【かっこいい大人】
僕の目の前で、佐山さんが崩れるように倒れる。そして、その肩口は肉を抉られたかのように、激しく出血していた。
「ふ、藤原さん……どうして?」
佐山さんの背後に立っていた藤原さんに問いかける。だが、彼は勝ち誇るような、蔑むような笑みを浮かべて、僕が知る彼とは別人だった。
「簡単なことだ。俺はこいつに負けたことはない。勇者になったのも俺が先だったし、どんなときも俺の方が注目されていた。こいつは絶対に俺の下で、何があろうと俺の方が上なんだよ。それなのに、カレンがこいつを選ぶなんて……許されるわけがない!」
二人の間に何があったのか。その根源になるものを理解してしまったような気がした。
「神崎くん、藤原さんを捕えてください!」
セレーナ様の声。でも、藤原さんは尊敬できる先輩勇者なんだ! 僕は戸惑うがセレーナ様の判断は正しかったのだろう。
「修斗、ここでしっかり地獄に落ちるんだぞ!」
藤原さんは吐き捨てるように言って、踵を返すと、逃げ出すように走り出した。いや、逃げ出したんだ!
「藤原さん、待って!」
まだブレイブモードの時間は残されている。生身の人間を追いかけるくらいなら……。駆け出そうとする僕だったが、目の前がぐにゃりとねじ曲がった。空間そのものが歪んだのだ。
「ナターシャか!?」
それを避けるにも、右にも左にも歪みが現れて、あっという間に僕を包囲してしまう。両指で数えられないほどの歪みが、じりじりと距離を詰め、僕の逃げ道を奪っていくが……唯一背後だけが手薄だ。
「退くしないのか!?」
僕は後ろに飛び退いて難を逃れるが、藤原さんの姿はどこにもない。
「藤原さん、逃げないでください! 貴方は勇者でしょう! そんな卑怯なことをして恥ずかしくないのかよ!!」
そこから、セレーナ様と二人で病院内を探したが、裏口で捩じれた藤原さんの遺体を見つけてしまうのだった。アヤメの心臓を回収したナターシャが、口封じのためにやったのだろう。
「ちくしょう……」
歪んだ笑みを浮かべたまま、絶命してしまった藤原さんの前に、僕は膝を付く。
「どうせなら、かっこいい大人のままでいてくれよ。どうして、こんなことに……」
悔しさに震える僕の肩に、セレーナ様が手を置く。
「神崎くん……。私たちは最善を尽くしました。貴方が責任を追う必要はないのですよ」
「……」
そう言われても、気持ちを切り替えられるわけでもなく、僕たちは会話なく、正面の出入り口から病院を出たのだが、そこには執行官の二人が待っていた。
「これ以上調べたところで……禁断技術は出てきそうにありませんね」
リザは僕たちの様子を見て、落胆したというわけでもなく、ただ事実を指摘するようだったが、セレーナ様は心当たりがないといった調子に肩をすくめた。
「私たちは暴走するノームドと戦っていただけです。それによりも、貴方たちが禁断技術を保有しているだろう女を取り逃がしたせいで、仲間の元勇者が死亡しました。責任を取れとは言いませんが、上にはそのように報告させていただきます」
「どうぞご勝手に」
リザは何も言わず、その場を離れて行ったが、千冬に関しては最後まで僕を睨み付けていた。これは、またどこかで遭遇したら、喧嘩を吹っ掛けられるのかもしれない。できれば、あんな強いやつとは二度と戦いたくないけれど……。
「二人とも、お疲れさまでした」
フィオナは僕たちに労いの言葉をかける。あれから、病院はフィオナが派遣した調査スタッフに引継ぎ、僕たちはオクト城に返ってきたのだ。フィオナは言う。
「難しい任務だったのに、よくやってくれたわ。例のものが正体不明の敵の手に渡ってしまったのは厄介だけど……封印機関の捜査から逃れられたのは、不幸中の幸いってところね」
セレーナ様は遠慮がちな笑顔を浮かべた後、僕のことをこんな風に評価した。
「いえ、フィオナ様が優秀な勇者を貸してくださったおかげです。強くて勇敢で、とても頼りになりました」
「そう? 優柔不断で常識ないし、普段は頼りない男だけど」
「そんなことありませんよ。彼のおかげで私は……」
「私は?」
「いえ、何でも」
セレーナ様は意味ありげに笑って去って行った。そのせいで、僕は約束通りフィオナと一緒に夕食を取ることになるのだが、何度も同じことを確認されてしまう。
「ねぇ、セレーナと何かあったわけ?」
何もないよ……。ただ、オタク友達になった、といったところだろうか。それは、わざわざ説明しなくていいよね?
いや、待てよ。そう言えば、どんなときだろうとアニメや漫画の話を付き合うって約束したけど、連絡先を交換しなかったな……。
まぁ、向こうも本気じゃなかったんだろうな。社交辞令と言うか、話を合わせただけで……。うん、別にがっかりはしてないけど。
うーん……もう少し色々話したかったなぁ。
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