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ヴィンセント


 リィンフェルト王国。

 大陸においてリィンスガヤ王国と並び、大陸の双璧などと呼ばれることも多いこの国は、現在混迷の最中にあった。


 というのも、本来ならば王位継承者を指名してから退位するはずの前王が、それを前にして急死してしまったのがその理由である。


 そのため現在、リィンフェルトでは政争が起こっていた。

 自国内で優位に立つことに忙しい彼らは、国外で起こっている変革に対するアンテナが立っていない。

 故に彼らは気付いていなかったり、あるいはそれを耳にした上で軽視した。

 リィンスガヤで第一王子肝煎りのもと開発をしていた、謎の武装に関する情報を。

 国外では自国のアイデンティティを揺るがすような発明品が開発されているなどと、誰も想像すらしていなかったのだ。


 故に彼らは気付かない。

 自国の中に優秀な機動鎧の乗り手――機動士の卵が多数存在していることに。


 リィンフェルトの機動士で、いったい誰が一番優秀なのか。

 『アウグストゥス ~至尊の玉座~』のコアなファンが日夜激論を交わすスレは多数存在しているが、ことこの議題に対して熱い議論が交わされることはなかった。


 その理由は二つ。

 まず第一に、リィンフェルトにはそもそも名前付きの機動士が少ないこと。


 機動鎧に関しては後発であるリィンフェルトは、自国の利を活かした開発の仕方を行う。

 リィンフェルトが他国と比べて優れているのは、その人口と食料供給量の多さだ。


 故にリィンフェルトはオーダーメイドでワンオフな強力な機動鎧ではなく、そこそこ強い量産機動鎧を大量に生産するという戦法を取ることが多い。

 無論、多いと言うだけでリィンフェルトにも強力な機動鎧とそれを操る機動士は存在している。

 そしてそれが第二の理由――リィンフェルトで抱えるとある機動士が強すぎて、他の者達が霞むという理由にも繋がってくる。 


 優秀な機動士として使うことのできる多数のキャラクターが在籍するリィンスガヤとアキツシマに対して単身で戦える人材。

 そして『アウグストゥス ~至尊の玉座~』の中で復讐の鬼と化した覚醒タケルと唯一まともに戦える、作中最強の女性機動士。


 戦場に咲く赤き薔薇。

 その名は、ローズ・フォン・ヴィンセント――。


 リィンフェルト王国は北部に位置するゲッペルという街がある。

 領主からの度重なる課税によって、街に住む民達は疲弊していた。


 けれど街の人達にとって、元暮らしてきた場所を捨てて新しい場所に行くという行為は勇敢を通り越して無謀である。

 新しい場所で生計を立てられるような可能性は極めて低く、結果としてあぶれものとなってしまう者がほとんどだからだ。


 故に彼らは生きる糧を満足に得られないとわかっていても、街に留まるしかない。

 だが普通に暮らすだけでは生きてはいけない。

 結果としてこの街のスラムは、日に日に大きくなっている――。


「こらローズ、はしたないでしょう。そんなことをしてはいけませんよ、あなたはヴィンセント家の娘なのですから、もっと節度を持って――」

「――っ! うるさいなぁ! もうヴィンセント家なんか存在しないのよ! どうしてそんな簡単なこともわからないの!?」


 街にあるスラムのその一画。

 辛うじて家と呼べなくもない、腐りかけた木材でできたあばら屋の中に少女とその母と思しき女性の姿がある。

 その顔はすすけて汚れており、とてもではないが清潔とは言えない。

 しかし少女にも、そしてその母にも、どこか気品を感じさせるような上品さが漂っていた。

 バンッ!


 意志の強そうな大きな瞳をした少女――ローズが思い切り机を叩く。

 その音に、母の方はビクッと肩を震わせた。


「家名でご飯が食べられるの!? 誇りがあればお腹が膨れるの!? バカじゃないの、そんなものに縋って! 今私達がこうして生きていけるのは身体に流れる青い血のおかげだとでも言うつもり? 必死になって私達を食べさせてくれてる兄さんのおかげでしょう!?」


 ローズは大嫌いだった。

 何も残さずに死んでしまった父も、意味のないものに縋って生きるバカな母も、そして自分をこんな境遇に追い込んだこの世界も。

 ローズは兄以外の全てが、嫌いで嫌いで仕方なかった。


 ヴィンセントとは、かつて子爵だった元貴族の家名である。

 激化するリィンフェルト内での政治闘争に負け、貴族の座を奪われてしまった時代の敗北者であり、ローズが最も嫌いな単語だった。


 当主であるローズの父は、失意のうちにこの世を去った。

 そして大した財産もなく着の身着のままで放り出された彼女達は現在、兄のカルラとローズ、その母であるマイヤの三人でスラムで生活をしていた。


 箱入り娘として蝶よ花よと育てられてきたマイヤに、平民がする仕事は何一つできない。

 ローズは腕っ節は強くスラムの子供達の中では一番喧嘩は強かったが、いかんせんまだまだ子供。


 必然二人を養うのは、ローズの兄であるカルラの役目だった。

 彼は口にすることはなかったが、恐らくなんらかのシノギをして金を稼いでいる。

 時折怪我をして帰ってくることからも、それは明らかだった。


 そこまでして金を稼いでくれてきているというのに、母のマイヤは未だに家名がどうだの、貴族としての誇りがどうだのと言ってばかりいる。


 未だに現実を見ようとしない母のことが、ローズは大嫌いだった。

 彼女がこの世界でたった一人信じているのは、今もどこかで自分達のために働いてくれている兄のカルラだけだった。


(お兄ちゃんさえ認めてくれれば、私にだって何かできるはずなのに……)


 ローズは早く、カルラの手伝いがしたくてたまらない。

 だがカルラは決して、それを許してくれない。


 恐らく妹を危ない目に遭わせたくないという兄心なのだろう。

 その気持ち自体は嬉しいのだが……ローズは歯がゆさを感じる毎日を送っている。


 ドンッ!


 気まずい沈黙を破ったのは、今にも壊れそうな建て付けの悪いドアを開く音だった。

 そこから飛び出すように中に入ってきたのは、力強い瞳をした一人の青年――ローズの兄であるカルラだった。


 カルラは部屋の中をきょろきょろと見回して、ローズに視線を固定させる。

 その表情は、今までローズが見ていた頼れる兄のにこやかな表情とはまったくの別物だった。

 初めて見る兄の仕事の表情に緊張しながら、ローズは兄の口が開かれるのを待つ。


「ローズ、新しい仕事が入ったんだ……ちょうどお前が条件に合うやつが」

「ホントッ!?」


 兄からの初めての仕事に対し肯定的な言葉に、ローズはその目を輝かせる。

 けれどその瞳の輝きは、すぐに失われることになる。


「ああ、先方からのご意向でね……ローズと母さん、二人でワンセットをご所望とのことだ」


 何より嬉しい初仕事。

 けれどそれを一緒にするのは誰より嫌いな母。

 ローズは複雑そうな表情をして眉をひそめてから、こくりと不満げに頷くのだった――。

 

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