迅雷が如く 前編
【side エヴァンジェリン・フォン・ライゼニッツ】
人は言う。
あなたはあの『迅雷』の二つ名を継ぐに相応しい、ライゼニッツ卿の血を引いた天稟を持っていると。
そう言われた時、私は内心で冷めた思いを抱えながら愛想笑いで答えることしかできない。
だってそうじゃない?
今から何年も前――彼らが私になって言ってきたかを、今でも一言一句違わずに思い出すことができる。
人は簡単に手のひらを返す。
現金なものよね。
力を持つ人間に惹かれていく気持ちはわからなくはないけれど……力を持つ側に回ったからこそ、私は寂しさを感じてしまうこともある。
人が周りに集まってはいるのかもしれない。
けれど私は孤独を感じることが多い。
私はなかなか人を信じられない。
私が信じられるのは――真っ直ぐに私と向き合ってくれる人だけ。
そして世界広しと言えど……そんな人は世界に片手で数えられるほどしかいない。
『迅雷』、『荒ぶる雷』、『疾風迅雷』……いくつもの二つ名を持つ祖父を持って、一度として良かったと思うことはない。
「エヴァ、お前には本当に才能がないな……」
光精魔法の使い手であり、同時に類い希なる槍使いでもあった祖父は、厳格で、一切の情け容赦のない人間だった。
世間からすると戦争で大活躍した英雄らしいが、私からすると武張っていて、孫を平気で槍で貫くような碌でなしでしかなかった。
私は祖父に何度も何度も土の味を覚え込まされ、その雷で身を焼かれ、そして槍を使って刺し貫かれた。
祖父が強力な光精魔法の使い手であるせいで、倒れて気絶しても稽古は終わらない。
私は何度も大怪我を負いながら、その度に攻撃をした本人に治され、再度怪我を負わされた。
なぜこんな理不尽な目に遭うのか、理解ができなかった。
才能がないというのなら、放っておいてほしかった。
今になって思えば、恐らくあの中で一番才能があったのは私だったことを、彼は見抜いていたのだと思う。
ただ別に、私は槍を振って生きていきたくなどなかった。
ここだけの話、私は王都の外れのあたりでひっそりと花屋をやりたいというささやかな夢だってあったのだ。
「立ちなさい、エヴァ」
「……はい」
毎日ボロ雑巾のようになりながら、痛みに耐える日々が続いた。
私には何人かの兄と姉がいるが、なぜか一番キツくしごかれていたのは私だった。
そんな私のことを、兄姉達は快く思わなかった。
彼らは祖父との稽古でボロボロになった私を、更にボロボロになるまで痛めつけた。
祖父に露見することがないよう、光精魔法で傷口だけを治す徹底ぶりだった。
祖父が虐待まがいの稽古をし、彼の威光に怯える父さんや母さんはそれに抗議することもない。
こんな家、出て行ってやる。
ある程度力を蓄えたところで私が家を飛び出したのは、当然のことだったように思える。
祖父を見返す……今思うと幼稚なその一心で、私は冒険者ギルドの門を叩いた。
そこで私は彼と……アルドと出会ったのだ。
そこからの冒険者生活は、毎日が楽しかった。
今まで溜めてきた鬱屈を晴らすかのように、私は彼と、そして当時のパーティーメンバーと冒険者としての活動を心から楽しんだ。
誰からどんな陰口を言われても、まったく気になんてならなかった。
けれどそこで私は気付いてしまった。
大嫌いな祖父から受け継いだ血のおかげで、自分には光精魔法の天賦の才能があるという事実に。
光精魔法は使い手を選ぶ。
更に光精魔法の才能があるといっても、それを戦闘に役立てることができる実戦レベルで使える者は多くはない。
なぜなら他の精霊魔法と比べると高い集中力を必要とする光精魔法は、自らが怪我をするだけで途端に使用することが難しくなってしまうからだ。
後衛で回復を行い味方を癒やすヒーラーは、良くも悪くも狙われやすい。
そしてヒーラーが怪我をしてしまえば、一気にパーティーは崩壊する。
それをなんとかするために祖父は前衛としても戦える万能型の魔法戦士になった。
彼は攻撃を受けながら即座に癒やすことができるよう、痛みに耐える身体を作り上げ、その圧倒的な才能を発揮させることで『迅雷』と呼ばれるほどの強さを手に入れたのだ。
皮肉なことに、私は彼に鍛え上げられることで、痛みへの耐性もしっかりとついていた。
そして彼と同様、前衛として戦いながら味方の補助も行うことができるようになった。
使う得物も槍ではなかったが、刺突という部分では共通しているレイピアを選んだ。
魔物を倒す度に私の精霊魔法の才能は開花していき、魔力量も増えていった。
そうして私はまた、自分の生まれのせいで理不尽を味わうことになる。
才能のある人間しか、私にはついてこれない……それを理解してしまったから。
だから二人の溝が決定的なものになる前に、私は自分から告げた。
自分の本心を押し隠しながら。
「ごめんなさい、アルド。でもやっぱり無理があったのよ、私達」
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