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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
6章 黒魔術士は科を織る
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300枚目 「火柱と呪剣」


 ――月明かりと魔術の光源を頼りに、林中を行く。


 ラエルたちが息を潜めていたのは中州の浮島から小舟で渡り切った頃までで、そこからは事前に立てた作戦通り行動することになった。


 先頭はジェムシとクリザンテイム、続いてラエル、レーテ、グリッタを挟み、殿(しんがり)をツァツリーが務める。ファレは懐にノワールを抱え、距離をとりつつ着いてきている。


 比較的小さな方の鎧蜘蛛――アダンスが夜行性だろうと判じていたラエルたちだが、足元を見間違うこともできないくらいに飛行カンテラで照らされているにもかかわらず、蟲との交戦はそれほど多くなかった。


 その理由は、遥か左方で今しがた上がった火柱と剣戟(けんげき)の音にある。


 ラエルは眩しさに目を眩ませないよう、音がした方角から視線を外した。


 数時間前。

 作戦を立てながら、針鼠は「走光性(そうこうせい)」と口にした。


「――鎧蜘蛛(アダンス)が昼夜問わず動き回れるのは、光の有無に左右されない生態であるか、そもそも視覚以外の方法で周囲を知覚しているか。もしくはその両方じゃないかと思うんだよ」

「……貴方、いま呪文を口にした?」


 内容についていけず真顔になったラエルに、ハーミットは簡潔に説明した。


 つまるところ「走光性」とは、「光によって行動を変化させる習性」を指すらしい。

 カンテラの灯りに集る羽虫や明るい場所を嫌う虫には走光性があり、鎧蜘蛛(アダンス)にはそれが無いかもしれない、とハーミットは言ったのだった。


「……光を使った誘導は通用しないかも、ってことね」

「ああ。それに今日は青の月が満月で、林の中まで十分に明るい。俺たちが灯りを使ったところで遭遇率に影響はないだろう。ただし」


 少年は両手の指でそれぞれ丸をつくると、鼠顔の硝子玉からそれを覗き込む。望遠鏡を連想するように、両手を顔から遠ざけたり近づけたりした。


「頭部前面を始めに王冠に似た八つ目――あれは距離感を掴むことに優れた目の配置だ。加えてあの身軽さと機動力、林や洞窟を駆け回られれば人間の足では勝てない。移動中は見つからないに越したことは無いね」

「それなら、昨晩ツァツリーさんたちがしたみたいに灯りをつけないで行動した方が……」

「獣人ならともかく、僕らは夜目がきくわけじゃあないし、蟲と同じくらい、そこらの岩も危険だ。踏み外して頭をぶつけたりしたら大惨事だよ」

「……そうなると。そもそも蟲の目以外にも気を配る必要がありそうだね?」


 ぽつりとレーテは呟いて、錆色の目を針鼠に向けた。


「林中に巣を張り巡らせてたことを考えると、振動(・・)かな?」


 ハーミットはレーテの言葉に対し、笑みと頷きとで肯定する。


鎧蜘蛛(アダンス)は積極的に得物に襲い掛かる――待ち伏せ型の生物でもないのに網を張るのは振動の検知が理由なんじゃないかと。……その上で俺は、ノワールがあの糸で怪我をしたのは空を飛んでいたからだろうと推測します。恐らく鎧蜘蛛(アダンス)の天敵は三つ首鷹(スリーヘッドホーク)なんでしょう」


 ダイラタンシー現象って知ってる? と、またもや蟲関連のサンプルを引っ張り出した針鼠。ラエルは詳しい内容の半分も理解できなかったが、ハーミットが口にした現象の要点は実にシンプルだった。


 一定以上の強い衝撃を与えると「瞬間的に硬質化」する柔らかい物質の存在。

 鎧蜘蛛(アダンス)が吐く糸は、時に硬く、時に柔く、時にねばねばとなるのだと。


『伝書蝙蝠に飛ぶな(・・・)というです?』

「少なくとも移動中はね。これ以上骨を折りたくなければ、飛ばない方がいい」


 言いながら、ハーミットは実演を行った。


 容易に手指で千切った蟲糸の束を重ねて、そこにナイフの塚を振り下ろす。岩でも殴ったような音を立てて剣塚が弾かれたのを見て、伝書蝙蝠の口元がひきつった。


 蟲の糸は林の中を縦横無尽に縫って張り巡らされている。全てを回避するのは不可能に近いが、恐らく獣除けの鳴子と同じような性質も持っているだろう――と、ハーミットは続ける。


 つまり、武器で糸を殴るなどすれば遠くの鎧蜘蛛(アダンス)に見つかる確率が上がるということだ。これに対抗するには、移動中も足音を含め常に遮音し続ける他ない。


 しかしこれだけでは作戦としても心許ない。と針鼠は残念そうにした。


鎧蜘蛛(アダンス)は魔力を糧にしている生物だ。魔力(エモノ)を探知できないはずがない。俺たちが気配を薄めたところで、視覚嗅覚で魔力の有無を見破れば襲いかかってくるだろう」


 かといって、隊を三つ四つに分けて移動するのも厳しい話だ。


 ラエルはともかくレーテとグリッタは一般人の域を出ない。安全を確保するためにも、必要以上に班を分けるのは現実的ではないのだ。


「接敵を確実に避けられる方法は『水中を潜って進む』ぐらいしか存在しないけど、泳ぐのは体力を消耗するからね。陸路を使う前提で接敵を減らす方法が確実だ。――そういうわけだからさ。トカさん、俺と一緒に囮役やってくれないかな?」


 ラエルの視界の端で、さりげなく重要な配置を任されたトカが派手に茶を噴き出した。


 ――さて。


 回想から戻った黒髪の少女は現在、耳に神経を集中しながら第一の集落跡に向かっている。火柱が立った後の襲撃の頻度を鑑みても、作戦会議での「読み」は正しかったらしい。


 ラエルたちは周囲を浮遊する三つのカンテラに照らされながら、ツァツリーの懐で起動する防音魔法具の効果範囲に収まるように隊列を組み、移動している。


 暗い林中を行く面々の歩みは遅いものの、着実に前進することができていた。

 ラエルは照らされている足元から、結界の外に広がる深い闇へと視線を動かす。


(……ファレに聞いていた通り、灯りが届かない範囲はみえづらいわね。転ばないように注意しないと。それにしても武器を留めるベルトとか締め忘れてないわよね? 不安になって来たのだけど)


 あれこれ考えながら、ラエルは口を開こうとして辞める。


 防音の魔術が周囲を囲んでいるが、針鼠的に言うなら念には念を、である。

 夜目がきく故に別行動中のファレでさえハーミットの指示を大人しく受け入れて、音を打ち消す獣魔法を扱えるノワールと行動しているのだから――と、躊躇ったのだ。


 ただ、物言いたげなラエルを見かねたのか、遠くで上がる火柱を横目に「あっちは派手にやってるみてぇだなぁ」と口を開いたジェムシによって、場の空気は少しばかり弛緩した。


 しばらくして、ラエルたちは無事に第一の集落跡に到着した。

 来る時に通った蔦の隘路が暗闇にぽっかりと口を開けている。


 鎧蜘蛛(アダンス)に振動を頼りに周囲を把握する能力があると仮定するなら、この周辺にも感知器代わりの糸が張られているはずだ。それに今、村の外へつながる道に近寄る理由はない。


 ――しかしここで、前触れなくジェムシがハンドサインをした。遠くに居るファレの弓が鳴り、クリザンテイムが無言のまま槌を手にして遮音の範囲から抜け出ていく。


 ジェムシは剣呑とした目つきのまま、自身も後ろ手に緑錆色の長物を構えた。


「また何体か居るなぁ。不意打ちされると面倒だ、片付けてくるぜ」

「砕き漏らさないでくださいね」

「あぁん、誰に言ってんだぁ? それ」


 軽い調子で白魔術士とやり取りすると、青年は得物を手に身を低くして駆けていった。


 ラエルはこの間、一言も口を挟む余裕がなかった。首回りが痛い気がして肩を回せば聞いたこともない音がする。……緊張しているのだろうか。柄でもない。


 白魔術士は賊たちを見送ると、緊張気味の三人を振り返った。


「この先。連続して戦闘になるでしょう。時間との勝負になります。各自。心の準備をしてください」


 レーテとグリッタは息を呑み、ラエルが静かに頷く。

 ツァツリーは頷いて、ジェムシたちが走り去った方角へ目をやる。


 遠くの方で、またひとつ火柱が立った。







 一方、北西の林。


 数日前のツァツリーたちが蟲の群れと追いかけっこを繰り広げた河原にて、夜な夜な焚き火をする男性が二人も居た。


 片方は甲殻の短外套で頭部を守っているが、背中が自信なさげに丸まっている。

 もう片方は琥珀色の目を物憂げに歪めたまま、金色の髪を風に揺らしていた。


 彼らがつつく(まき)は、炭になる前から黒い。


「……まさか、蟲集めの方法がこうも古典的だとは」

「古典は古典だけど、血を撒かないだけ文明的だと言って欲しいな」


 言うまでもなく、トカとハーミットである。

 二人が焚き火にしている炭樹の木片は、倒壊した部屋からかき集めたものだ。


(小屋に使われていた材は殆どが炭樹(トレント)だった。ラエルが以前から「世話になった」って呟いてたから、白砂漠産なんだろうけど)


 魔導王国浮島にてハーミットが対処したように、炭樹の成木は魔石の属性に誘爆(・・)するほど魔力を帯びている。そんな木材が建材に向いているはずもない――例えば、ハーミットと対峙したトカが小屋の一室を瓦礫の山に変えたあの仕掛けは、魔力糸の強度によるものではなかった。


 トカは建材のあちこちに針葉樹(トレントではない)材を挟んでいたのだ。

 あの小屋は元々、いつでも部屋単位で崩せるようになっていたのである。


 そう。石材で組まれた台所以外で黒魔術を使おうものなら建材の炭樹が総崩れしてたちまち――という仕掛けだったのだと。先ほど暴露されたばかりなのだった。


 ハーミットが焚き火に炭樹(トレント)を足し、トカは燻された顔を庇う。灰の香りがまとわりつくと同時に鼻の奥が焼ける感覚に襲われたのか、仏頂面が「ぐしゃ」と歪んだ。


「っ、ぐ、本当に、狼煙ひとつで足りるものなのか?」

「出発前に白き者(エルフ)二人に検証してもらったからね。燃焼時に魔力が発散されることは確認済みだ。こんなに魅力的な狼煙をあげようものなら、直ぐにでも注目の的になるだろう」

「信じ難い。燻すと蟲は逃げるものだろう」

「……トカさんがお望みなら、もっと度し難くしようか?」


 言うと、ハーミットはトカから少し距離を取る。


 引き出しの箱(ドロワーボックス)搭載の鞄から引っ張り出したのは、炭樹(トレント)の黒とは正反対の純白、遊色が揺らめく木の枝だった。

 大人の腕ほどあるそれが魔法鞄から引っ張り出されるのを不思議そうに眺め、トカは顔を歪める。


「なんだそれは。目に痛いほど魔力がほとばしっているように見えるのだが」

「白木聖樹の枝だよ」

「は?」

「ただし生木だから焚き火には向かないんだよね。魔力が飛び散るっていう一点なら申し分ないんだけど」

「……魔力放射のことを言っているのか!?」

「え? あぁ、大丈夫! 俺の魔力耐性は王様のお墨付きだから! トカさんは素手で触ると不味いかもだけど!」


 タックルを仕掛ける数秒前のような体制をした白魔導士を片腕で制し、ハーミットは慌てて砂利を蹴って穴を作るとそこに木の枝を挿し込んだ。


 石ばかりが転がる枯れた河原の殺風景な砂利の上に、ぽつんと聖樹の枝が埋まることになる。


 あっという間にフリーハンドになったハーミットはそれをアピールするために大手を振る。トカはいかにも不機嫌といった表情で最後の木片を焚き火にくべた。煙がハーミットを襲う。


「誰も心配なぞしていない!!」

「うわーっ、察することを強要させる理不尽。言葉が足りない!」

「言葉が多いよりはマシであるはずだ」

「そんなことラエルの前で言ったら、また喧嘩になるぞ!?」

「人が変わるのは難しい。いったい何年かけて魔導王国に溶け込んだと思っている、せめて三日は必要だ」

「……適応速度が役者並みなんだけど」

「どの口が言う、そっくりそのまま返されたいのか」


 準備運動をするハーミットの足元で、丸く削れた小石が音を立てる。トカは深いため息をつくと最後の炭樹を火にくべ、用意していた魔力糸に足をかけた。


「……枝を飾り物にする成金は見たことがあるが、こうもぞんざいに扱うのは初めて見る」

「機会があって所有者から幾らか買ったんだよ。というか、近辺の町で白木聖樹信仰しつつも白いパンに『枝』って名前つけて常食する文化を見たんだけど。あれはノット教的にはどうなんだ?」

「骨守の考えなど知らん。そも、私はポイニクス教だ」

「んー、そうなのか。でも、結局……だから、パンだったんだろうなぁ」


 骨守が畏怖した対象は竜骨(山脈)ではなく白木聖樹で、信仰の対象は白木聖樹の魔力を食らう(クモ)だったのだから――やはり、食べて(・・・)いたのかもしれない。


 魔力を持つ者が生み出す意思の力、概念や思い込みが何よりも強力に作用するのが「魔力子」という物質だ。人知の及ばない性質を持った物質を介すれば、その程度の歪みは作り出せるだろう。


(祈りや概念の集合は、魔術に足るとか、なんとか言うもんな)


 だから、あの町(イシクブール)はどうにか無事だった。

 だから、あの村(バクハイム)はなんとか間に合った。

 だから、村民が居なくなったこの村(アダンソン)は、間に合わなかった。


 この世に奇跡は起こらない。

 あるのは、現象の結果だけ。


 いまだって――この耳に響く雑音も、そうあれと仕組んだからこそ()()()()()


「……すごい数だなぁ。耳を塞ぎたいくらいだ」


 ハーミットは明るい声音で言い、背から身の丈もある剣を抜き取る。

 トカは無言のまま鏡面の靴で空中を昇り、やがて東側の空に魔力糸で足場を組んだ。


 河原というだけあって足元は酷いものだ。転倒ひとつが命の危機になりかねない、石ばかりの急斜面。故にハーミットは、後方の処理をトカに全投げすることに決めていた。


「王の威を借り受け、貫くは不殺――『強欲なるもの(グリーディ・カース)』」


 剣の塚を握る革手袋が、手首までの茶色から肘まで覆う深紅に塗り替わる。


「もはや会話の余地はない。命に優先し、私は貴方たちの尊厳を侵害する」

「……なんだ。その詠唱擬きは」

「王様に、できる限り言えっていわれてるんだよ」

「難儀なことだな」

「お互いにね!!」


 両手で構えた石のような剣身に白色の古代魔術文字が浮かぶ。

 少年は柄を両腕で握りしめると、眼の前に躍り出た(クモ)の群れに(れき)の地面を蹴った。


「……『碧羅に(バルー)糸遊(ニング)』……『釘を(ストリング)飾る網(・ウォール)』……」


 そして。ハーミットが戦闘態勢に入ったとみるなり、トカは少年の背に向かって詠唱し、手を振り下ろす。


「『炬火よ(トーチ)糸を駆けろ(・ドレード)』」


 初撃は。ハーミットの背に向けて放たれた。

 まさか(フレンドリー)の詠唱(ファイア)である。


 糸に着火すると同時に迫った熱気に、金髪少年の丹精な顔が歪む。


 ――その場に火柱が立った。





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