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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
103/105

遺された手記には

『初めまして、カラリナ様。私の名はアガルダ』


 手短にそう記された手紙に、オーゼンはひどく動揺していた。


 何故?なんのために?誰が?文頭しか見ていないにも関わらず疑問は瞬く間に脳内を取り巻く。そうして恐る恐るその先の文へと目を向ける。


『恐らくカラリナ様はひどく動揺していることでしょう。面識もなく、素性も知らない他人からの一方的な手紙。ですが、私は確信しているのです。私が貴方様のことを知らずとも、貴方様は何らかの形で私の存在を知っていると』


 アガルダ。それは幾度となく語られ尽くした不問の注意人物。そして、今この瞬間に処刑された、禁域へと踏み入った者。


 瞬間、オーゼンはひどく動揺したようにその呼吸を荒くする。


 何故“知っていることを知っているのか”。それは洞察力なんて言葉では言い表すことのできない情報…会っていなければ尚更知り得ていないはずの情報。


『そう恐れないでください。この言葉も全て、私の勘を頼りに書いているだけのことです。もしかすれば全てが間違っている可能性もありますし、もしかすれば全てが当たっているかもしれません。ですが、それを私が知ることはないでしょう。何故なら、この手紙をカラリナ様が読んでいると言うことは、私は死罪に詰められていると言うことでしょうから』


 勘などと言う言葉では説明の出来ないほど完璧に言い当てられている現状に、オーゼンは改めてラノアがアガルダの名を注意人物として挙げていた理由を納得する。


 そうして自らの死すらもを想定内と語る文はさらに先へと続いており、


『私はずっと、ある疑問を抱いていました。カラリナ様も恐らくご存じでしょう。禁域は何故禁域であるにも関わらず、踏み入ったことを他者が知れるのか。と。扉を超えなければ禁域へは踏み入れない。ならば、禁域は踏み入った者の情報を王へと売っている者もまた、禁域の中に居なければおかしいのではないか。と』


 当たり前のように語り始めた、だが語られたその言葉にオーゼンはハッとしたような表情を浮かべる。言われてみればそれは当然の疑問であった。


 もし虫使いが関係しているのだとしても、これほどまでに完璧にオーゼン達のことを言い抜いているアガルダが、オーゼンですら気づけた虫の存在に気付かないとは考えにくい。


『だから、私は試すことにしたのです。あたりに誰もいないことを確認した上で、禁域へと足を踏み入れることに。いわばこれは、私の命をかけた一世一代のトランスミッションというわけですな。はっはー!!』


「…なんか思ってた印象と違うな」


『ですが、先ほども記したとおりこの手紙を貴方が読んでいると言うことは私は捕らえられていると言うこと、そして彼女達が私の言葉通りに任務を遂行できたと言うことでしょう。私は老耄の身、無理もできず死ぬるを待つだけの存在です。ですから、先に結論を申し上げたいと思います。——禁域の中には、誰かがいる。それが貴方様方の探している誰かなのかは存じませんが、その事実だけを貴方様に伝えるために、私はこの命を燃やしましょう。そして、最後に一つ。これは私の人生最後の勘です。老耄の勘などと期待できないと言うのであれば、無視していただいても構いません。ですがおそらく、私の勘が正しいのだとすればきっと、“禁域の奥には何かがいる”。それは厄災とも禁忌とも違う、前文にて語った誰かとも違う。或いはもっと悍ましい何か。もし禁域へ踏み入れる覚悟があるのだとしても、それにだけは関わらないようお気をつけください。そして、どうかラノア様へよろしくお伝えください。ベネッサ様をお守りできなかったこともかねて、アガルダは命をかけて贖罪を果たした、と』


 何処まで知っているのか。手紙を読んで真っ先に思い浮かんだのはそんな言葉だった。


 オーゼン達が虫使いを探していること、ラノアの任務でこの城へと赴いたこと。記されたアガルダからの手紙は誰にも教えていない情報が幾つとなく記されていた。


 そして最後に記された言葉、“贖罪”。ベネッサという名前は、文から察するにラノアの母…先代の王の名前だろう。ならば——、


「…初めから死ぬつもりで動いてたってこと…なのか?」


 沈黙に放たれた言葉をオーゼンは静かに噛み締める。罪を晴らす為、ただそれだけのためにアガルダはオーゼンへ自らの願いを託し、自らの命をとした実験を行ったのだと。


 そして文の中に記された『彼女達』と呼ばれる不明の者。おそらくはその者達がアガルダからこの手紙を受け取り、オーゼンが部屋を後にしたタイミングで机の上へ残したのだろう。


 幾つもの理解するには時間を要する情報にオーゼンは深い息をこぼしながらその手紙を懐へとしまう。


「禁域の中に誰かと何かがいる…か。…アガルダさん、貴方にとって、俺は自分の意思を託せるだけの存在だったのか?会ったことも無いのに、何でそんなに自分の願いを託せるんだ?」


「それはきっと、アガルダ様が貴方様の本性を見抜いていたからでしょう」


 瞬間、聞こえるはずのない空間から聞こえてきた声に、オーゼンは咄嗟に飛び立ち警戒をあらわにする。


 部屋の中から聞こえてきた。それはつまり先ほどの手紙のことを知られたということも同然であり、だがその声はよく知る人物のものであり、


「…何でここにいるんですか」


 問いかけた先には、メイド服を身につけた2人が立っていた。

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