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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
102/105

役者は舞台へと

 カーテンの隙間から漏れ出す光に、ニアは目を覚ました。


 見覚えのある天井。


 瞬間、悪夢でも見ていたのか頭はズキズキと悲鳴を上げる。寝起きで早々の頭痛にニアは表情を歪ませ、そして体を起き上がらせる。





起きて早々頭痛とか…

…?…軽い…?





 違和感であった。わずか1日だけとは言えその全身は楽に動かせないほど痛みに囚われていた。


 上半身を起き上がらせること自体が、ほとんど不可能にも近しい状態のはず。にも関わらずたった今ニアは何の気無しに体を起こすことができていた。


 そうして流れるままに目を向け、同時にその事実を理解する。


ーー治ってる…?


 見ると、変わらず包帯には巻かれているものの、その全身に負ったはずの傷はその全てが姿を失せていた。


 深傷どころか傷の一つもないほどの完全回復。疑問を抱くことを余儀なくされたニアはそのまま体を動かすことなく思考を働かせる。


 だがその時、タイミングを合わせたかのように部屋の扉は小さな音を立ててゆっくりと開き始めた。


 中へと吹き入る微風がそれが見間違いではないことを確信づけ、同時にその影から姿を現したのは、


「にあ!!」


「ウミか!久しぶりだな!!」


 とてとてと地面をかける少女…ウミは久しぶりにニアと会えたことがよほど嬉しいのか、抑えきれない喜びを表情へと出し、ニアの元へと駆け寄る。


 そうしてそれはウミだけではない。


 久しくその安否を確認できていなかったニアもまた、ウミが無事だという事実に抑えきれない喜びを抱き、そうして飛び込んできたウミを躊躇うことなく抱き抱えるのだった。


 その姿は最後にあった時よりも華やかに着飾られており、白いワンピースがその姿をより可憐に引き立てていた。


 そうして久しぶりの再会を喜んでいたのも束の間、ウミが入ってきたせいで半開きになっていた扉は再び何者かによって開かれる。


 開かれた扉は外の光を微かに中へと招き入れ、そうして同じく姿を現したのは、


「…ウミ様、ニア様は怪我人です。嬉しいのはわかりますが、節度を守るように」


 そう告げるのは他でもないヨスナ本人であり、おそらく何処か申し訳なさそうにする態度から察するにニアの容体を鑑みて昨日はウミと合わせなかったのだろう。


 だが油断したのか部屋を教えた途端に我先にと駆け出し、そして先ほどのワンシーンへと繋がった。おそらくそういうことなのだろう。


 そしてそれはおそらく正解。何故ならニアの上に飛び乗ったウミを見たヨスナが諦めたようにため息をついたからだ。


「すみません。こうなると思い会わせるのを躊躇っていたのですが、何処からかニア様が戻ってきたことを聞いたらしく…おそらくお嬢様かと思いますが」


 瞬間、嬉々としてニアの容体を伝えるラノアの顔が頭の中へと浮かび上がる。容易に浮かび上がってしまったのだ。


 悪意はないのだろう。おそらくあの性格から察するに単純に「ニアに一番懐いているウミに伝えないわけにはいかない!」と、要はそういうことなのだろう。


 だが、いつも偉そうにしているラノアのポンコツっぷりはこの一週間の内でニアも理解していた。


「…あいつに国任せたら一週間で壊滅するんじゃないか?」


 もしこの任務が上手くいったとして、王権がラノアの元へと戻ったとしてもおそらく持って二週間だろう。いや、二週間ももつかどうか微妙なところだ。


 そしてヨスナもまたラノアのやらかしを幾度となく経験しているからか、初めてニアの前で何処か申し訳なさそうに目を伏せていた。


 だが自身がこの場へと赴いた理由を思い出したからか、ふとその目を上げると、


「容体はどうですか?一応それなりに動けるようになったかと思いますが」


「はい。驚くくらい体が軽いです…!これはヨスナさんが…?」


「いいえ。怪我の治療を行ったのはほとんどお嬢様となります。私も手伝おうとしたのですが、「私がやる」と突っぱねられてしまい…。…あ、すみません、今の言葉はお嬢様には秘密でお願いします」


 秘密にしてくれと頼まれていたのか、ヨスナは語り終えると同時にハッとした表情を浮かべる。…が、反省のそぶりも何もないその態度から見るにおそらくわざとだろう。


 だがそれはさておき、あれほどの傷が立ったの1日で体が動く程までに回復したのはこの場にいないラノアのおかげとのこと。


 どのような方法を用いたのかはわからないが、ヨスナの態度を見るにおそらくニアが目を覚ます寸前あたりまで看病をしてくれていたのだろう。


 だがこの場にいないのならば感謝を伝えようにも方法がない。そうして直接言えないことにわずかばかりのむず痒さを感じながらもニアは心の中で感謝を告げ、


「…さて、じゃあ戻るか」


 いくら動けないほどの怪我を負っていたとはいえ、今この瞬間もその尻拭いにオーゼンが悪戦苦闘しているに違いないだろう。


 ならばニアもまた、この現状において止まるか否かを迷う理由など一つもない。そうして抱き抱えるウミを隣へと下ろしたニアは、続けて慎重に地面へと降り立ち、


「依然として任務は継続中。もしお嬢様の言葉があれば再び助けに行けるかもしれませんが、その可能性は極めて低いと、期待はしないでください。そして——」


 ラノアは目を瞑り、突如空中にてその手を三度鳴らした。突然の行動に呆気に取られてしまうニアであったが、次の瞬間に再び扉は開かれ、そして何者かが部屋の中へと押し入ってくる。


 だがその疑問も長くは続かない。自身の周囲を取り巻く人物たちが、いつかの日に自身へとメイクなどの色々を施した使用人たちなのだと理解すると、


「…さすがですねー、ヨスナ様?」


「無論です」


 褒めていないと喉元へとでかかった言葉をな話とか飲み込んだニアだったが、使用人達はそんなことお構いなしに瞬く間に服を着替えさせ、異常なほどの手際でメイクを施していく。


 改めてその手際の良さに自身の技術の低さを思い知ってしまうニアだったが、そんなことを考えている間にその姿はニアから見覚えのある女性へと様変わりし、


「こちらお荷物となります」


 自らの任務が終わったと同時に使用人達はそそくさと部屋を後にし、何処かへと去って行った。


 続けて流れるように差し出されたのは桜月をバレないように中へと忍び込まれた鞄であり、差し出すラノアの“仕事できるぞ。どや”と言わんばかりのドヤ顔にわずかな困惑を抱くことを余儀なくされる。


 初めて会った頃よりも随分感情を表へと出してくれるようになったラノアにニアは「その程度には信頼してくれている」のかとわずかに嬉しく思いつつ差し出された鞄を受け取り、そして背負ってみせる。


「にあきれー!…でも、またいっちゃうの?」


「そうだな、また少しの間だけ会えなくなる。だから、次に戻ってくるまでヨスナさん達の言うこと、ちゃんと聞けるか?」


「…うん」


 あからさまに落ち込んでいる様子のウミにどうするべきかとニアは頭を抱え、だがその時視界の端でこちらをじっと見つめるヨスナの姿が目に入った。


 それはまるで子供に我慢ばかりさせていることを責め立てているかのような目つきであり、だからこそ、


「…仕方ないか…。帰ってきたら、オーゼンと一緒に街を探検しようか。ウミの喜びそうなもの、いくつかあったんだ」


「…!!いいの!!」


「だから、それまでヨスナさん達に迷惑かけないようにな」


「うん!!」


 ニアの言葉に瞬く間に元気を取り戻したウミは、満面の笑顔でそう返事をしてみせる。


 ニアもまた我ながら物を引き換えにする悪手だと理解していながらも、時間が時間なだけに仕方ないと割り切る他なかったのだ。


 そうしてわずかな謝罪の意味を込めて頭を撫でた時、ウミは「えへへ」と笑顔を浮かべ、


「じゃあ、待ってるね!」


「あぁ、なるべく急ぐ」


 ヨスナはニアへこれ以上声をかけることなく、代わりに再びカラクリアへと戻ろうとするニアへ敬意を払うようにその頭を下げ、


「どうか、お気をつけて」


 そうしてノブを握ったニアは、微かな風と共にその体を外へと放り出していく。


 歩けるようになったせいか、その体は普段よりも幾分か軽く感じた。


「それじゃ、行きますか」


 そうしてニアは、再びカラクリアへと足を運ぶのだった。

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