新たな街
「おお、見えてきたな」
ウィスクの街を出てから三日ほど。
ようやっと目的地であるオルドの街が見えてきた。
俺は通用門の列に並びながら、ごそごそと胸ポケットに手を入れる。
この世界では、街を行き来するためには身分証が必要だ。
何もない人間は結構な額の通行料を払わないといけなかったりするし、門前払いを食らうことなんかも多い。
そうならないよう冒険者登録をして、見た目はいかついが実は優しいおっさんに冒険者の洗礼を受けそうになって実力を発揮……なんてことにはなっていない。
「通っていいですよ」
門番にとあるものを見せると、そのまま軽く手荷物検査をされただけで中に入ることができるようになる。
「やっぱこれ、めっちゃ便利だわ」
胸ポケットから取り出したのは、一枚の銅製のプレート。
陽の光をキラリと反射させるこの銅板には、長い尻尾の生えている獅子が彫り込まれている。
こいつは街を出る前にレグルス子爵からもらったプレゼントだ。
子爵家の紋章が入ったこいつは、俺が彼が身分を保障した人間であるということを示すものらしく、おかげでほとんど通行料を払うこともせずに街へ入ることができている。
といっても、基本的にぶっ続けで走ってたから、道中寄った街は三つかそこらなんだが。
「ここがオルドの街か……やっぱデカいな」
ローズアイル侯爵家の領都であるこの街は、子爵が収めているウィスクの街と比べると何から何まで規模がデカい。
行き交う人の数に、立ち並ぶ三階建ての家屋達、街全体から発されている活気。
俺に前世の記憶がなければ、見ただけで圧倒されていたかもしれない。
まあタワマンやオフィスビルが建ち並ぶ東京の景色を見ていた俺からすると、なんかちょっと人多いなくらいの感想しかないわけだが。
「まずは……屋敷を見てみるか」
ローズアイル侯爵家の屋敷は、街の中央にあったはずだ。
こっちで暮らす時間が長くなるにつれゲーム知識も若干あやふやになってるが、まだまだ全然使えるもんだな。
ローズアイル侯爵家は、このグランダット王国に五つしかない侯爵家のうちの一つだ。
その上にいるのは王家と公爵家だけ。
公爵家は基本的に王家となんらかの血のつながりのあるやつらだから、王家とつながりがない貴族の中では一番爵位が高い人達ってわけになる。
なんでぶっちゃけ俺からすると、殿上人も殿上人だ。
そして俺が探している『魔の桎梏』は、そんなめちゃ偉貴族様の宝物庫の中にある。
たしか使い方がわからないガラクタ扱いされていて、奥の方に押し込められてたはずだが……それでも手に入れる難易度は高い。
スラム的発想をするなら秘密裏に侵入してパクってくるのが一番早いんだが……ここはゲームじゃなくて現実。
侯爵家の家でそんなことをしたことがバレれば、俺だけじゃなくてローズやミリア、更には俺の身分を保障してくれたレグルス子爵もただじゃすまんだろう。
(だが正攻法でいくとして……そもそも侯爵家のお宝って、どうやって手に入れたらいいんだ?)
俺は侯爵家の屋敷を見上げながら首を傾げる。
とりあえず馬鹿でかい城みたいな屋敷と庭の周囲に張り巡らされている石壁の周りを歩きながら考えてみる。
まず侯爵にお願いをして宝を譲ってもらう。これは論外だろう。
スラム上がりの子供がそんな戯れ言をのたまおうもんなら、切り捨て御免と殺されても文句は言えないだろう。
だがだからといって侯爵家に上手いこと潜り込んで……というのも厳しい。
たとえば侯爵家の下働きになったりしたとして、そこから宝物庫のお宝をもらえるようになる展開になるという未来が見えない。
「どうしよ、詰んだわ……」
実際行けば、ゲーム知識とかでなんとかなるだろと思ってたあの時の俺をぶん殴ってやりたい。
人生にはどうにもならないこともある。
「はぁ……」
途方に暮れながら侯爵家のデカい邸宅を見上げる。
なんとなく魔力凝集をして、視力を上げてみた。
すると……屋敷の三階のベランダにいる少女が、ジッとこちらを見ていることに気付く。
金髪を綺麗にロールさせてドリルヘアーを作っている、空色の瞳をした少女だ。
その美しい立ち姿を見て、思わず息を飲む。
彼女が一体何者なのかを、俺は知っている。
名前はもちろんのこと、実はかわいいぬいぐるみが好きだというその趣味嗜好に至るまで。
何せ彼女は――『ソード・オブ・ファンタジア』のメインヒロインのうちの一人なのだから。
「アリアベル・フォン・ローズアイル……」
『お嬢(謙虚)』の愛称で親しまれている彼女は俺の方をジッと見ると、何やらブツブツと言い始めた。
俺に何かを言っているらしいが、魔力凝集をしても流石にこの距離だと聞き取りづらい。
虎穴にいらずんば虎児を得ず。
いっちょやってやるかと、とりあえず身体強化を使う。
そしてそのまま足下に力を入れ……跳ぶッ!
城壁を上から山なりに越えていき、勢いそのまま彼女のいるベランダの前に着地する。
「なっ……!?」
「よう、俺になんか用かい?」
貴族令嬢の前にいきなり飛び出しているなんて、ちょっとはっちゃけすぎているのではという自覚はあった。
だがまあそれも仕方ないことだろう。
何せ彼女――アリアは俺の、前世の推しなのだから。




