【初任務の結末は】
「セレーナ様、後ろ後ろ!!」
「分かってます!」
セレーナ様は振り返りつつ、回し蹴りでリザを迎撃しようとするが、直撃と言うわけにはいかなかった。
「まだやるつもりですか、リザ・カモフ・シェフチェンコ」
セレーナ様に問われるリザは、無表情ではあるものの、手にした短剣も相まって、凄まじい怒気を放っていた。
「当然です。ここまでコケにされたのは初めて……。絶対に許しません、セレーナ・アルマ」
僕が立ち去ってから、何があったのだろうか。リザはかなり怒っているみたいだけど……。
「この状況、分かっているのですか?」
しかし、セレーナ様は冷静に伝える。
「これ以上続ける、ということは、貴方は私だけでなく、勇者も同時に相手にすることになりますよ?」
そう言って、セレーナ様は一瞬だけ僕の方を見ると、リザの視線もこちらに。
「セレーナ様!」
すると、後ろから声が。セレーナ様が振り返らないので、僕が確認すると、回収班の人だった。
「目標を回収しました。いつでも撤収できます!」
いつの間にか、納体袋に入った佐山さんの姿がない。藤原さんの姿も。どうやら、上空から垂らされたロープに捕まって、ヘリコプターに乗り込んでいたらしい。
「神崎くん、先に乗り込んでください」
「で、でも……虐殺淑女がめちゃくちゃこっち睨んでますよ??」
あの怖い目つき、かなり怒っているみたいだし、セレーナ様、殺されちゃうんじゃないの? しかし、彼女は少しも動じる様子はない。
「大丈夫です。一対一で戦っても私の方が強いのですから、彼女はこれ以上、何もできませんよ」
とてもナチュラルに煽るセレーナ様に、さすがのリズも表情が……あまり変わってないけど、曇った気がする。
「勇者殿、捕まってください!」
回収班の人に促され、ロープを掴む。上から引き上げられ、少しずつ屋上が遠ざかって行ったが、そうしている間も、セレーナ様とリザは睨み合ったまま、動かなかった。
「藤原さん、大丈夫ですか?」
既にヘリに乗り込んでいた藤原さんに声をかける。彼はへし折れた義手に痛みを感じるのか、顔が青い。
「執行官の蹴りを受けたけど、これが折れただけで済んだよ。それより……」
彼は納体袋の方を見る。助けるはずの親友が危険な状態なのだ。その不安は、僕だって分からなくない。
「すぐに離れてください」
セレーナ様もヘリに乗り込んできた。どうやら、あれ以上はリザとやり合うことはなかったらしい。ヘリが傾き、一気に廃病院から離れて行く。さすがに追跡の様子はなく、ほっと息が漏れた。
「セレーナ様、怪我はありませんか?」
どう見ても無事だが、念のため聞いてみると、彼女は首を傾げた。
「え、ええ。特に大きな怪我はありません」
「でも、リザのパンチもらってましたよね?」
「あれくらい、すぐに治療できるので」
そ、そうか。セレーナ様は回復系の魔法が得意なんだ。僕みたいなやつが心配するのは、逆に失礼だったかな。
「それにしても、リザはどうして怒っていたのですか? コケにされたとか何とかって言ってたような……」
セレーナ様がなぜか顔を赤らめる。何か嫌な予感があするな……。
「実は、戦っている途中に好きな漫画の新刊が発売されるってニュースが入りまして。少女漫画なのですが『絶対に好きじゃない』というタイトルで、新刊では空白の二年間を――」
「……もしかして、戦っている間にSNSをチェックしたんですか?」
何やらオタク語りが始まりそうだったので、素早く質問で遮ると、セレーナ様は慌てたように答える。
「は、はい。フォロワーの方々から『よかったね』ってたくさんのメッセージがあって、通知が止まらなかったもので」
これは少しだけリザを同情してしまうなぁ。しかも、あれだけプライドの高そうな女性なんだから、戦い中にSNSをチェックされたら、怒っても仕方ないよ。
「それにしても、何とか目標を達成できましたね。最善とは言えない結果ではありますが、二人の協力に感謝します」
頭を下げるセレーナ様。とんでもないです、と僕も頭を下げたが、藤原さんは納体袋を見つめて、黙ったままだった。
「これから、フィオナ様の管理下にある研究機関に向かいます。彼はそこで検査されることになると思いますが、かなり前から呪いが広がっていたようなので……」
それ以上、セレーナ様は何も言わなかった。たぶん、調査したところで佐山さんが助かる可能性は低い、という意味だろう。
戦争が終わってから、勇者として初めての仕事だったのに、何だか後味の悪いものだった。しかも、千冬には負けそうになっていたし。特に、藤原さんをこんなにがっかりさせてしまったのは、僕としてもつらいことだ……。
と、落ち込んでいると、セレーナ様がこちらを見ていることに気付いた。
「なんですか??」
「い、いえ……なんでもありません」
セレーナ様が目を逸らす。なんだか……頬が赤くない?
もしかして、セレーナ様が僕に……!!
いや、そんなわけないよな。
別にかっこいい姿を見せられたわけじゃないんだから。
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