訪問
無事カーマインを倒してから残る残党狩りを行い、イナリは休む間もなく大急ぎで領都カノスケへと戻ってきていた。
なぜかついてくると言って聞かなかったローズとこちらもなぜかイナリについていくと言い出したマクリーアを引き連れて屋敷へ戻ると、ミヤビの病状は悪化しており、ここ最近では寝たきりの日々が続いていたという。
イナリは辺境伯家お抱えの薬師に吸精魂魄を使ってリンカ病の特効薬であるレアアイテム、吸魔香を作らせるために指導を続ける。
そして薬師を不眠不休で酷使させながらアイテムを作らせること半日ほど、無事に吸魔香が完成した。
「ミヤビ……」
眠っているミヤビの部屋に行き、吸魔香を彼女の鼻へと近づける。
何度か吸引をさせれば、すぐに効果を発揮するはずだ。
「すぅ……」
リンカ病はこのアイテムを使えば間違いなく治る。
そうゲームの知識として理解していても、イナリは正直気が気ではなかった。
この世界は彼にとって、ゲームではなく現実だ。
帰ってきた時には既に、彼女の病状はかなり進行していた。
眠り姫のように眠り続けているミヤビを見た時は、ひょっとして彼女はもう一生目を開かないのではないかと思ってしまったほどだった。
一度、二度、三度。
彼女が香の匂いを嗅ぐ度に、蒼白だった顔色が少しずつその赤色を取り戻していく。
「……兄ぃ?」
「――ミヤビッ!」
ミヤビがゆっくりと目を開ける。
彼女は目の前にいるイナリを見ると、きょとんとした顔をする。
そして彼女はイナリの顔を見て、すぐに花のような笑みを浮かべた。
「兄ぃが……またうちのこと、助けてくれたんや……」
病み上がり彼女の弱々しい姿が、家にやってきたばかりの頃の幼少期のそれと重なる。
イナリは気付けば彼女の手を、力強く握っていた。
「せやで、ついでに街も二つほど救ってきたわ」
「さっすが、うちの、兄ぃや……ごめん、ちょっとまだ、眠いみたいやわ」
「今はゆっくり休み。起きたらお兄ちゃんの武勇伝、たんと聞かせたるから」
「うん……」
すぐに意識を手放し眠ったミヤビにそっと布団をかけ直し、彼はホッと安堵の息をこぼす。 こうして無事にミヤビは完治し、イナリは当初の目的を果たすことができるのだった――。
翌日、ミヤビの部屋に集合したイナリは、上位魔族討伐の顛末を語ることにした。
今回の一件はどうやら父のゴウクもかなり気にしていたらしく、あと数日したら彼も領都まで戻ってくるらしい。
最初イナリの話を聞いている時、ミヤビはぽーっとどこか熱に浮かされたような顔をしていた。
けれどそれも話を聞いているうちに徐々に変わっていき、百面相のようになった後、最後には顔から表情が完全に消え失せていた。
人間は結局、無表情が一番怖い。
ミヤビは虚ろな様子でイナリを見上げると、そしてにこっと感情のこもっていない笑いを浮かべて、
「ねぇ兄ぃ」
「な、なんやろか?」
「たしかにうち、感謝してる言いました。色々頑張ってくれたんは話聞いてるだけでも伝わってきます」
「うん、自分で言うのもなんやけど、今回僕かなり頑張ったよ」
「もちろん感謝の気持ちは変わりません。ただ……なんで女が二人も増えてはるんですか! マクリーアはいいとしても、聖女はあかんって!」
「しゃあないやないか、成り行きでそうなってしもたんやから」
「成り行きで聖女と仲良くなれるわけありません!」
「事実は小説より奇なりって、こういう時に使う言葉なんやな……」
その後もミヤビの追求を受けながら、イナリは久しぶりの兄妹の交流を楽しんだ。
楽しんだというわりに冷や汗を掻いているのは、まあご愛嬌というやつである。
「ふぅ……まあ冗談はこれくらいにしておくとして」
「え、今の冗談やったん……?」
まだ体力が戻っていないミヤビが、ゆっくりと深呼吸をする。
そして息を整えてから、ぺこりと九十度に頭を下げた。
「兄ぃ、ありがとうございます。兄ぃがいなければ、うち、どうなってたか……」
「ええんよ、困った時に助け合うのが家族やし」
ミヤビもリンカ病がかなりの難病であることは知っていたらしい。
けれど彼女がさほど悲観的になっていなかったのはきっと、イナリのことを信じていたからに違いない。
イナリはその信頼がなんだかくすぐったくて、そして妹の憧れを壊さずに済んだことが少しだけ誇らしかった。
「このお香、どうなさるんですか?」
ミヤビはベッドの脇に置かれている吸魔香にちょんと触れる。
難病が治せるアイテムなので高値で売るという手もあるが、イナリにそうするつもりはなかった。
「一応薬師の見立てではもう一人くらいには使えるっちゅうことやったからね。余った香は……念のために、ある人に届けとこかな思っとんねん」
彼は吸魔香を、ある人物のへ送るつもりだった。
本来であればクエストを発注するはずだった、かつての勇者のパーティーメンバーの子孫の一人――『煉獄』のシャーロットの下へ。
彼女が今回も同じ病気にかかるかはわからないが、もし悲劇を未然に防げるのならそれに越したことはないのだから。
「いやぁ……今回ばかりは僕も疲れたよ」
「お疲れ様です。それで、あの二人はどうするつもりなんですか?」
「うーん……正直、わからんのよね。マクリーアは軍に戻るつもりはないけど僕にはついていきたい言うとって、ローズの方はなんもわかっとらん」
マクリーアがついてくるのは問題ないのだが、恐らくローズはもう少しすればここを立つことになるだろう。
聖女という立場の都合上、彼女に振られる仕事は多い。
出会いがあれば別れがあるのは必定のこと。
離れることへの寂しさはあるが、イナリとしては無理に引き留めるつもりはまったくなかった。
「うちが元気になったら……まずはパワーレベリングからですね。兄ぃ達にすぐに追いつけるように、頑張りますから!」
「うん、期待して待っとるよ」
「――はいっ!」
こうして全ては万事解決し、イナリは再びミヤビを引き連れ来るべき勇者との決戦に備えるために動き出すはずだったのだが……問題が起きたのはミヤビが完治し、マクリーアを護衛につれてタリバーディン湿地帯に出かけようというタイミングであった。
そこで彼らにやってきた来客、その正体は……
「すみません……実は聖女、やめてきちゃいました」
あまりにもあざといてへぺろを見せながらウィンクをする、聖女もとい元聖女のローズであった――。




