帰還
ロンドが旅と激戦の疲れから死んだように眠ったその翌日。
早速動き出すための準備をするために、彼らは一度侯爵邸で集合することにした。
半壊している侯爵邸の中に入ると、そこにはやつれた様子のランディの姿があった。
「随分とお疲れのようですね、グリニッジ侯爵」
「茶化すなよ、ロンド。公の場ではそれ相応の態度で接して欲しいが、私的な場なら別に今まで通りでいい」
ふう……と大きくため息を吐くランディは明らかに寝不足な様子だった。
白目が真っ赤に充血し、目の下には大きな隈ができている。
明らかに足取りにも元気がなく、彼はふらふらと歩いてから壁に背中をつける。
「――疲れないわけがないさ、領主がまともに仕事をしようとすれば、やらなくちゃいけないことなんか後から後から出てくるからね。それにどこかの誰かが、屋敷を半壊させたりもしたし」
「うぐっ、それは……すまん」
ロンドとしてもアルブレヒトを倒すために全力を出すしかなかったので他にやりようはなかったのだが、それでも屋敷を壊してしまったのは事実。
頭を下げると、構わないさとランディが軽く手を振る。
事実彼はまったく気にしてない様子で、遠くに見える街を見つめながら、
「気にする必要はないよ、なにせこれで――領都がよく見えるようになったから」
「そ、そうか?」
「ああ、だがどうしても気にするというのなら、貸しということにしておいてくれ」
「わかった、俺にできることならなんでもするよ」
ランディはそのまま足を開き、ロンドの隣を見た。
「マリー……元気そうで良かったよ」
「ランディ……」
ロンドと共にやってきたマリーの方を向き、ランディは儚げに笑った。
マリーは何か言おうとするが、彼はピシッと手を前に出してそれを遮った。
「謝らなくていい、謝らなくていいんだ……僕達の運命は交わらなかった。ただ、それだけのことなんだから」
「ランディ……うん、わかったわ」
「男として、僕の手で君を幸せにできないのはもどかしいけれど……それでも僕はこれからも、君の良き友でいるから」
「……ええ、ありがとう」
謝るのではなく感謝をして、マリーはランディと握手をする。
ランディの表情は晴れやかだった。彼は再び視線をロンドに戻すと、
「彼女のことを不幸にしたら許さないからな!」
「ああ、任せておいてくれ」
「……それならよし。マリー、ロンド、それならさっさとこれからの話をしよう。あいにく侯爵になったばかりで、それほど時間がなくてね」
ロンド達は、以前会っていた際にある程度の想定は終えていた。
なのでマリーとすりあわせをし修正を施しながら、改めて計画を策定し直していく。
「まず最初にやらなければならないのは、グリニッジ侯爵家の当主の交替。これは略式ながら無事に終わった。夜通し駆け回ったおかげで、家臣団からの了承もきっちり取っている」
「上級貴族の爵位継承には、王家への承認が必要ですもんね」
「ん、そうなのか? ランディからは王家の力が弱まって、形骸化してるって聞いてるけど」
「ま、まあその認識でも間違ってはいませんよ。ただ実体はなくとも、形式も大切ですから」
現在では王家の承認を受けずとも、他の上級貴族からの承認さえあれば爵位継承は認められるらしい。
ランディはその役目を、マリーの父であるタッデンに頼むつもりであった。
もちろん断られる可能性も高いとは承知している。
けれど彼というかグリニッジ侯爵として、他に選択肢がない状態なのだ。
グリニッジ侯爵領は控えめに言って、かなりボロボロな状態だ。
高い税率によって領民は干上がり、侯爵の放漫経営と散財のせいで蓄財すらほとんどない。 更には他の商家からは借金すらしているような状態であり、その商家にはヴァナルガンド帝国の紐がついていると、ここまで来ると笑えてくるほどにひどい。
「あれから色々と確認してみたが、証拠としては不十分な感は拭えない。父さんはそういったところに頭は回せる人だったみたいで、人を経由させて王国法で自分に責が来ない範囲でしか不法行為は働いていなかったみたいでね」
ランディが執務室にて抑えた悪事の証拠は、あれ単体でグリムを侯爵から引きずり下ろすことができるほどの代物ではなかった。
故にランディは発想を転換した。
彼はあれらの資料は、侯爵が臣下に罪をなすりつけようとしている証拠としたのだ。
それを聞いた家臣団の反応は劇的だった。
少なくとも侯爵家の人間で、今も尚グリムの側に立っている人間は、彼に甘い汁を吸わせてもらっていた者を除いてほとんどいない。
そして残り少ない彼らは、今後の身の振り方を考えて戦々恐々としていることだろう。
「そもそも領内を安定できていない状態で王家に爵位の継承と領内の状況の申告をしたところで、それを理由に所領を削られるだけだ。故にグリニッジ侯爵としては、可能であればアナスタジア公爵という後ろ盾を作った状態で対等にやりとりがしたい」
「任せてください。隣領の安定はアナスタジア公爵家としてもなんとしてもほしいところ。今回のランディの爵位継承と合わせて、私が上手くお父様に話をつけてみせます」
ロンド達はランディが侯爵領をまとめこの継承騒動を収める間にアナスタジア公爵領へと戻り、公爵であるタッデンの下に向かい、事情を説明するつもりだった。
当然公爵と対等に話し合いができるとは思っていない。
ランディは夜通し地図や金庫とにらめっこしながら、いくつもの譲歩の条件を用意していた。
そしてもちろんその条件の中には、前侯爵であるグリムを引き渡すことも含まれている。
そこは父としての情の有無とは関係がない。
公私を切り離さなければならないのが、父に背いてでも侯爵になることを決めたランディの選んだ道だ。
「上手いこと話がまとまったら、どうなるんだ?」
「そうしたら一度僕がヨハネスブルグに出向く。そこで公爵のお抱え商人に借金の借り換えをお願いするつもりだよ。少なくともこのままだと、領地が干上がる方が早い」
「でも本当に大変なのは、爵位の継承がなってからですよね?」
「ああ、父上が続けた放漫財政を上手く引き締めなくちゃいけないし、家臣団も大幅に変更する必要がある。まあ中でも別格で一番大変のは、とんでもない量に膨らんでいる借財なんだけど。父さんは金に明るくなかったらしくてね……借金を複利で借りたせいで、元本がとんでもない額に跳ね上がっているんだ。今のうちの領の税収だと、僕が節約をしても利息を払うのが精一杯だね。ギリギリ生きることができるようにはなっているというのが絶妙にいやらしい。帝国はきっとこうやって、各地に干渉のきっかけを作っているんだろうね……」
今後の領地の経営方針や、家同士の情報の交換を始めるマリーとランディ。
正直なところ何を言っているかは半分もわからなかったが、それでもロンドは彼なりにかみ砕いて事情を理解することに努めることにした。
アナスタジア家にいるようになってからは、政治の分野は自分の領分ではないし、そんな暇があるなら強くなった方がいいだろうとひたすら毒魔法の習熟に努めることが多かった。
けれど今後もマリーと共に在ろうとするのなら、貴族としての事情にも明るくなってくる必要がある。
マリーが望む動きを、彼女に言われずともできるようになっておきたい。
今回の一件でロンドは、ただ強くなること以外にも、色々なことを学んだ。
ランディとのつながりは彼に、普通よりも一段高い視座からものを見るためのきっかけを与えてくれた。
話し合いを終えたところで、ロンド達は既にチャーターされていた馬車に乗り込み、そのまま懐かしの領都ヨハネスブルグへと戻ることになった。
都合一月ほどの時間をかけて帰ってきた彼らが門を通り中へ入ると、通用門へとものすごい勢いで駆けてくる人物の姿があった。
近づいてくるうちに、その正体がアナスタジア公爵本人であることに気付き、流石のマリーもロンドも苦笑を浮かべざるを得ないのであった……。
「――っ! マリー!」
ものすごい勢いで駆けてくるタッデン。
その形相は真剣そのもので、激闘を切り抜けたロンドをして思わず喉が鳴るほどに鬼気迫るものがあった。
恐らく風魔法を使っているのだろう。
風による加速を全力で行いながら、とんでもない速度でロンド達の下へと近づいてくる。
「……」
父のそのあまりに本気な様子に最初は苦笑していたマリーだったが、タッデンが近づいていくにつれ、彼女の顔は強張っていく。
数ヶ月もの間愛する家族と離ればなれで遠い地にいた寂しさを思い出し、彼女の涙腺が緩む。
そして同じ時間寂しい思いを抱えていたであろう父の気持ちを思い、気付けば彼女も駆けだしていた。
「――お父様ッ!」
父と同じく風魔法を駆使し、後方に強風を急速で噴き出し始めるマリー。
両者の距離は、あっという間にゼロになる。
だが流石にそこは魔法に練達している二人のこと、お互いにふれあえるほどの距離になった時には、既に風は制御されそよ風へと変わっていた。
ひしと固く抱きしめ合う二人。
一枚の絵画のような光景を見て、ロンドは誰からも見えないように、そっと目尻を拭った。
ちなみに彼の後ろにいるアマンダは、その光景を見て号泣していた。
キュッテは微笑ましいなぁといった感じで口角を上げていて、なんとも三者三様である。
親子の感動の再会を見守ることしばし。
「あ、あの、お父様……?」
ロンドがもうそろそろいいのではないかと思ったその時間の倍くらいマリーのことを抱きしめて離さなかったタッデンに、マリーの方も声をかける。
だがそれでもタッデンはマリーのことを離さなかった。
「すまん……私は、父親失格だ……っ!」
「もう……お父様、最初に言うべき言葉はそれではないでしょう?」
ようやっとマリーを離したタッデンは、更に成長したらしい彼女の様子を見て少し呆けたような顔をして、その後でゆっくりと深呼吸をしてから、
「ああ……おかえり、マリー」
こうしてマリーは無事ヨハネスブルグへと帰ってきた。
長いようで短かったロンドの戦いは終わり、平穏が再び戻ってきたのであった……。




