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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
104/105

『彼女達』

「…何でここに?」


 問われた言葉にメイド服を身につけた2人…メロウとタルナローテはは静かに目を瞑る。


 時はアガルダからの手紙を読み終わった直後。先ほどからこの部屋にいたというのであればそれはつまり先ほどのアガルダからの手紙の一切を聞いていたということに他ならない。


 だが対する2人は何も反応を示すことなくその場に立っていた。その時、


「…もしかして、アガルダさんの言ってた『彼女達』って…メロウ達のこと…?」


「ようやくご理解いただけましたか」


 メロウは放たれたオーゼンの言葉へ今度は無視することなく返事を返して見せる。瞬間、先ほどの手紙に纏わりついていた違和感は流れるようにその糸の目を解けていく。


「…なんでアガルダさんが私のこと知ってるのか疑問だったんですけど、もしかしてメロウ達が情報を渡してたんですか?」


「半分ほど正解です。ですが半分は間違い。私たちがアガルダ様へとお伝えしたのは“新たに迎え入れられた二人組がいる”こと。そして、“お二人の性格”。この2点のみです。その他の全てはアガルダ様の独断であり、希望でもあります」


 ハッとした表情でまさかと言わんばかりに問いかけるオーゼンへ、メロウは変わらない静かな口調で淡々と問いへの返答を返して見せる。


 だが返された言葉は到底信じられるものではなかった。


「…アガルダ様って何か天啓持ってたり…」


「しないです。あの方が持ち得ていたのはただ単純な“洞察力”。そして異常なまでの“勘”。ただそれだけです」


 そんなことはあり得るのかとオーゼンは自身の納得する方向へと誘導するようにアガルダが天啓を持っていた可能性を問いかける。が、返された言葉はただシンプルな真実だけであった。


 だがその時、メロウはふと数歩オーゼンの元へと歩みを進ませると、


「私達もアガルダ様について知っているのはごくわずかな情報のみです。あの方はご自身のことについて極端に語ることを嫌っており、それはご存命である限り変わることはありませんでした。が、唯一私達が知っているアガルダ様の情報。それはその手紙にも記されている通り、『アガルダ様は前王の時代からの執事であること』、その一点のみです」


「…なら何でここに…?」


「単純な話です。あの方は用意周到で、命が尽きるほどの無謀なことは絶対にしません。が、そんな方が初めて無謀を犯したのです。結局、あの方が何を思っていたのかは私たちには存じかねます。が、身を滅ぼすほどの無謀。それは私たちに後を託したという間接的なメッセージに他なりません。カラリナ様…いえ、貴方も、そうなのでしょう?」


「っ…!!」


 その言葉にオーゼンは動揺したように息を呑む。当然と言えば当然。部屋に自分1人しかいないのだと勝手に誤解し、カラリナではないオーゼン本来の声で独り言を呟いてしまっていたのだ。


 初めから部屋の中にいたのだとすればその声が聞こえていないはずもない。だが、


「…なんで、部屋の中にいたんですか」


「単純な話です。この手紙をカラリナ様の机の上に置くという目的があったのと、アガルダ様の予想が当たっているかを確認する為です」


「…予想?」


「はい。先ほどもお話ししました通り、私たちはアガルダ様にカラリナ様、そしてレヴィーナ様の概要をざっくりと説明いたしました。それだけと言えばそれだけなのですが、その際アガルダ様がおっしゃられたのです。『この2人は恐らく、何か隠し事をしている』と」


 はっきり言ってオーゼン達の予想など当てにならないほどに、アガルダの勘は凄まじいものだった。


 おそらくメロウの言葉に嘘はなく、言葉通りカラリナとレヴィーナの外見、立ち振る舞いなどをざっくりと伝えただけだろう。

 だがただそれだけの情報でオーゼン達が偽物の姫であるのだと勘づくことができたのだとすれば、それは——、


「…勘なんて言葉じゃ説明つかないと思うんですが」


「同感です。はっきり言って気持ち悪いですね。私もずっと思っていました」


 予想外にも溢された言葉にかさ増しするように同意の言葉を返したメロウに、オーゼンは驚きの表情を浮かべる。


 その声に迷いはなく、あたかもずっと昔から思っていた本音をわずかにこぼしたかのように、その瞳は微塵も揺れることはなかった。


 だがそれは逆に言えばそんな言葉をこぼせるほど長くの時間を共にしてきたという事の証明でもあった。


「ですが、私たちはそんなアガルダ様だからこそ信用し、信頼したのです。あの方は私たちに隠し事はあれど、嘘はつきませんでした。だからこそ言い切れます。あの方は正真正銘の、天啓を持たないただ勘と洞察力がおかしいだけの一般人です」


「…初めから疑ってたって事ですか」


「端的に言うとすればそう言うことになりますね。事実、あの方の勘は再び命中しました。これで37回連続命中。…結局、最後まであの方を見返すことは叶いませんでした」


 何処か寂しそうに呟かれたその言葉をオーゼンは聞き逃しはしなかった。向けられた視界の先に立つメロウはもうアガルダがこの世にいないと言うことを理解しているからか、その瞳は遠い果てを見つめていた。


「…さて、話が長くなってしまいましたね。私たちがここにいる理由、それはアガルダ様の勘が外れることを願っていたからです。そして、最後の頼みを果たす為です」


「…最後の頼み?」


 それは手紙と同じく、アガルダがメロウ達へと託したであろう最後の意思。


 どれだけ先のことを見据えていたのかとその勘に尋常ではない脅威を覚えるオーゼンであったが、そんなことお構いなしと言わんばかりにメロウはオーゼンの元へと数歩歩みを進ませると、


「こちらを」


「…これは?」


「このカラクリアについて記された書記にして、アガルダ様が意図的に秘匿した、いわば世に出して仕舞えばその存在ごと消されかねない一冊です」


「とんでもないもの遺したね!?」


「ですね。こんなものを隠し持っていた。本当に最後まで身の内の一つ暴けなかった、完全な私の敗北です。が、この本をバレることなく貴方に渡したのです。今回は引き分けと言っても納得してくださるでしょう」


 渡されたのは古い、ボロボロになった本だった。


 その表紙は少し扱いを間違っただけで剥がれ落ちそうになるほどに柔く、少し指が掠れただけでも表紙の破片がわずかに地面へと降り落ちる。


 だが、そんな本だからこそオーゼンへと託すためにアガルダがどれほど丁寧に扱ってきたのかが分かる一冊となっており、そうしてメロウは確かにオーゼンへと本を渡したことを確認すると、


「では、私達のアガルダ様より託された役目はこれにて終いです。その本にどんな内容が書かれているのかは私たちにも存じません。取り扱う際は、今まで以上に慎重にお願いします。…それと」


「…!?」


 アガルダの最後の命令を果たしたと、メロウはどこか安堵したように呟く。だが、次の瞬間には意を決したようにもう一歩をオーゼンの方へと進ませると、


「改めて、私の名はハインツ・ガーデ・メロウと申します。そしてこちらは…いえ、私からお伝えしましょう。タルナローテ、もといセルナ・タール・ローテストア。元王家にして、落ちてしまった一族の末。——そして、私と共に謀反を企てる共犯者」


 初めて聞いた2人の真名。それもそのはず、おそらくは2人のことを信用していなかったがために意図的に隠していたのだろう。


 そうして告げられた名前…特にタルナローテの真名はオーゼンが予想していた名前とは程遠く、そうして改めて自身の名を明かしたからこそ、


「カラリナ様…いえ。貴方の本当の名は、何と言うのでしょうか」


 メロウのその瞳に、迷いはなかったからか、オーゼンにもまた、選択肢は残されていなかった。

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