アキコ
「本当に……本当にありがとうございましたっ!」
「ほっほっほっ、なあに、ジジイの気まぐれじゃ。未来ある若者に投資をするのは、ジジイの楽しみじゃて」
ディルはまた一つの孤児院を去っていく。
おじいちゃんは孤児院に寄付をしたり、ギルドから冒険者を派遣してもらったりしながら、ついでに人助けなんかもしっかりしつつ双爪を回っていた。
港のあった街からかなり東の方であり、双爪の中でも柳楼寄りの方へとディル達は歩いていた。
長門家に関われるような何かはなかったので、気付けばどんどんと先へ先へと進んでしまっていた。
このまま行けば、特に何事もなく柳楼の街へと入ってしまうかもしれない。
けど、それもまたいいだろうとディルは思っていた。
何事も、急いてはことをし損じるものだ。
「しっかし、皆そんなにシスターがかわいく見えるんじゃろうか……」
「ヤポンではシスターではなく、巫女だがな」
「なんか違うんじゃったよね、それがなんなのかは覚えとらんけど」
ジガ王国においてのシスターは、このヤポンでは巫女という。
ちょうどディル達が今出てきたところでは、巫女の女性がサムライに言い寄られていた。
迷惑を被りほとほと困っていたというところに現れたディルは、そのサムライを成敗してから奉行所へと連行し、その悪事を明るみにしたのである。
今後あの巫女の女の子は、また以前のように孤児院で楽しく暮らしていくことができるようになるだろう。
「しかし、孤児院に住むシスターというのが魅力的に映るのは万国どこでも変わらないものなんかのぉ……」
「だから巫女だと言ってるだろうが……」
老人特有の物覚えの悪さに頭を抱えるイナリ。
まあ似たようなものじゃろうとハナからあまり覚える気のないディルを見て、呆れた諦めた様子である。
「ちょっと、そこのおじいちゃん! 待って下さいましっ!」
孤児院はひっそりとした路地裏にあったため、ディル達が歩いていたのは裏通りだ。
その背中に、声がかかる。
ディルが聞き慣れている荒事に慣れた男の、酒焼けした声ではない。
リンと鳴る鈴のように綺麗な声だった。
くるりと後ろを振り返る。
そこにいたのは――。
「是非一度、お話をさせていただけないかしら?」
――すごく綺麗な声をした、不審者だった。
ディル達は少し悩んだ。
こんな明らかに怪しい格好をした者についていっていいものかと。
だが悩んだのは一瞬だった。
(『見切り』を使っても、それほどの脅威は感じられない……であれば問題はないじゃろう)
ディルは明らかに渋っているイナリを放置して、とりあえず不審者についていくことにした。
ディル達が入ったのは、猫茶屋と呼ばれる茶屋だった。
中にはにゃんにゃんと鳴く猫ちゃんたちがいて、彼らを見ながら団子を食べお茶を飲むというシステムのようだ。
猫の餌代がかかっているからだろう、飲食の代金は今までの団子屋の三倍近い値段がした。
(正直こんなに高いお金を払うくらいなら、三倍団子が食べたいのぉ……)
ディルは金なら持っているし稼げもするのだが、農民だった頃の金銭感覚が強く残っている。おまけにこのおじいちゃんは食い意地も張っている。
けれど不審者がここの代金は出すと言ってくれたので、とりあえず悩まずに注文をすることにした。
まず最初にお茶がやってきたところで、ディルは疑問に思った。
一体どうやって飲むんじゃろう。
まさか黒騎士みたく、物理的に浴びるように酒を飲むのではあるまいな。
「おっと失礼、これから大切なお話をするというのに、この格好のままではあまりに不躾ですわね」
けれどその心配は杞憂だった。
彼女が不審者ルックを剥いで、素顔を見せてくれたからだ。
声からして若い女の子だとは思っていた。
しかしそこにいたのは、艶やかな黒髪をした美少女だった。
正直なところ、ディルが想像していたよりもずっと美しい。
「――なっ!?」
ディルはほぅと感嘆しながら彼女を見ている。
けれど隣にいるイナリは、彼女の姿を見て明らかに様子が変わった。
イナリの様子を見て、美少女はにやりと笑う。
「どうやらバレてしまったようですわね。私は長門アキコ、長門家の三女ですわ。子供達に寄付を施すだけではなく、未来のために投資をしてくれるおじいちゃんを見込んで、一つ頼みがございますの」
ディルは驚きながらも頷いて話を聞く体勢に入る。
どんな内容であれ、このチャンスを逃す手はない。
「実は――」




