スキル
イナリに手を繋がれ、ウェンディが戸惑いながらもディルの元へとやって来た。
ディル達はとりあえず、近くにある冒険者をメインターゲットにした酒場へと入る。
彼女の見た目は、噂に聞く二つ名の物騒さと比べると、随分大人しく見えた。
短く切り揃えられた、青空のような澄んだ青色の髪。
身長は低く、腰の曲がっているディルと顔の高さは同じくらいだ。
毛髪との色調を考えてか、身に纏っているのは紺色のローブであり、耳には空色のピアスを着けている。
「はぁ、私とパーティーが組みたいと……?」
垂れぎみで、小さな狸のような印象を与える瞳が少しだけ見開かれる。
どうやら驚いているようだが、ほとんど表情が変わらないせいで反応が掴みにくい。
「というかな、お前くらいしかいないんだよ。まともに私たちと組んでくれそうな奴が」
「それはそうでしょうね。奴隷とくたびれたおじいちゃんに命が預けられる人間は、そう多くはないでしょうし」
「わし達のことを、知っているんでしょうか?」
「そこそこ有名ですからね。恐らくあなたは、今サガン迷宮を攻略している冒険者達の中で最年長なので。ご自身でも自分の噂を耳にしたことくらいあるのでは?」
ディルはやってきた果実水に口を付けながら頷く。
自分が最年長だということは知らなかったが、良くも悪くも噂が流れているのは知っている。
聞こえるように囁かれ、耳にたこができるほどに聞き飽きているものだ。
尾ひれに背ひれが加わり、そこからありもしない胴体が膨らむような荒唐無稽なものばかりで辟易してしまうほどなのだから。
「私とパーティーを組んでも、碌なことにならないと思いますよ。これ冗談でもなんでもないんですけど、私は同じパーティーメンバーをフレンドリーファイアで半殺しにした経験がありますので」
なんでもなさそうな顔で言い放ち、ウェンディが頼んでいる酒を飲む。
身体の中に酒精を入れても、彼女の表情は全く変わらない。
おかわりを頼み、並べられたナッツ類をポリポリと囓っていても、眉一つ動いてはいなかった。
どうやら誇張でもなんでもない、彼女にとって当たり前の事実を述べているだけらしい。
そう容易に察することができるような、平然とした態度である。
「お前の持っているスキルが原因なのだろう? 『魔法威力増大』か『有効射程増大』あたりだろうし、訓練すればある程度は火力も抑えられるはずだが」
「人にスキルのことを聞くのはルール違反ですよ。……と言っても私の場合、噂が垂れ流し状態なので、それほど気にしてはいませんけど。それに私のスキルは、それらとは少々違いまして。こんな私をまともにパーティーに誘おうとしてくれたあなた達に教えてあげると、私は自分で火力を調節することがほぼ不可能です。なのでソロが性に合ってまして」
ウェンディは攻撃魔法の威力をまともに抑えることのできない、火力バカな魔法使いというのは有名な話である。
ディルはてっきり、彼女は魔法を使うのがあまり上手くないせいで魔法が暴発をしているものだとばかり思っていた。
だがどうやらイナリとの会話から察するに、彼女はスキルのせいで威力の調節が難しい状態にあるらしい。
スキルは人間が手に入れることのできる超常の力ではあるが、人間という枠組みから抜け出すことには相応のリスクもある。
例えば稀少性から有名である『魔法無効化』は、自分に効果を及ぼすあらゆる魔法を無効化するスキルである。
街一つを灰燼に帰す火魔法を放たれようと、災害に等しい土石流を降り注がれようと、傷一つ負わずに魔法の効力を失わせてしまうという、持つ者全てが歴史に名を残しているような伝説的なスキルである。
このスキルはパッシブ、つまりは常駐型に分類されるスキルである。
そのため魔法無効化を持つ者は支援魔法を受けることはできず、強力な物を除くと魔道具を触れただけで壊してしまう。
ウェンディのスキルも同様に、日常生活で魔法を使うことができなくなるほどに制御の難しいスキルなのだろう。
魔法使いは、魔法によって多くを為すことができる。
飲み水を生成したり、光源を生み出したりといったように、日常生活にも応用の利く便利な力だ。
魔法の才能を持って生まれてきたにもかかわらず、己の持つ力を、同じく自分が持っているスキルにより制限されている。
それはひどく、窮屈に違いない。
ディルは基本的に、スキルの恩恵しか受けてはこなかった。
時折まるでスキルでも使っているかのように全身の感覚が鋭敏になることもあるが、それを除けばメリットしか享受してはこなかったのだ。
見切りのスキルは彼に力を、金を、そして誰かに何かをするだけの寛容を与えてくれた。
イナリは生まれにより、本来生きられる時間を削る運命を背負わされた。
ウェンディもまた、イナリのように世界に何かを負わされることになった一人なのかもしれない。
年は外見から判断するに、まだ二十にも満たないだろう。
孤独に生きていくには、色々と辛いはずの年頃のはずだ。
これからウェンディと、迷宮で苦楽を共にするかどうかはわからない。
ディルには目的があるし、その道を彼女と歩んでいくかはまだ未知数だ。
だがもしかすれば、ディル達とウェンディは同じ方角を向いて進んでいくことができるかもしれない。
できるなら、その道が互いに交わればいい。
ディルはそう、強く思った。
彼には見切りのスキルがある。
一番最初にウェンディに声をかけたのは、彼女の味方諸共巻き込む攻撃を、スキルで捌くことができるかもしれないという期待があったからだ。
おじいちゃんは先ほどまでよりも強く、ウェンディと一度迷宮に入ってみたいと思うようになっていた。
「とりあえず一度、五階層あたりで試してみれればと思うんじゃが」
「……潜る前に、私の免罪事項を載せた契約書を作ってくれるなら」
ディルの瞳に映っていた強い光を見て諦めたのか、それとも強がってはいてもやはり一人は寂しかったのか。
ウェンディはさほど抵抗をすることもなくお試しでパーティーを組むことを了承してくれた。
願わくば彼女が、パーティーの戦力になってくれることを。
そして自分達が、彼女の何かになってあげられることを。
ディルは神に祈りながら、枯れ枝のような手で握手を交わした―――――。
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