きっかけ
古の秘宝を迷宮から持ち帰るような、命がけの大冒険。
姫様を連れ去ってしまった邪龍の討伐。
そんな冒険譚を想像していたローズの思惑は――見事に裏切られることになる。
「はぁ。なんで私がこんなこと――」
「こらローズ、そんなことを言ってはいけませんよ」
マイヤは手に持っていた食器を落としてしまう。
パリンと地面に打ち付けられた食器が割れた。
それを見てローズはイライラしながらも、食器とこぼれてしまった食べ物の滓を、常備している小型の箒で掃いて綺麗にし始める。
マイヤが仕事でポカをするのも、それをフォローするのにも、もうずいぶんと慣れてしまっていた。
「しっかり綺麗にしといてくださいよ。地面に落ちてる欠片でトッド様が傷ついたりしたら、俺達の首が物理的に飛びかねないんで」
「――は、はいっ! すみません、すみません……」
マイヤに先だってぺこぺこと頭を下げるローズ。
これじゃあどっちが面倒見てるのかわかりゃしない、と内心では憤激しながらもローズは黙って頭を下げ続ける。
ローズ達に言い渡された仕事。
それは――北上を続けるトッドと呼ばれる少年とその取り巻き達と行動を共にすること。
スラムを出てからの初仕事は、瞳が輝くような大冒険ではなく。
金持ちの坊ちゃんらしき少年の使用人をすることだったのである……。
トッドと呼ばれる少年を見たローズの感想は、とても自らの雇い主に抱くそれとはかけ離れたものだった。
一言で言うのなら――甘っちょろい。
この単語に尽きる。
トッドという人間がどんな性質を持っているのかを見るにつれ、ローズはそう思うようになっていた。
(なんなの……この人)
トッドはスラムにいれば即座に食い荒らされ、しゃぶり尽くされ骨も残らないような甘っちょろい性根をしている。
ローズとは根本から違う人間のようだった。
本当に同じ人間なのかすら怪しく思えてしまうほどに。
「困った時はお互い様だからね」
今もまた、馬車に轢かれて大怪我を負っていた子供を治しながら、トッドはそんな風に言う。
トッドが使ったのは、回復だ。
しかもあんなに大怪我を治すとなれば、果たして本当ならどれだけのお金を積まなければならないか。
「お兄ちゃん、ありがと!」
「うん、僕が君の怪我を治したことは他の誰にも言っちゃダメだからね」
血まみれだった子供に新しい服まで買ってあげてから、トッドは去っていく子供へと手を振って別れを告げる。
「困った時は、お互い様……」
「うん、どうかしたかい、ローズ?」
「いえ……」
トッドの使用人見習いとしてメイド服に身を包むローズは、去って行く子供が笑顔でいることを見て、眉間にしわを寄せた。
その言葉は今は成立しないのではないか、という言葉を彼女はすんでのところで飲み込んだ。
彼女にはその美辞麗句が、お互いが同じ立場にある時にしか使えないものとしか思えなかった。
トッドが治した少年は、スラム街の育ちとは言わないが、決して裕福とは言えなそうな生まれに見えた。
たとえトッドが困ったことがあるとしても、あの少年がその手助けができるようには思えない。
トッドの言動の端々から出てくる性善説的な考え方が、ローズはあまり好きになれなかった。
彼女にはそれは、耳なじみのいいだけの上っ面の言葉にしか聞こえなかったのだ。
だからローズは、正直なところトッドのことがあまり好きではなかった。
それにローズは、なよなよとした軟弱な人間は好きではない。
彼女は昔から女だてらに街の不良少年達をのしてきた。
ゆくゆくは冒険者になって身を立てて少しでも兄に恩返しをしたい……などという風にも思っていたのだ。
だからローズは己の立場を笠に着て、屈強な兵士達を従わせているトッドのことが好きではなかった。
彼女はもし結婚するなら自分より腕っ節が強い人と、というタイプの女の子だった。
けれど彼女がトッドに抱いていたイメージは、ある時を境にして逆転することになる。
それはラーヒムを更に北に行くとある、リィンフェルトとリィンスガヤの国境地帯。
そこで生じた、とある事件がきっかけだった――。
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