【爆速で感想を】
「それにしても、何者だったんだろう?」
僕は倒れた男たちの持ち物を調べようと思ったが、セレーナ様に止められる。
「調べたところで、何も出てきませんよ」
「どうして?」
「封印機関の足止め係です。身元につながるものは、何も持たされていません。ただ、彼らが現れたということは、執行官がこちらに向かっている、と考えた方がいいでしょう」
封印機関か。でも、まぁ……一人は千冬だろうし、僕にしてみれば一回勝った相手。しかも、僕は戦争を乗り越えて強くなっているはずだ。きっと、大した脅威ではないだろう。
そこから、藤原さんの案内で二十分ほど移動した。
「次に隠れ場として選ぶとしたら、ここしかないと思います」
藤原さんが見上げたのは、がらんとした廃病院だった。どれくらい昔から使われていないのか、かなり朽ち果てていて、確かに近寄りがたい雰囲気がある。
「じゃあ、行きましょう!」
「神崎くん、頼んだよ」
「任せてください。ね、セレーナ様?」
と、彼女の方に視線を向けたのだが。
「あ、あの……今日って何曜日でしたっけ?」
「月曜日ですけど?」
すると、セレーナ様がおろおろし始める。この落ち着かない感じ。デジャブだろうか。何だか嫌な予感が……。
「ちょ、ちょっとだけお待ちいただけないでしょうか?」
スマホを取り出す聖女様。
「ダメです、毎日の生配信は終わったんでしょう!? 仕事に集中しないと!」
「ち、違うんです。アニメを見ないといけなくて……。その、感想を投稿しないと」
はぁ……!?
「そんなの、明日には動画配信されるでしょ?? 仕事終わったら見ればいいじゃないですか!」
「で、でも、フォロワーの皆さんに約束しちゃったんです。爆速で感想をあげるって」
聖女様はなぜか涙ぐむので、僕がイジメているみたいになっているが……こっちが正しいはず。絶対に!
「じゃあ、爆速感想はあげられませんって、謝罪投稿だけすればいいじゃないですか。それなら、一分もかからないでしょう??」
譲歩したつもりだが、聖女様は何か言いたげだ。睨み付けながら、それを促すと……。
「そうなんですが……楽しみにしていたんです、このアニメ! 人気シリーズ犬神家の続編で、前作の主人公の孫が主人公なんですよ。今日がその第一話の放送なので、みんなと同じタイミングで見なければ……」
「いやいや、ダメですよ! ダメったらダメ!!」
僕もジョ〇ョとか読んでたから、前作の主人公の血筋を引いた、新しい主人公がどんなキャラクターなのか気になるのは分かるけど。それにしたって……。
「仕事が優先です! さっきみたいに佐山さんが逃げちゃったらどうするんです??」
さすがに言い返せなかったのか、口をもごもごさせると、セレーナ様は肩を落とすのだった。
廃病院の中を捜索するが、セレーナ様は明らかに気分が乗っておらず、何度も溜め息を吐いている。
「セレーナ様、気持ちは分かりますけどね、アニメの第一話を逃したくらいで、そんなに落ち込まないでください。VHSに録画し忘れたら終わりだった昔に比べれば、今はオタクに優しい時代だって言うじゃないですか」
「はい……。でも、見逃したことは仕方ないとしても、フォロワーの皆さんを裏切ってしまったことが残念で。フォロワーが減ったら、どうしよう……」
裏切った、って大袈裟だな。
「ファンを大切にするのは良いことだと思いますけど、フォロワーとかそういう数に縛られたら、窮屈になってしまうと思いますよ?」
なぜ、僕が聖女様を説教しているのか。普通は逆だろう。聖職者が悩める子羊を導くものではないか。しかし、聖女様は気にした様子なく、僕に不安をこぼすのだった。
「……そうかもしれませんが、私にとっては大切な仲間なんです」
「仲間?」
「一緒にアニメや漫画について、楽しく話してくれる仲間なんです。私の周りは聖職者や勇者ばかりで。そういうお話しができるお友達がいないから、仲間の存在が尊くて……」
そういうものなのか?
こっちの世界は、僕がいた世界ほどアニメや漫画といった文化が定着していないのだろうか。
「同じアニメの第一話を一緒に見て、仲間とワイワイしたかったのですが……残念です。リアルタイムの盛り上がりに勝る興奮はないのに」
しょんぼりするセレーナ様に、僕は言った。
「分かりました。じゃあ、僕がそのアニメを見て、ちゃんと感想を伝えるので、今は仕事に集中してください」
「……本当ですか??」
それは喜びを形にしたような笑顔が。しかも、今まで彼女が見せた聖女らしい慈愛に満ちた笑顔ではなく、ただの少女の……いや、ガチのオタク少女の笑顔だった。
世界先生ごめんなさい
セレーナ様も大好きな犬神家はこちらから
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