【それが学校というもの】
妹、か。一人っ子の僕からしてみると、なかなか憧れるワードであるのは確かだ。でも、それが千歳年上である必要はない。魔王である必要もないのだ。
「ねぇ、やっぱり嫌そうな顔してない?」
複雑な気持ちを抑える僕に、アオイちゃんが顔を寄せてくる。か、可愛いし、女神になったときのナイスバディのことを思い出すと、この子と一緒に住めるのは嬉しいこと、かもしれない。
が、それは少し前の僕の感覚だ。あの戦争で、死んでしまった仲間のことを思うと、純粋な気持ちで彼女と顔を合わせるなんて、絶対に無理だ。
「アオイ、はしゃぐな」
僕に詰め寄るアオイちゃんの襟首を掴んで引っ張るのはセレッソだ。
「一緒に住むといっても、別の部屋だ。そういう約束だっただろ?」
「えええ!? 一緒が良いよ! 一緒が良い!!」
「ダメだダメだ。誠にお前みたいな変な女がくっ付いたら、私がフィオナに殺される。数少ない同じ時を共にするよしみからの頼みだと思って、ここは言う通りにしてくれ」
「やだ! セレッソお姉ちゃん嫌い!!」
「しかし、これ以上やったら、誠に嫌われるぞ? いいのか?」
「むぐぅ……」
何とか納得してくれたのか、アオイちゃんは大人しくなってくれた。よくよく話を聞くと、どうやら同じマンション内に彼女の部屋が用意されているらしい。
「じゃあな、誠。私たちは自分たちの部屋に帰る。ゆっくり休めよ」
「う、うん」
セレッソはアオイちゃんを引っ張りながら部屋を出て行った。アオイちゃんは「嫌だー!」と叫んでいたが、大人しく引っ張られていく。彼女が本気を出したら、僕もセレッソも一瞬で殺せるはずなのに。それだけ、友好的な関係を築けた、ということなのだろうか。
そこから、のんびりと過ごしていたが、夕方になると再びリリさんが訪ねてきた。
「どうしたんですか??」
「夕食の準備……の前に、一つ仕事を残していたのを忘れていました」
「仕事?」
リリさんはクローゼットを開けると、中から取り出したのは……。
「それは、学校……スクールの?」
「はい。ワイシャツにアイロンをかけ忘れていました。ちなみに、制服のクリーニングは済ませています」
そ、そうか。明日は月曜日。
戦争に出ていたせいで、すっかり忘れていたけど、登校日じゃないか。
自分でやると主張したが、リリさんはフィオナに怒られてしまうから、という理由でワイシャツにアイロンをかけてくれるのだった。
「でも、正直……行きたくないんですよね」
ゆっくりだけど、確実な動作でアイロンをかけるリリさんの背中を眺めながら、僕は本音を漏らす。彼女は振り返らずに言った。
「どうしてですか? 誠さまはアミレーンスクールの英雄です。歓迎されると思いますよ」
「……僕みたいなものが復学したところで、誰も喜びはしませんよ」
「そうでしょうか。あの戦争で活躍されたのですから、誰もが誠さまのお顔を見たいと考えるはずです。そもそも誠さまは勇者ではないですか。勇者というだけで、スクールの生徒からは尊敬の眼差しを向けられるのでは?」
そうなのかな。きっと、皇が勇者としてスクールに戻ってきたら、皆から歓迎されるどころか、軽いお祭り騒ぎになることは間違いないだろう。でも、僕みたいな冴えないやつが帰ってきても、みんなどんな顔をすればいいのか分からないと思うけど。
「私には誠さまが悪い方に考えているように見えます。思っている以上に、スクールは素敵な場所かもしれませんよ。そこにいる人たちも含めて」
リリさんの指摘は、その通りなのかもしれない。学校では嫌な想い出しかなかった。だから、異世界にやってきても、その先入観がこびりついているのだ。
「私からしてみると」
と彼女は呟くように言う。
「スクールに通えるだけで羨ましいと感じてしまいます」
詳しいことは知らないが、リリさんは幼いころからメイドとして王家に使えていたらしい。どういう状況か知らないけど、生きるだけで精一杯だったのかもしれない。
「良いことばかりではありませんよ。性格によると思いますが、楽しめないタイプの人間には、地獄みたいな場所なんですから」
学校は楽しい場所。境遇によっては、そんなイメージなのかもしれない。だけど、地獄はそこにある。これも確かなことだ。しかし、リリさんは釈然としないらしく、首を傾げるのだった。
「それでも、戦争に比べたら天国みたいな場所なのでは?」
「確かに……それはその通りですよね」
リリさんに言われて、気付く。頭の中のどこかで、学校に行くくらいなら、アッシアで戦っていた方がマシだと思っていたかもしれない。
でも、それってたまたま生きて帰ってこれたから、そんな風に思えるだけだ。死と隣り合わせの状況に比べたら、どう考えても学校の方がマシなはず。それなのに……。
「それでも、行くのが嫌なんですよねぇ」
そう、それが学校と言うのものなのだ。
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