は目にすることもない濃度の魔力子が揺らいだ。


 魔力の流れの先にあるのは、天井から吊り下げられた巨大な産卵床。


 大鎧蜘蛛は僅かに後退したものの、直ぐに体制を立て直しハーミットとジェムシに襲い掛かる。後方でラエルが体制を整えたことを目の端に捉え、針鼠はその場を飛び退いた。一定の距離を取れば、大鎧蜘蛛は足を止めて詠唱を始める。


(やっぱり、足場はむしろ増えているのに、祭壇の上から動こうとしないな)


 推測が正しければ祭壇周辺は高魔力地帯の真上である。産卵床を護るためなら追撃も辞さない立場だろうに、彼女はその場から離れようとしない。

 変質した肉体を保つために必要な魔力が膨大過ぎて、魔力だまりの真上でしか行動できないという推測は間違っていないのだろう。


(こうなると彼女の魔力切れが見込めないことが難点だな。作戦を進めつつ彼女が晶化してしまう前に捕縛することが、最低条件だけど……)


 土を使った。火を使った。

 素体として扱える物質は、十分すぎるほどに限られている。


「は、ハーミット!!」

「!」

「このままだと、ノワールちゃんが暑さでのびちゃう(・・・・・)!!」


 ラエルの声がしたのとほぼ同時に、大鎧蜘蛛(シャトー)の手元で展開された魔術陣が水色に染まる。

 生成された水球が大きくなるほどに、周囲の湿気が全て持っていかれる。


 目が乾く。喉が渇く。肌が干上がり、息が吸えなくなる。


『水を奪うのに、火を使う必要はないの』


 知っている。


『水を奪うという点に限って、水系統は火系統の効率を凌駕する』


 知っているとも。


 だから、最初から水系統(それ)を使う瞬間を待っていた。

 ラエルとトカの知識で、この展開が読めなかったのでは、ない。


『「水玉(ポイス・)拾い(ラクロッタ)」』


 ――ラエルたちは大鎧蜘蛛(シャトー)が「水を集める魔術」を使う時を待っていた。


 大鎧蜘蛛の頭上に収集された水塊を狙い、ラエルが『点火(アンツ)』を放つ。無論、火の帯は水塊に突っ込むと鈍い音を立てて飲み込まれる。続けてジェムシが『(ツブテ)』を撃ち出すが、これも素通りする。最後にハーミットが背針を引き抜き投げつけたが当然、これも水塊に捕らわれた。


 口を歪め、蟲が喚く。

 己は水を奪い続けていれば勝てると、思考を隠さない。


『――「水流の(ストリーム・)斧槍(ハルバード)」!!』


 大鎧蜘蛛の詠唱。そして、何も起きなかった。


 石と針を飲み込んだ水塊は、槍はおろか何かを模倣することもしなかった。


 魔術が不発したことに大鎧蜘蛛(シャトー)が気づくまで半秒。


 その間。水面は静かに、僅かに粘度を高めて落下する。

 着水と同時に氷へと(・・・)姿を変えて(・・・・・)





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