【戦争の犠牲者】
セレーナ様は人だかりの前に降り立つと、背中から棒状の何かを取り出した。リレーで使うバトンのようなものに見えたが、変形したかと思うと、セレーナ様の身長と同じくらいの長さまで伸びる。どうやら武器のようだが……いわゆるロッドというやつだろう。そして、彼女はロッドの先端に施された十字の装飾を天へ掲げて叫んだ。
「女神セレッソよ、私に人々を守る力を与えたまえ!」
すると、彼女のロッドを中心に、光のヴェールが広がり、市民たちを包み込んだ。防壁魔法というやつだが、セレーナ様が使うそれは一味違う気がする。銀色の輝きは、まさに聖女による守護って感じだ。
そんな奇跡を見てもノームド化した佐山さんは、敵意をむき出しに周りを睥睨した。そして、再び雄たけびを上げるが……。
「何に怒っているんだ……?」
それは明らかに怒りや憎しみが含まれている。こちらまで痛々しくなるような負の感情。直観でしかないが、彼を本当の意味で止めるとしたら、そんな感情を癒す方が先のように思えた。
「神崎くん、きます!!」
セレーナ様の声に反応して、咄嗟に身構えたが少し遅かった。佐山さんが目の前に現れたかと思うと、凄まじい速さの右ストレートを放ってくる。ガードで受けても、後退ってしまうほどの威力だ。もちろん、それだけで終わらない。佐山さんがさらに距離を詰め、左フックによる追撃を放ってきた。
「当たるか!」
しかし、それはあまりに野性的で、軌道を読むのは簡単だ。僕は身を低くして回避しながら、逆に右フックを彼の横腹に叩きこんでやる。
ぎゃあああ、と耳を塞ぎたくなるような、悲痛な叫び声を上げながら、佐山さんは後退った。もう一発入れるか、と踏み込むが……。
「俺は、友達を、助けたかった、だけ、なんだ……」
異様に低い声で、佐山さんが訴えるのだった。
「なのに、どうして……今は、ただ、怒りだけが、俺を支配、して、言うことを、聞かない!!」
「佐山さん、気をしっかり!」
説得できるのでは。そう思い、呼びかけるが、彼を覆う硬質化した灰色の皮膚が広がっていく。
「戦争を、始める、無能な国が、悪いんだ! 戦況が、悪化する前に、こ、こ、壊してやる!」
「ちがう! 戦争を始めたイワンと魔王は既に破れた。戦争は終わったんですよ!」
必死に声をかけるが、佐山さんには聞こえていないみたいだった。
「勇者、なんて、いるから、悪いんだ!!」
僕のブレイブアーマーに反応したのか、佐山さんが真っ直ぐ僕に向かってきた。が、そのスピードは先程よりも遥かに上回っている。
「うわっ!!」
拳による攻撃は躱したつもりだったが、そのまま突進してきて、もつれるように押し倒されてしまった。
「勇者、殺す!!」
僕に馬乗りになって、佐山さんが拳を振り上げる。ノームドの全力パンチ、新型のブレイブアーマーなら耐えられると思うけど……!!
ガツンッ、と堅いものが砕ける音は、僕のすぐ耳元。何とか寸前で躱し、頭のすぐ横で、佐山さんのパンチがコンクリートを砕いたのだ。
「こんにゃろう!!」
何とか背筋の力で腹を突き出し、のしかかってくる佐山さんのバランスを崩す。彼が僕の腹の上でぐらついた瞬間、どうにか馬乗り状態を脱し、反撃の膝蹴りを叩き込む。
「これ以上、暴れさせるものか!」
佐山さんがダメージで動きを鈍らせている間に、僕は右手のプラーナを集中させる。
「ブレイブ、ナックル!!」
そして、必殺パンチを見舞う。激しい光と共に繰り出された一撃は、至近距離で放たれた大砲のように、佐山さんを吹き飛ばした。
確かな手応えがあった。それなのに、佐山さんはゆっくりと立ち上がって、赤い双眸を怪しく輝かせると、さらに体を変質させる。
「う、嘘だろ」
体が膨らんでいく。
一回り、二回り大きく。
さっきまでは、僕より少し大きい程度だったのに、今は二メートル越えの巨人だ。
「お、お、お……おおおぉぉぉーーー!!」
苦し気な叫び声と同時に駆け出す佐山さん。しかも、大きくなったのにスピードが上がっている!
ちくしょう、どうやって迎え撃つべきなんだ!?
迷っている間に、佐山さんはすぐそこまで迫っている。ダメだ、避けられない。これは死ぬ。ダンプカーに轢き殺されるみたいに。絶望に固まる僕だったが……。
「どりゃあああぁぁぁーーー!!」
巨大化した佐山さんの頭が、べっこりと陥没したかと思うと、ぐしゃりと音を立てながら、僕の視界から消えた。そして、トンッと軽やかな音と共に、銀色のブレイブアーマーをまとった聖女が、僕の傍らに降り立つ。
「神崎くん、油断してはダメですよ。とは言え、敵は強力なノームド。市民の避難も完了したので、ここからは二人で行きましょう!」
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