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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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301枚目 「見敵」


 前回のあらすじ。


 大鎧蜘蛛が座す祭壇へ向かう道のりをラエルたちが移動する間、鎧蜘蛛(アダンス)の群れを集敵する囮役を引き受けたハーミットとトカは、いよいよ交戦を開始する。


 しかし糸術使いが早速フレンドリーファイアを引き起こした。

 接敵から着火まで秒の出来事である。


 モクモクと煙を上げた鎧蜘蛛(アダンス)の甲殻を斬り飛ばして、すんでのところで鼠顔を被り直しことなきを得たハーミットだったが流石にブチ切れた。振り返りざまに投げつけた針 (それでも彼は律儀に明後日の方向を狙った)が林の何処かへ飛んで行ったのを、トカは鼻で笑う。


「――っ、こっの野郎!! 俺まで巻き込んで殺す気か!?」

「何を言う、あれしきで死ぬわけがない。君は今代の四天王なのだろう?」

「貴方の時代の先人たちと比べないで欲しいなぁー!? 俺、魔術、まったく使えないし!! できることに限りがあるんだけどぉー!?」

「ふむ。それは失敬した」

「反省してないよなぁ!? 反省して欲しいんだけどなぁ!?」


 怒りと理性がせめぎ合う状況で、針鼠は怒声を飛ばしながら蟲を切り伏せていく。意識を切り替えながら戦闘を続けていくと、不本意ながらトカの意図が読めてきた。

 フレンドリーファイアの後から、鎧蜘蛛(アダンス)の攻撃が単調化したのだ。蟲爪が同じように同じ場所を狙ってくるようになったので、ハーミットはほぼ流れ作業で繰り返しの攻撃をいなし、弾き、切り伏せれば済むようになった。


(たぶん、俺自身に魔力量(注目度)が無かったから、背針の魔術吸収で集敵できるようにしたんだろうな!! 事前に針の仕組みを明かした俺も俺だけどな!! ひとこと言って欲しかったよトカさん!?)


 再び振り向きかけた身体を律して、無駄を切り捨てるように思考を断つ。

 いま必要なのは「時間と余裕」だ。ハーミットとトカはそれを作り出すためにこの場にいる。


 ハーミットは丸石の坂に容赦なく足を置く。しかし足場にされた丸い石は揺れも転がりもせず、ただ少年の足を受け止める。丸石に触れていないつま先と踵まで、少しも体重を逃すことなく――石は、踏切りに耐えきれず砕け散った。


「『釘を(ストリング)飾る網(・ウォール)』――」


 再び、腹の底に響くテノールが降る。


 上方。細い骨ばった指が指揮でもするように明後日の方角を指し示したかと思えば、次の瞬間にはハーミットの足場が形成(・・)されていた。

 丸石の上に目の細かい糸の板が現れては消える。礫だろうが丸石だろうが関係なく、少年の足は地面と平行に形成された糸の板(・・・)を踏んでいく。


 背針を乱しながらハーミットは全身に鳥肌が立つのを認識した。嫌悪からのものではなく、糸術使いとしてのトカの力量を目の当たりにして、である。


 鎧蜘蛛(アダンス)は群れで現れたが、彼らは俊敏な一方で河原という環境と相性が悪いようだった。大柄な蟲たちは、丸い石ばかりでできた砂利の上でグリップを利かせることが難しいらしい。


(集落郡の間にはどこも川の跡があった。鎧蜘蛛(アダンス)は跳躍で飛び越えられない中州(ラストリゾート)にも突撃してこなかった。確か、俺を追撃した時も躊躇してたから、そもそも水が苦手なんだろうけど)


 水が苦手なら、水場には理由がない限り近寄らないだろう。だが、得物を追いかけるという目的があればどうだ――得物が居れば、いくらでも寄って来ることは初日の追いかけっこで実証済みである。


 河原の周辺は視界を遮る木々が少ない。ここで一方的に足場の安定性を確保できれば、林の中で囲まれるより遥かに対処がしやすくなると踏んで、二人は鎧蜘蛛(アダンス)の群れを惹きつける場所に河原跡を選んだのだ。


 ハーミットが振り下ろした剣でいなした蟲爪を、返す手で弾きあげる。身体を浮かせた蟲の首に突きを刺し込むと、剣ごと蟲の身体を振り回し遠心力で頭を切り飛ばした。


 魔剣に綴られている『現状維持』の呪いは生物全般に通用する。回復を阻害された鎧蜘蛛(アダンス)が首を持ってわたわたとしているのを、すかさず蹴り飛ばして時間を稼ぐ。


(とはいえ、すばしっこさは土の上じゃないだけまし、って程度だな。でも今は十分だ、これなら俺の目でも追える)


 この場所なら水に沈められる心配もない。加えて今は夜。体温が上がりやすい装備であるハーミットには現状以上の好条件を用意できない。


(問題は、賊を相手した時と違って「蟲の猛攻に終わりがあるかは分からない」ってことだけど)


 居合わせた人員で最大限の力量を発揮できるように配置した自信はあっても、戦力不足と不測の事態への不安は募る一方だ。


 それでも、各々ができることをするしかない。


「……頃合いかな!」


 鎧蜘蛛(アダンス)が数を増やし包囲の密度を増していく。両手剣を奮うハーミットは動きの鈍さを腕力と技術で補っているが、数の暴力に対しては圧倒的に不利だ。


 なので、壁が厚くなりすぎた時の対応も打ち合わせで決めていた。


 短い詠唱と共に『炎弾(フォイア)』が琥珀の視界に入り込む。少年はぎりと引きつる頬を隠すこともせず、坂を駆け上り始めた。


 火種が砂利の上に落ちる。


 ひとつ。ふたつ――少年はできる限り鎧蜘蛛(アダンス)を引きつけ、先ほど突き刺した枝の近くまで来ると、革靴で思い切って空中の段差に足をかけた。ほぼ垂直に上空へと駆け昇り、鼠顔を被ってひと息に飛び退く――みっつ。


「『炬火よ(トーチ)糸を駆けろ(・ドレード)』!!」


 再びの詠唱。周囲に張り巡らされていた魔力糸が真黄色に光輝く。


 赤熱した魔力の流れは糸に沿って瞬く間に黄色を塗りつぶし、火花をばらまきながら眩しい光を放って一点に収束――爆発(・・)した。風の流れも相まって高く吹き荒れる火柱を前に、ハーミットは必死の思いで着地する。


 一度目より火柱の威力がある理由は、先ほど少年が地面に置いた枝を巻き込んだからだろう。蟲殻が降り注ぎ、河原が黒く塗り潰されていく――が、鎧蜘蛛(アダンス)の奇襲は止まない。


 爆音で鈍くなった耳よりも早く肌が気配を感じ取る。後方からの切り裂きに対応し、ハーミットは巨大な蟲爪を関節付近で切り捨てた。


 鎧蜘蛛(アダンス)はあちこちから無限に湧き出てくる。河原に集まった分だけではない、二人は林から湧く分にまで気を遣いながら集敵の役割を果たさなければならないのだ。


 蟲を釘付けにするには。ひたすらに斬り続け、一報を待つしかない。


(大丈夫だ、上手くいく)


 暗示の様に言葉を反芻して、ハーミットはそこから喋ることをしなくなった。

 無心に蟲爪の猛攻を捌く少年を、糸術使いは全力で補助する。







 ラエルは走りながら、走馬灯のように回想する。


「そうだ。これは大事なことだから言っておくけど」


 作戦会議がいち段落して、ツァツリーと入れ替わりに数人が小屋を出る準備をしたとき。一瞬だけ揃った全員に対して、針鼠は勿体ぶることなく口を開いた。


「今回の作戦。責任の所在は、魔導王国四天王『強欲』ハーミット・ヘッジホッグにある。……この言葉の意味だけでも、理解しててくれると助かる」


 穏やかな口調だったが、有無をいわせない圧があった。


(――責任、私に被せてくれてよかったのに)


 小言が口をつこうとするのをぐっと堪えて、無理無茶の元凶であるラエルはツァツリーの背を追う。先を行く賊の三名は露払いに注力し、ラエルたち四名は切り開かれた道を全速力で前に進んでいた。


 中州の浮島からこちらへ渡り、幾つも丘を越えて今に至る。

 ラエルも体力には自信があるほうだが、ここに来て蟲の妨害が激しくなってきた。五つ目の集落跡までこのペースを保つのは厳しいかもしれない。


(……私は、細かいことを考えるのが苦手だから)


 ラエルは、針鼠が何を思ってあのような指示をしたのか分からない。最終的には二十三案くらいになった作戦の分岐を把握したか、という意味でも一夜漬けなので不安しかない。


 それでも、この足が辿り着くべき場所は決まっている。


 ラエルひとりの決断と覚悟――その為に、この場の全員を巻き込んだ実感が今更になってこみあげてくる。

 そして彼女にとって不安を通り越した「怖さ」は、「存在しない」ものなので――震えた指先を固く握り、顔を上げた少女の表情は、獣に似た笑みなのだった。


 家屋の屋根から鎧蜘蛛(アダンス)が落ちてくるのを避けて、次いで降って来た蟲爪の猛攻をナイフで地面に逸らす。不死鳥の刺繍が振り回され、波打つ髪が灰色の背に落ちた。


 ラエルの後方には防音魔法具を維持しながらついてくるレーテと、グリッタがいる。絶妙に発現範囲から出ないよう走っていたツァツリーが、ラエルの足が止まったことを確認して眼前のアダンスに止めを刺した。


「そろそろ三つ目の集落跡を抜けます。今まで通り賊の三名は後追いで来ます。ラエルさん。先の二か所と同じように。思いきりやってください」

「ええ」


 叫びながら追いついてきた大人二人が集落を抜けるタイミングで、ラエルは深呼吸しつつ地面に手をつける。


「『上昇する(アサリエ・)地の利(バンタジオ)』!!」


 土魔術(・・・)だ。


 『上昇する(アサリエ・)地の利(バンタジオ)』は地形変化の魔術であり広範囲に作用する――が、発現者はラエル・イゥルポテーなので。術者の想定より効果範囲は広く深くなる上、魔力を引き抜かれるように持っていかれそうになる。


「よぅし、私の出番だね!!」


 レーテが声を上げ、防音魔法具がグリッタにパスされた。


 柱になりかけの土塊を飛び越えて、林に出たレーテがラエルに手を伸ばす。黒髪の少女は魔術発現の途中にも関わらず、生身の手のひらで結界術使いの手を握り返した。


 そうすると途端に魔術の揺らぎが収まり、目の前に壁を作るように安定した土柱の生成が行われた。集落郡内から飛びかかろうとした鎧蜘蛛(アダンス)が土壁で押し戻され、全員の視界から消える。


 鼠返しのような形の壁を集落群向けに形成して、ラエルはレーテの補助を受けながら発現を止める。しばらくして息を吐き出した。


 これは魔力の譲渡や共有ではない――ラエルが発現した魔術の操作権を、その場でレーテに引き渡した(・・・・・)のだ。


 魔術暴発を収めるためには魔力を制御する技術が必要になる。だがこればかりは鍛錬で身につけるしかない。その上で、ラエルの魔力制御は不安定なままだ。


 しかし「魔術発現・解術」という現象の仕組みに限れば、他者が横やりを入れて発現を打ち消すことができるように、発現中に補助を受けることも理論上は可能である。

 現に、生活魔術の習得や子どもへの指導の際には親や師が制御の補助を行うことは珍しくない――ラエルはそうした基礎知識を、ネオンに教わったばかりだった。


 「他者に命を握らせるという高いリスクがあるから、あえてやらない」というだけだ、と。

 不可能でないなら、魔術士(・・・)同士(・・)でも(・・)可能(・・)だろう(・・・)と。ラエルはそう判断して、提案した。


 結果。ここまでラエルは三つの集落跡を土壁で塞ぎ足止めにしてきたが、一度も暴発を起こしていない。発現後の体調の悪化もなく、魔力も殆ど消費していなかった。


 グリッタは二人の周囲を警戒しながら、丸くした眼をバンダナの影に隠す。


(キー坊がイシクブールで色塗りした時だって精度と手際に驚いたもんだが、魔力制御は魔術の基礎である土系統の熟練度に準ずる。……できるやつの自己評価をまるままは信用できんな)


 補助、と柔らかい言葉を使っているが、レーテがしていることの実態は「魔術の乗っ取り」、「奪った魔術の返却」、「他者の魔術の制御」である。


 「乗っ取り」を行うには、様々な魔術に精通していて尚、相手の魔力を圧倒できるほどの魔力量が必要だ。それでいて被術者であるラエルに負担を感じさせていないとなると……どう考えても、あの一瞬でこなすには頭がパンクする内容である。


 そんなことができるのは導士とか導師とか、それなりの地位に居る魔術士の話では?


 しかしカフス売りは首を突っ込むのも野暮だと思った。そもそも彼には立場というものがあるので、軽々しく問うべきではないと判断した。


 グリッタは長剣を構え直すと、土壁の横から這い出た鎧蜘蛛(アダンス)の爪を弾く。次いで丸い腹に前蹴りを入れると、ほんの少しだけ体制を崩した蟲の脚が宙に浮いた。


 ――隙を突き、どこからともなく矢が飛来する。


 グリッタの傍を掠め蟲の首を穿った矢尻は明らかに石製だった。グリッタは咄嗟に残った脚を斬り飛ばし、土壁の向こうへ放り投げる。

 残心をとりながら周囲を観察すると、離れたところで三毛の鍵尻尾が枝を踏み台に林を走って行くのが見えた。


 追撃が無いことを確認してグリッタは体制を整え直す。聞こえるかも分からないが、口早に礼を言う。すると着地の一瞬、ファレの尻尾が手を振るようにした。どうやら聞こえたらしい。


(いやぁー、やっぱ第二出身はおっかないな!)


 味方だと思えば、心強い。と三度胸中で繰り返し、カフス売りのグリッタは殿(しんがり)の務めを果たす。


 越えるべき集落跡は、残り二つだ。





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