空を見上げて
「おぬしはぐりふぉんの頭部をそのまま持ってきたという話だったな……おい、井伊はおるか!」
老人らしい横文字に弱そうな一面を出したかと思うと、ハルチカはどこかから老人を呼び出した。
さっきは無理して言ってたんじゃろうか……と考えているうちに、何かを言いつけられた老人が部屋を出て行ってしまう。
ドカドカという急いだ音が聞こえたかと思うと、上にビロードの被さった何かが持ってくる。
ひらりとめくると、そこからグリフォンの頭が出てきた。
ディルが謁見にあたって献上した逸品だ。
激戦だったために顔中には傷がついており、片目は潰れている。
急ぎ持ってくる際に最低限の防腐処理はしたので、まだ腐敗は始まっていない。
剥製にすれば、しばらくは屋敷にやってきた者の話題をかっさらっていくことになるだろう。
領主家にグリフォンの頭があれば、そこに色々な含みや意味を持たせることもできるはずだ。
ほうとハルチカは感嘆の声をあげ、やられる間際まで決死の抵抗を続けていたグリフォンの顔に見入る。
そしてそこから何かを読み取ったのか、スッと視線をディルの方へと戻した。
「これは、おぬしが一人でやったのか?」
「さようにございます」
ディルの言葉に、そうかそうかと頷きながら嬉しそうな顔をする。
ハルチカは武人や武具を好むという噂は、どうやら本当だったらしい。
「わしは虚飾や嘘偽りは好かぬし、そこまで暇な身分でもない。なので疾く答えてほしい。ご老人、これほどの逸品を献上してまでわしと面会しようとは、いったい如何なる理由を抱えている?」
本当ならいくつもやらなければいけない具体的な謙遜や譲歩、駆け引きのやり取りを省いてディルに望みを聞くということは、ハルチカがそれだけディルのことを買ってくれているということでもある。
色々と端折ったことに目くじらを立てている井伊と呼ばれていた老人の方からは目をそらし、ディルは話し始めることにした。
自分がこの相羅の国で見ることになった、不道徳な行為の一部始終を……。
「ふむ、なるほど……」
ディルはすらすらと、自分が見聞きしてきたできごとを述べることができた。
以前ウェッケナー子爵相手にミルヒ達の事情を話した時の経験が活きた形である。
ハルチカは肘当てに手を置き、頬杖をつきながらディルの言葉に真剣に耳を傾けていた。
そしてディルが話し終えると背筋を伸ばし、腕を組んでからカッと目を見開く。
『見切り』のスキルによる危機感知が発動する。
思わず腰を下げて黄泉還しを握ろうとするディルの手は空を切る。
兵士に剣を渡していたのを思い出して苦笑。
そしてハルチカが今の自分を害するはずがないという当たり前のことに気付き、警戒を解いた。
「――今すぐそのバカ共の首を並べろ!」
その鬼気迫る様子は、正しくヤポンの持つ武人のそれだ。
けれど彼の放つ剣気は、今まで見たどのサムライよりも濃密で、そして澄んでいた。
ハルチカの言葉に飛び跳ねるように部屋を出て行く家臣達。
恐らく彼の言葉は比喩表現ではないだろう。
物理的に首を並べるという意味に違いない。
どうやらハルチカはこうと決め手から行動に至るまでの時間がほとんどかからないらしい。
「すまぬな。自国の内側よりも国の外側に意識を向けることも多く、こういった輩を完全に駆逐はできぬのだ」
そう言って自分の膝をバシバシと叩いているハルチカ。
その態度は真摯で、少なくとも官憲が商人と繋がっていたことを知っている様子はない。
ヤポンの中はジガ王国とは違い、未だ国主となる器の人物の出ていない戦乱の世。
内側に目を向けるだけではいられない彼の大変さもわかるので、ディルはただ即座に沙汰を下す決定をしたことに感謝をすることにした。
なんでも相羅の法律では、両親との縁切りは死別と同義であり、娘に借金の相続の義務は発生しないのだという。
小難しい話を要約すれば、これでお菊は晴れて借金のない身の上として大手を振って歩けるということだった。
さすがにそろそろ六国へ向かう船の時間なので、ディルに一度お菊の下へ戻る時間は残されてはいなかった。
だがディルがグリフォンを狩ってまでやろうとしたことは、たしかに達成することができたのだ。
今はそれで満足しておくことにしよう。
お菊のいるであろう方角を見ながら遠い目をするディル。
彼の背中に声がかかった。
「でぃるよ」
「はい、なんでしょうか」
「お主がしたのは、私の監督不行届の訂正だ。これはむしろ私が感謝すべき事柄であって、お主がぐりふぉんを献上してまでするようなことではない。ゆえに――私は一つだけ、お前の言うことを聞こう」
もちろん私にできる範囲内のことであればな、と豪儀なハルチカ。
ディルはその様子を見て、実は秘めていた腹案を一つ告げてみることにした。
「はは、それでは――」
ディルの提案を聞き――ハルチカは、笑い出した。
「く、くくっ、そうか――なんっとも面白い老人であるなぁ!」
彼は先ほどまでの領主としての顔を脱ぎ、武人としての顔を覗かせる。
ディルのことを一人の武に携わる人として冷徹に観察しているのがわかる。
黄泉還しを見て様子が変わったが、さすがにそれをよこせとまでは言われないようで助かった。
「うむ、その提案。しかと受け取った。それでは存分に――六国で暴れてくるがいい」
「まったく、いったいどういうことなのかねぇ……」
頬に手を当てるお菊の視線の先。
そこには与力達に引っ立てられていくドタマの姿があった。
とにかくわめいていたが、彼らにその拘束を弛める様子はない。
どうやらドタマのことを、本気で捕まえるつもりらしい。
既に店には客足が戻り始めている。
この顛末になる理由として、お菊が思い浮かべることができるのは一人の男――というより、一人のおじいちゃんだ。
「――ありがとうよ、ディルさん」
お菊は顔を上げ、自分を助けてくれたであろう老人の顔を空に浮かべた。
すると空にある老人の顔が、ほっほっほっと笑い出す。
それに釣られてお菊の方も笑みを浮かべるのだった――。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
「お菊、よかったね!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、しんこの更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




