ロートル
「ああもうっ、スラインったら本当にいきなりなんだから!」
「確かに急ではあると思いますが……本人もかねてから、引き際を考えているという話はしていたではないですか」
「そ、それはたしかにそうだけど」
リィンスガヤ王宮において、トッドは頭を抱えながら不満を口にする。
まあまあと兄を慰めるエドワードの方も、若干顔はひきつっていた。
――現在、宮廷の内部では権力闘争が始まろうとしていた。
それをなんとかするために、トッドとエドワードはこんなことが起きる原因となった張本人の下へと向かっているのだ。
きっかけは、筆頭宮廷魔導師であるスラインが国王に進言した一言だった。
「時代が変わっておりまする……私もそろそろ、この筆頭宮廷魔導師の地位を降りさせていただけたらと思います」
リィンガルディア四世の引き止めにも応じず、スラインは自分はさっさと宮廷魔導師をやめて田舎に帰ると言って聞かなかった。
そして彼は、今月付で本当に自らの地位を降りる旨を王へ認めさせてしまったのだ。
トッドによる各種兵装の開発。
それに付随する、加工業における技術革新。
エルフやドワーフ達亜人との人的交流による新たな交易路の開拓。
いくつものプラスの要素が噛み合わさることで、現在リィンスガヤの景気は隣国リィンフェルトやアキツシマよりもぐぐっと上向きになっている。
そんな好景気に沸く国の、軍事における中枢を担えるポストが空いたのだ。
エドワードが諜報員を用いて把握しているだけでも、大規模な商会からの賄賂などがバシバシと飛び交い、王宮では金貨銀貨が飛び回っているような状況なのである。
宮廷魔導師達は自分こそが新たな筆頭宮廷魔導師にとこれみよがしにアピールをする者もおり、中には現在の軍事的優越があるうちにリィンフェルトを飲み込んでしまえなどと主張するものまで出てくる始末。
その処理をするために王族であるトッドとエドワードが出なければならないような場面も徐々に出てき始めており、二人ともスラインに対しての恨みは募っていた。
そこで仕事の合間を縫ってスラインとのアポを取ることにしたのだ。
トッド達が怒っている原因は、現在怒っているゴタゴタだけでもない。
――自分達に何も言わずに出て行ってしまおうとするスラインへ、一言文句を言ってやりたいのだ。
歳を重ねるに連れて会う機会が減っていたとはいえ、昔はライエンバッハと同じく自分に色々なことを教えてくれた教師でもあったのだ。
思うところがないはずもない。
トッドは鼻息を荒くしながら小走りで歩く。
エドワードはそれを見て少しだけはにかんでから、兄の背を追うのだった――。
「スライン、俺達に何も言わず父様に話をつけるなんて水くさいじゃないか」
「むむ……それは、その通りですな」
スラインはライエンバッハが近衛騎士に任命されるのとほぼ同時期に、宮廷魔導師として働き出した。
魔法は修練までに時間がかかることもあり、年齢はライエンバッハよりいくらか年上だったはずだ。
だがまだ初老であり、前線に出なければまだまだ勤め上げることができるくらいに壮健な様子を見せてもいる。
筆頭宮廷魔導師をやめるには少しばかり早いというのがトッド達の認識だった。
だがどうやら本人はそうではないらしかった。
「さて、何から話すべきですかな……」
自分一人で色々と勝手に決めてしまったスラインは、若干バツが悪そうな表情をしながらも話し出す。
それはスラインが、リィンスガヤ王国と各国との間での紛争で活躍してきた彼が見た、この国の変遷についての話だった――。
「私は魔法というものを、人並み以上に学んできたつもりです。敵を炎で焼き焦がし、味方を癒やすことが魔法の最も肝要な部分でした」
だからこそスラインはトッドが土魔法の練習ばかりをしていることに苦言を呈していた。
戦場で戦うためには、最も魔力効率良く人を殺せる火魔法を学ばなければ生き残れないと。
だがそれでもトッドは変わらなかった。
その一念が岩をも通し、魔法の優先順位がまるっとひっくり返ってしまったとスラインは続ける。
「ですが徐々に、魔法技術の中で必要な部分は変わり始めました。今思えば、トッド殿下がアキツシマの研究者とあの武器を開発した時に、全ては変わってしまっていたのでしょう」
「物へ魔法を付与する土魔法が今後重要になっていくってことだね?」
「その通りです、エドワード殿下」
誰よりも魔法に精通していたスラインは、この数年における魔法の重要度の変遷を肌で感じながら生きていた、数少ない家臣の一人だ。
だからこそ彼は、既に自分や宮廷魔導師達の率いることになる魔法兵という兵科の役割が変化していることを如実に感じ取っていた。
「最近ではエルフとの魔法技術の交流も盛んであり、新しい魔法研究が始まってもいます。私とて全てに目を通してはいますが、今の私には今後のことを考えて取捨選択できるだけの柔軟さがありません。ロートルがのさばり続けては以前と同様、いかに相手を魔法で打ち倒せるかが重要視される風潮は変わりませんでしょう」
リィンスガヤにおいて武官は二つに分かれている。
魔法を使う者は魔法兵として扱われ、そうでないものは歩兵や騎兵に振り分けられる。
現在、魔法兵とそうでない兵の間にある亀裂が大きくなっていた。
強化兵装を始めとする新開発の武装を使うことができれば、身体能力の高い非魔法使いが魔法使いを打倒できるという気運が高まっているからだ。
それは、トッドの知識から考えてもおかしなことではない。
機動鎧に量産化の目処が立った時点で、魔法兵は後方勤務となり、機動鎧の生産を行うことが増えるという流れはたしかにあったからだ。
スラインがそこまで見据えているとは思っておらず、トッドとしては頷かざるを得なかった。
「私は一つ、謝らなければならないことがあります」
「……謝るって、いったい何を?」
「もちろん魔法の今後の使い方にも思い至らなかった私ごときが、トッド殿下にああだこうだとお叱りをしてしまったことについてですよ」
思えば兆候はあったという。
以前から武器に付与によって魔法的な効果を付ける、魔法の武器と呼ばれるものの作成をしようという考えはあった。
トッドが開発した各種兵器群のその根本思想の萌芽は、既に存在していた。
開発が成功したのも、その一つ一つを取ってみれば既に存在している技術の延長線上にあるものでしかなかったからだ。
その有用性を見抜けずにいた自分の不明が恥ずかしい、とスラインは笑いながら続けた。
「ちなみにですが、もう後継は見繕っておるのです」
「ほう、そうなのか。ちなみにそれは誰なんだい?」
エドワードが鬱陶しそうに襟を正しながら尋ねると、スラインは一つ頷いてからこう答える。
それは今後の魔法使い達の今後を占うものだが、さすがスライン。
彼が口にした答えは、トッドが定期的に助力を願っている、土魔法使いの名だった。
「ソエル・フォン・グラッツです。彼女ほどの土魔法使いを、私は知りませんからな」
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