邂逅
することもなかったので、サロマの街を観光させてもらうことにする。
詳しい情報を知らない街中を歩くのって、どうしてこんな風にわくわくするんだろうな。
「実は俺、サロマに来たら食べたいものがあったんだよな。一緒に食べようぜ、スカイ」
「きゅうっ!」
記憶を取り戻す前の俺は、街の中を歩く時はいつも背を曲げながら歩いていた。
そうすれば周りの景色に目をやらずに済むし、誰の視界に入って邪魔をすることもないだろうと思っていたからだ。
けど今の俺は違う。
俺は胸を張って、大きく腕を振りながら意気揚々と街を歩いている。
人間というのは不思議なもので、しゃっきりと背筋を伸ばすとそれだけ気分も真っ直ぐになってくる。
見るとスカイを目にした人達はびっくりしていた。
たしかにこいつみたいな魔物を見ることはなかなかないからな、色もフォルムもインパクトがあるし。
子供の中にはスカイの方に駆け寄ろうとして、それをお母さんに止められている子もいた。
歩いていると、鼻に嗅ぎ慣れた磯臭いがやってくる。
サロマを東に大星海を眺めることのできる、いわゆる港湾都市というやつだ。
そのためこの街では新鮮な魚貝を食べることができる。
せっかく早めに街に着いたのなら、これを食べない手はないだろう。
「これは……おっちゃん、いくらだい?」
「おう、一枚銅貨五枚だぜぃ」
手ぬぐいをはちまきのように巻きながら手の甲でくいっと鼻を擦るおっちゃんが作っているのは、魚介を使った焼きそばだった。
食欲をそそる香りの前には、思わず銀貨を出して二つ買ってしまうのも止むなしだ。
魚介類をふんだんに使っているわりには値段が安いから、ついつい財布の紐が緩んでしまう。
買ってきた焼きそばを、波止場の近くにあるベンチに腰掛けて食べる。
この世界では食事は三叉のフォークでするのが普通だが、持参したマイ箸を使わせてもらう。
「はふっはふっ……美味い!」
むっちりとしたイカの食感に、思わず目を細める。
噛む度にやってくるじゅわっと旨みの洪水に、思わず押し流されてしまいそうだ。
この世界の魚介類は、とにかくサイズがでかい(なんでも魔力を摂取することでサイズが大きくなるんだとか)。
だが、前世で言うところのイカ焼きにしか使えない巨大イカのように、味がぼやけているわけでもなく。
噛み応えもあるが固すぎず柔らかすぎず、しっかりとしたイカの味を味わうことができる。
「きゅうっ!」
食べさせてやると、スカイも美味しそうにしている。
初めて食べる魚貝の味に、目を白黒させていた。
次に食べるのは、こちらも巨大な海老だ。
噛みしめると同時、わずかな磯臭さと暴力的な旨みが口の中に広がる。
こいつは食感が……すごいな。
プリプリなんてレベルではない。
これはもう、ブリンブリンだ。
夢中になって食べているうちに、あっという間に食べ尽くしてしまった。
当然ながらスカイの方も完食している。
どうするか、もう一度買いにいくのも手だが……せっかくだし別の料理を味わうことにするか。
他にも出ている露店やレストランなんかを眺めながら、次の獲物を見定める。
「畜生……やっぱり生魚はないか」
生魚を食べる文化は、ベントラー王国に存在していない。
刺身くらいならあってもいいだろうに……直接魚を買って、自分でやってみるのはありか。
まあこの世界の寄生虫なんかは少し怖いが……寄生虫なら自身に『五行相克毒』をかければ殺せるしな。
生魚のためにそこまでするのもどうかとは思うが……やはり一度、生魚は食べておきたい。
魚屋を探そうときょろきょろと大通りを見回していると、胸のあたりにとすんと軽い衝撃が。
「おっと……ごめんよ兄ちゃん」
ぶつかってきたのは、年端の行かない少年だった。
港町で風を浴びているからか、妙にパサパサとした髪をしている。
そのまま少年はそのまま去って行く。
なんだったんだろうと思い胸に手を当てると……
「しまった、スリか!」
先ほどまで入っていたはずの財布を抜かれていた。
ルテキの治安の良さに慣れているせいで、完全に油断してしまっていた。
見れば少年は既に大通りを曲がり、路地裏に入り込もうとしている。
「スカイ、今のやつを上空から探せるか?」
「きゅっ!」
空を飛び上がったスカイは、ちょこちょこと動きながらこちらを見てキュッと鳴く。
どうやら少年の上に位置取ってくれているうらしい。
なんとかなりそうだとほっとしながら路地裏を駆けていく。
だが進んでいると、スカイが妙な感じでうなり声を上げる。
何が起こってるのか不思議に思いながらも進んでいくと、そこには……腕を捻り上げ財布を取り落としている少年と、彼を捕縛している若い女性の姿があった。
俺はその光景を見て、思わず息を飲む。
なぜなら彼女は……俺が初めて見る、マジキンの登場人物だったからだ――。
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