◆私の完璧な世界④
十代後半という時期に青春を堪能する。そんな誰が作ったのか分からないイメージを、私は疑ったことがなかった。なぜなら、きっと自分もそういう時期を当たり前のように過ごすと思ったから。でも、実際は違った。そんな経験をできるのは幸せな人たちで、本当に一握りなのだろう。だって、当の私は、世界が壊れる瞬間に、ただ怯えていただけなのだから。
なのに、その日々が突然終わりを告げる。
「カレンちゃん、今日一緒に帰らない? 二人で……」
芳樹が無事に勇者の資格を取り、私たちの卒業も間近となったある日、セアラちゃんが突然、二人きりで話したいと言い出したのだった。
「うん。いいよ……」
恐れながら了承し、夕焼けに染まるアミレーンの街を二人で歩いた。セアラちゃんはいつもと違って暗い表情で、口数も少ない。明らかに、何か話すことがあるのに、躊躇っているように見えた。たぶん、ついに彼女は動こうとしているのだ。卒業と言うタイムリミットを意識して。
「カレンちゃん。聞いてほしいこと、あるんだ」
嫌だ。聞きたくない。たぶん、この人は私の世界を壊そうとしている。自分の欲望のままに、私のような弱者の意思など想像することもなく。
「私、告白したの」
セアラちゃんの言葉は、想像以上のものだった。既に、私の知らないところで、崩壊は始まっていたのだ。
「告白した、って?」
逃げ出したかった。それなのに、私は彼女に嫌われることすら怖かった。セアラちゃんは頷く。それ以上聞きたくないのに、彼女は私が耳を傾けたものだと思って、その名を口にした。
「芳樹くんに、告白したんだ」
「……え?」
「彼が勇者になるまで、ずっと待っていたんだ。邪魔したく、なかったから。でも、彼はちゃんと勇者になって、もう卒業も近かったから……」
芳樹に? 私は混乱する。自分の気持ちに。これは何だろう。安心に近いようで、変な高揚感と少しの恐怖感も未だに含まれているようだった。
「そうだったんだ」
震えを抑えながら、相槌を打つ。仄かに口の端が吊り上がってしまいそうだったが、何とか耐えた。
「でもね、フラれた」
「えー、芳樹も見る目ないんだねぇ」
もう、セアラちゃんの話はどうでもよかった。すぐにでも二人に連絡して、久ぶりに三人だけで遊びに行こうと誘いたかった。
「理由を聞いたんだ」
今にも泣き出しそうな声で、セアラちゃんが続ける。暗い気持ちになりたくない。だから、話を聞きたくはなかったけど、ここまできて、無視するわけにもいかないだろう。
「なんて言っていたの……?」
念のため聞くと、彼女は頷いて、意外な答えを私に伝えてくるのだった。
「芳樹くん、カレンちゃんが好きなんだって」
「……芳樹が?」
本当に? 嘘ではないか。私をからかっている? だって、芳樹は私に一言もそんなことは……。でも、私だって修斗に……。
「カレンちゃん。前に私、聞いたことあったよね?」
「な、なにを?」
「芳樹くんと修斗くん、二人のどっちかが好きなの、って」
確かに聞かれた。あのときは曖昧な回答で誤魔化したが、今度もそれで乗り切れるだろうか。彼女が何を求めるか分からないが、そうしよう。それが一番丸く収まるはずだから……。セアラちゃんは言う。
「私さ、もし……芳樹くんとカレンちゃんが同じ気持ちなら、諦められる」
セアラちゃんは私を真っ直ぐ見た。彼女から伝わる覚悟に、私は息を飲む。
「だけど、カレンちゃんが修斗くんを好きなら、私はまだ諦めない。芳樹くんに振り向いてもらえるまで、頑張りたいの。だから、教えて。今度はちゃんと教えて欲しい。カレンちゃんはどっちが好きなの?」
「どっちって……」
分からない。恋愛という気持ちが分からない。そう答えるつもりだった。もしかしたら、ここで正直に修斗と答えたら、私たちの間に友情のようなものが生まれたのかもしれない。
だけど、魔が差した。
涙ぐむ彼女を見て、私は思ったのだ。彼女の世界を壊すも壊さないも、私次第なのだ、と。今まで私のことなど障害と思わず、恐れず、ただ自分の想いだけを育み始めたこの女は、初めて気づいたのだろう。私と言う存在に。私と言う価値に。
この傲慢な女の世界を壊すのなら、芳樹と答えればいい。それだけで、この女の意志を、青春を、壊してやれる。踏み躙ってやれる。踏み潰してやれるんだ。そう思うと震えた。笑い出してしまいそうだった。私は堪えながら、消え入りそうな声で答える。
「芳樹は私のもの。セアラちゃんには渡したくない」
好きとは言わない。ただ、真実を告げるだけで十分だ。しかし、女はナイフを突きつけられたように顔を青くして、涙を流し始めたかと思うと、私の前を立ち去った。
それから、彼女は私たちに関わることはなかった。十代の後半と言う輝かしい時期を私は無駄にしてしまった。あの女のせいで、不安な日々でしかなかった。
だけど、もういい。別に、どうでもよかった。これから取り戻せばいいのだ。これまでのように三人で。この完璧の世界の中で。
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