【リベンジを待っていた男】
セレーナ様の突進を迎え撃つように、リズは左のフックを振るった。が、セレーナ様の体が瞬時に沈み込み、リズの攻撃を潜って腰にしがみつく。
「まるで、猛牛ですね……!」
リズはセレーナ様のタックルを受け止め、倒れまいと押し返す。力比べは拮抗しているように思えたが、セレーナ様は強引にリズを持ち上げると、地面に叩きつけた。
「前に立つ者は、誰であろうと張り倒します!」
セレーナ様が勝ち誇るが、リズは素早く立ち上がりつつ、今度は右ストレートを放った。その鋭さに、セレーナ様は焦燥感を見せつつ、頭を伏せて回避するが、そこに追撃の右のミドルキックが。セレーナ様の反応は速く、それもガードで受けるが、あまりの威力にその体が流れてしまった。
そこに、さらなる拳の一撃が伸びてくる。セレーナ様は冷静に頭の位置をずらして躱しつつ、反撃の一撃を放つ。交錯する二人の拳。だが、どちらもヒットすることはなく、二人は額と額がくっつきそうな距離で微笑みを交わした。
「……お噂には聞いていましたが、なかなかやりますね」
「そちらこそ。でも、ハンデとして短剣くらい使ってもいいのですよ?」
「大聖女様は冗談がお好きなようですね」
至近距離の煽り合いが終わったかと思うと、仕切り直すように距離を取ってから、ほぼ同時に腰を落とした。
そこからは、間合いの図り合いが続き、まずはリズが突き刺すようなジャブを放つ。あまりの速さに、セレーナ様は避けられず、額で受けたのだが、顎が上がってしまう。そこに、コンパクトな右フックがセレーナ様の下顎を狙うが、彼女はしっかりとブロッキングで受け止めた。
「軽い!」
セレーナ様による反撃の右ストレートが飛ぶ。ぶんっ、と空気を裂く音に、リズは逃げるように距離を取るしかないようだった。
「確かに、聖女と言う割にはゴリラのような握力をお持ちのようですね」
「ご、ゴリラ?」
心外だ、と言わんばかりに顔をしかめるセレーナ様だけど……自覚ないのか??
「一発の力はあっても、戦いも頭脳です。力押しで私を退けられると思わないように」
「女神セレッソは言いました。己の力を信じる者が、道を切り開くと」
うーーーん。言うかなぁ?
言うとしたら……。
「なので、力で叩き潰すまで!」
あ、そっちの方が言いそう! と、心の中で相槌を打っている間に、セレーナ様が動く。が、それを制止するように、リズのジャブが。予備動作がほとんどないため、さすがのセレーナ様も顔で受けるしかない。
「そんな非力なパンチ、効きません」
セレーナ様は言い張るが、リズは挑発的な冷たい微笑みを返す。
「ゴリラには非力に感じるかもしれませんが、効くまで入れるまでです。それが百発でも!」
「効きませんよ。百発でも、二百発でも!」
セレーナ様の大ぶりなパンチを捌き、シャープでモーションの少ないパンチを返すリズ。二連続で同じ攻撃を受け、セレーナ様も目つきが変わる。それは焦りか対抗心によるものか。
それから、セレーナ様の空振りに、リズが合わせるという展開が繰り返され、結果が見えたかのように思えた。しかし、そんな展開に突然変化が訪れる。大ぶりのパンチを躱したリズが再び鋭いジャブを突くかと思われたが、セレーナ様は拳を受けながらも組み付いたのだ。
「そんなパンチ、効かないと言ったでしょ!!」
セレーナ様のタックルは完璧なタイミング。リズは背中から倒され、何とか立ち上がろうとするが、セレーナ様の抑えつけは凄まじいものがあるらしい。
「さっきまで殴られ続けた、お返しです」
いわゆるマウントポジションに近い状態から、セレーナ様は何度も拳を叩き付ける。今度こそ、決着が付くかと思われたが、セレーナ様がこちらに振り向いた。
「神崎くん、もう一人の執行官がいません! 上に戻ってください!」
「は、はい!!」
あれだけ激しい戦いをしていたのに、僕の存在に気付いていたなんて。それより、確かに千冬の姿がない。もし、佐山さんが見付かっていたら、僕のせいだぞ……!!
セレーナ様がこちらに気を取られているうちに、リズは何とか拘束状態から離れ、戦いはフラットな状態に戻されたようだったが、僕はその結末を確認するわけにはいかなかった。
「藤原さん!」
「神崎くん……よかった」
屋上に戻ると、膝を付いた藤原さんの姿が。しかも、彼の義手がへし折られている。もちろん、その相手は……。
「久しぶりだな、神崎誠!」
戦争前に僕とブレイブアーマーを争って戦った男、田中千冬だった。千冬は威嚇するように、自分の手の平に拳を打ちながら、僕の方に詰め寄ってくる。
「ずっと待っていたんだ。お前にやり返す、この瞬間を!」
かなりやる気みたいだけど……。僕は吐き捨てるように言い返してやる。
「一度勝った相手に負けるか、バーカ!」
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