踏ん切り
ルビーアント討伐は、迷宮の第三十階層の復旧が完了したことを以て、一区切りという形になった。
賢者バグラチオンによる修復のおかげで、既に各階層には以前と同様の魔物達が出現するように戻っている。
ただ迷宮が力を取り戻したばかりなせいで、いくつか異常な点があった。
例えば、魔物は通常よりわずかばかり弱くなっていたりする。
今がチャンスとばかりに冒険者達は自分達の本来の適性階層より一つ二つ深いところへ潜ろうとしている。
ギルドが慌てて注意喚起を出したらしいが、それがどのような結果を生むことになるかは、今後迷宮が完全復活を遂げてからになるだろう。
あと、宝箱の出現率が減少していたり、罠が出なくなっていたりと、攻略をしていく上でいくつかの変化はあったものの、これもそう遠くないうちに回復するという話だった。
ディルは最後の方は攻略にそこまで積極的に参加をしてはいなかった。
そのため第三十階層において、ルビーアント達を完全にサガン迷宮から駆逐することに成功したのは、『赤皇帝』の面々である。
ディル達ばかりが取り沙汰されていたが、彼らが迷宮を完全に取り戻したことで、今では話題は『赤皇帝』に関するものの方が多いほどだった。
人の噂も七十五日、ディル達が話題の中心にいた時間はそれほど長いものではなかった。
ディルとしても、冒険者然としているガイウス達の方が人気が出るのは当然だと思っているし、その方が健全だという気もしていた。
それに自分達へ向けられていた矛先も逸らせたので、純粋に嬉しさの方が勝っていたほどだ。
さて、ディル達の迷宮行はこれからどうなるのか。
一度話し合いをしようというタイミングが欲しかったところだ。
迷宮の機能復活は、正しくベストなタイミングだったと言える。
ディル達『無銘』のこれからを決めるための話し合いが、行われることになった。
……冒険者の流儀に従い酒の席で。
「では久しぶりに……」
「かんぱーい」
ディル達は杯を交わし合い、手に持っているジョッキに口をつける。
冒険者というのは、とにかく酒を飲む。
迷宮を主な稼ぎ場所とする冒険者が多いギアンの場合、酒を嗜む者達の数は更に多かった。
迷宮によって発展しているこの街は、冒険者を対象にした店が非常に多い。
まず最初は、肉体労働者のようなものである冒険者達に好まれる、味付けの濃い店ができていったのだという。
そうしたらそれを酒のアテにしたいという話になり、酒場がどんどんとできていき……そして今では、どこもかしこも酒を出す店ばかりになってしまったらしい。
ディルもサガンの流儀に染まって、最近では酒を飲む頻度が増えてきた。
何かあればすぐに祝ったりするし、親睦を深めるためにとりあえず酒場へ行くことも多い。
けれどディルは、しっかりと自制のできる男である。
アルコールで身を持ち崩した人物をその目で見ていたため、酔い潰れるほどに酒を飲むことは一度もなかった。
ディルは基本、飲んでも二杯くらいまでである。
実は『無銘』の面子の中では、一番酒量が少なかったりするのだ。
身体にアルコールを入れると、基本的には陽気になる者が多い。
そのため口数は増えることの方が多いのだが、『無銘』の飲み会は基本的にそれほど会話が多い方ではなかった。
「……」
隣にいる、新人らしい冒険者パーティーの、「これから俺達がトップになるんだ!」と高らかに叫んでいるテーブルの声が聞こえてくるほどの静けさだ。
けれど皆、決して気まずそうな顔はしていなかった。
元々、この四人は口数が多い方ではない。
あまり無駄口を叩くのが好きではないイナリ。
そもそも無口なウェンディ。
それを通り越して筆談でしか会話をしない黒騎士。
(思えば、変な面子が揃ったもんじゃ)
六十を超えて冒険者をしているという時点で、自分も彼女達に負けず劣らずパンチが強いのだが……ディルはそれに気付いていない。
奇人変人が集まって『無銘』ができたのは、正しく類は友を呼ぶというやつだった。
けれど彼らは、たしかに上り詰めた。
サガン迷宮という場所で、最も有名な冒険者と言われれば、きっと『無銘』の名が上がるだろう。
パーティー名も決めずに、よくここまでこれたものだ。
なんだか少しだけ、感慨深い気分になってくる。
歳を取ると、昔語りをしたくなってくる。
けれどディルは、そういうことを他人は求めていないことを知っている。
なので彼がする昔話は、ほんの少しだけ昔の話だ。
「最初は大変じゃったよね。わしとイナリだけの時は、移動だけでひいひい言ってたし」
「ああ、数度戦闘するだけで息切れとか、こいつ大丈夫かって割と思ってた」
「し、辛辣じゃね……」
たしかに途中、それこそウェンディ達と合流して、中層へ足を踏み入れるまでは、ディルの疲労の溜まり方が年相応だった。
スキルのおかげで、ディルが迷宮に最適な動きを身につけられるようになったこと。
そして戦えば戦うだけ、身体が軽くなっていったこと。
この二つのおかげで徐々に楽になってはいたが、最初の頃は本当に辛かった。
「シアは元気にやっとるようで、よかったよね」
「ああいう手合いは、堅実に生きるのが一番大切だ。彼女に冒険者は向いていないよ」
ディルもやってきてわかったが、冒険者というのはロクでもない奴らばかりである。
飲んだくれ、命を担保に戦うことでその日暮らしをしているような肉体労働者。
真面目に働くことができない、社会に馴染めないような社会不適合者の方が圧倒的に多い。
きちんと働いて給金がもらえ、それで問題なく暮らすことができるのなら、冒険者なんぞやらない方がいいのだ。
自分もそのならず者達の一員であることを理解した上で、ディルはそう思っていた。
「そしてウェンディと黒騎士と出会ってからは、とんとん拍子に迷宮攻略は進んでいった」「言うほど、ずっと順調ってわけでもなかった気がしますが……たしかにそうですね」
せっかく回復魔法を覚えたのに、使うタイミングがなくて残念です。
ウェンディのマザールビーアント討伐を終えての最初の感想は、達成感とかではなくて、魔法が使えないことを惜しむ気持ちだった。
そんな残念魔女も、今では押しも押されぬ有名人の一人だ。
それも以前のような悪名の方ではなく、素直に高名の方で。
ディルと黒騎士ならば、前衛の動きを気にせず、細かい威力調整をせずとも魔法が放てる。 前組んだどんなパーティーよりものびのび動くことができるようになったことで、ウェンディは己の火力をフルで活かすことができるようになった。
そして自由に魔法が打てるようになったことで、以前と比べれば威力の調整や、発動タイミングを窺うことも上手くなってきた。
恐らく今のウェンディならば、他の冒険者たちと組んでも、ある程度はやっていけるのではないだろうか。
そう思えるからこそ、ディルの方も踏ん切りがつきそうだった。
――ディルとイナリが、次へ向かうための踏ん切りが。
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