【義手のワケ】
偶然出会った元勇者の藤原さんは爽やかな笑顔で、僕に聞いた。
「どうして病院に? もしかして、昨日の任務中にどこか怪我でも?」
「いえ、僕は健康そのものです! ただ、戦争で怪我した友人のお見舞いにきただけで……」
「……そうなのか」
藤原さんの笑顔が少しだけ変化する。寂しさに近い色が混ざったようだった。
「じゃあ、僕と同じだね」
「そう、なんですか」
藤原さんは頷く。苦々しい笑みを浮かべ、少しの間、黙ってしまう藤原さんだったが、真剣な面持ちで、僕にこんなことを言うのだった。
「せっかくだ。少し……僕の話を聞いてもらってもいいかな?」
「え? あ、はい。もちろんです!」
先輩勇者の話しだ。
きっと、何かの勉強になるだろう。そう思っていたのだが……。
「僕と修斗、それからカレンは幼馴染でね。昔から、三人で遊んでいた」
始まったのは、彼の思い出話だった。修斗とは、封印指定の品を盗み出し、昨日死体で発見された佐山さんのことだろう。でも、カレンと言う人は初めて聞く名前だ。
「もちろん、学生時代も一緒でね、三人ともアミレーンスクールに通っていたんだ。僕と修斗は勇者科。カレンは神学科。俺と修斗の対戦があると、カレンは必ず応援にきてくれたよ」
なるほど。もしかしたら、幼馴染による微妙な三角関係があったのだろうか。
「大人になっても三人で行動してさ、きっとこのまま歳を取るのだろうと思っていた。それなのに……戦争が始まったんだ」
少し雲行きが怪しくなりそうだ。
「イザール攻略から参加して、それなりに戦果も上げたのだけれど、もう少しでワクソームってところで……修斗が窮地に追い込まれた。俺は修斗を助けようとして、この腕をやってしまってね」
そう言って、藤原さんは義手に触れる。
「その俺を助けようとして……カレンも大怪我を負った」
「カレンさんは……どうなったんですか?」
「ここに入院中。まだ目を覚まさない。下手をしたら、二度と……」
僕は言葉が出なかった。下手したら、僕だって同じ運命をたどっていたかもしれない。
もしかしたら、ハナちゃんが。
もしかしたら、雨宮くんが……。
いや、実際に岩豪は大怪我でリハビリが必要な状況らしい。
僕は……本当に運が良かったのだ。
オクトの人なら女神に感謝の祈りを捧げるのだろうけど……。まぁ、実際にその女神が戦争を終わらせたようなものなのだから、間違ってはいないか。
「たぶん、修斗は騙されたんだ」
「え?」
俯いて考えていた僕だが、藤原さんの言葉に顔を上げる。すると、藤原さんは彼らしからぬ、怒りに満ちた表情で、何もない空間を睨み付けていた。
「誰かが唆したんだ。カレンを回復させてやるから、禁断指定の遺産を盗み出せ。そんな怪しい話を信じてしまったんだろう。そうでなければ、あいつが……」
藤原さんは自分の中で膨れ上がる感情を意識したのか、はっと目を見開いた後、それを誤魔化すようにいつもの笑顔を見せた。
「すまない。退屈な話だったかな」
「いえ、そんなことはありません。でも、なぜ僕に……?」
「そうだなぁ」
藤原さんは腕を組み、自分の本心を探った。
「これからの世界を支えるであろう、勇者の君に……知ってほしかったんだ。勇者っていうものは、誰かのために命を張れる、そういう心を持った戦士なんだってことを」
僕は力強く頷いた。
「それじゃあ、僕はカレンのお見舞いに行くから。神崎くんの友達も、早く元気になると良いね」
そう言い残して、藤原さんは去って行った。やっぱり、藤原さんは立派な人だ。彼に対して苦手意識が消えたわけじゃないけど、見習うべきなのだろう。
藤原さんのように誰からも好印象を持たれる人間になるためにも、まずどうやってハナちゃんと仲直りすべきか……そんなことを考えながら、エレベーターの方に向かうと……。
「あ、神崎くん」
またも声をかけられる。今度はそれが誰なのか、一瞬で分かってしまった。
「なんでまだいるんですか……。もしかして、暇なんですか??」
「そ、それなりには忙しいです!」
とベンチから立ち上がりながら抗議するのは、もちろんセレーナ様だった。
「綿谷華のお見舞いはどうでしたか? 彼女、元気になりましたか?」
「さぁ、どうでしょうね。分かりません」
「分かりませんって、どうして?」
「貴方の顔を見たから、ハナちゃんが怒っちゃったんですよ!」
「えええ??」
なぜ、そうなるのか、本当に理解していないらしい。ハナちゃんはセレーナ様に負けたトラウマから、苦手意識を持ったままなのだ。そう伝えてしまおうか迷ったが、それこそハナちゃんのプライドを傷付けてしまうだろう。僕は何とか奥歯を噛みしめ、それを耐える。それにしても……。
「どうして、セレーナ様は一日中僕をつけ回しているんですか?? それなりに忙しいなら、もっとやることあるでしょう」
「もちろん、今日も配信があるので早くスタジオへ向かわなければならないのですが……どうしても神崎くんに聞きたいことがあって」
「あっ」
そうだった。
セレーナ様は僕に聞きたいことがあって、わざわざスクールに姿を現したのだった。
「すみませんでした。それがセレーナ様の目的でしたね。色々と立て込んでしまったので、すっかり忘れてしまいました。……で、その聞きたいことってなんですか?」
「それは……」
なぜか頬を赤らめるセレーナ様。どれだけ重要なことか、と変に期待してしまったのだが……。
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