笑み
書影公開につき、早めの更新です!
「『覇王』と言われてはいるが、別にフィッツは特別な男の子ではなかった。彼はどこにでもいるような普通の少年だったんだよ……途中まではね」
あまり歴史に詳しくないディルであっても、『覇王』フィッツジェラルドの名は知っている。
今ディル達のいるジガ王国、その前身になっていたかつての大国を治めていた王の名だ。
彼のカリスマによってまとまっていたその大国は、彼が死ぬと同時に分裂してしまった。
フィッツジェラルドは圧倒的な強さを誇り、その戦闘能力は一騎当千だったという。
一人師団などと呼ばれてもおり、単身で国を滅ぼすことすら可能だったと聞いている。
ディルはかつて聞いた『覇王』の情報を思い起こし、今の自分とのあまりの乖離を思った。 『見切り』はディルに第二の人生を切り開く力をくれたが、別に単身で魔物の群れを殲滅できるような戦闘能力を与えたわけではない。
「それじゃあわしにも世界を統べる力があるということかの?」
「ハハッ、まさか。あれは特殊だよ、途中でスキルが変化したからね」
「スキルが……変化?」
「そうだよ。稀にではあるが、スキルは変わることがある。彼の場合は保有スキルが『見切り』だったのは……二十歳くらいまでだったかな。それに『見切り』のスキルも、君よりずっと強力なものだった」
スキルが変わることは滅多にはないが、スキル名は同じでも効果が違うことはザラにあると、バグラチオンは続ける。
彼女は指を立てて、具体的な例を挙げていった。
例えば『金剛』と呼ばれる身体をダイヤモンドのように硬くするスキルがある。
だがこれによって硬くなる度合というのは、全員同じではない。
人によって、あるいはその人間とスキルとの親和性によって、効果の程度は変わる。
「同じ『金剛』の使い手であっても、鉄の剣を折るのが精一杯な人もいれば、ミスリルの剣でも傷一つつかない者もいる。スキルは誰にでも平等に与えられるものだけど、実際の所は全く平等ではない。世界というのは案外世知辛い。才能が重要なのは、先天性のものであるスキルであっても変わらないわけさ」
一瞬自分が第二の『覇王』となって世界を征服するという想像をしていたディルは、バグラチオンの言葉を聞き我に返った。
男の子なら誰しも、一国一城の主になりたいという夢の一つや二つは持つものだ。
だが自分は枯れた老人、いつまでもそんな少年のハートを持っていてどうするというのか。 夢を追うことの難しさを、既に何度も味わってきているというのに。
最近若い人とばかりつるんでいたせいか、考え方まで妙に若々しくなってきた気がする。
それを喜ぶべきか悲しむべきか悩みながら、ディルはネクタイのピンに触れる。
「まぁディルの『見切り』もそう捨てたものじゃない。少なくとも戦闘においては、ベストなパフォーマンスを維持してくれるはずさ」
バグラチオンの話が終わったところで、ディルは自分がなんのために彼女に会いに来たのかを思い出した。
まず最初に聞かなければいけないことは、イナリの解毒について。
そしてそれを終えたら、勝手気ままなバグラチオンがシアと話し合いの場を持ってくれるよう、なんとか折衝をしなくてはならない。
ディルはあたりを見渡す。
周囲に、見知った人影はなかった。
この場には既に、バグラチオンを連れてきてくれたウェンディの姿はない。
空気を読んで、どこかに行ってくれたのかもしれない。
ディルはゆっくりと、なるべくバグラチオンが興味を持ってくれるような流れで話をすることにした。
目の前にいる賢者が誰よりも気まぐれで、風のようにすぐにどこかへ消えてしまう人物だという話は聞いている。
ディルとしてはなんとしてでも、この場で話を聞いてもらう必要があった。
「……ふぅむ、ふむふむ」
ディルがなるべく面白いエピソードトークを交えながら、イナリの解毒の方法を探しているということを話し終えるのには、結構な時間がかかってしまっている。
既にオークションは始まっているため、周囲の人の数は明らかに減っていた。
バグラチオンは、ディルの話を頷きながら聞いていた。
目を瞑り腕を組み、クビをブンブンと縦に振りながらだ。
「……」
ディルが話を終えても、彼女は何も言おうとしない。
何かを言うべきか悩み、ディルが口を開こうとした瞬間――まるで狙っていたかのようなタイミングでバグラチオンがカッと目を見開く。
彼女はディルのことを見下ろしながら、挑発的な顔をした。
口角を上げ、自分の頬に手を当てて……。
「ねぇ君は――いったい、何様のつもり?」
そう言って、賢者は嗤った――。




