誓約
あれから更に中位魔族を狩り出すこと五体ほど。
とうとうあちら側の動きが変わりだした。
どうやら自分達を襲うイナリ達の存在に気付いたらしく、グループを組んで団子になりながらまとまり始めたのだ。
ただその時点でイナリ達は既に中位魔族を複数相手取っても問題ないくらいに戦闘能力を上げている。
イナリ達は団子になっている魔族達のところにも構わず突っ込んでいき、それを殲滅。
更にレベル上げを続けると、とうとう魔族達は逃げるように一箇所に集まり始めた。
彼らが集まったのは、このキルケランの領主である伯爵家の屋敷の中であり……そしてカーマインともう一体の上位魔族がいる邸宅である。
イナリが選んだタイミングは、街から一時的に魔族達が消えたこのタイミングだった。
彼は闇の魔剣に隠密(特大)をつけ、マクリーアへと手渡す。
「というわけで、後は頼んだで」
「……はい、任せてください」
ここまで来れば、イナリ自身がわざわざその身を隠す意味はない。
マクリーアはそのまま剣を受け取る。
緊張からか、その身体はわずかに震えていた。
「マクリーアが上手くやってくれなくちゃ僕とローズ、それにミヤビも死ぬ。期待しとるで」
「まさか今になって、こんなに重要な役目を負うことになるなんて思ってなかったですけど……私にできる限りで、頑張ってみますよ」
彼女は剣を握ると、夜の闇の中に溶けていった。
隠密(特大)の効果は非常に高く、マクリーアの気配は一瞬で捉えられなくなるほど希薄になった。
今の状況なら、彼女はこの街の中で誰からも見られることなく、自由に行動することができる。
マクリーアにはカーマインの誓約を崩すために必要なある物を探してもらう。
「けれど倒すために戦力を分散させるなんて、普通に考えたらありえないことですよね」
「そこが上位魔族のいやらしいところなんよ。あいつらを倒すためにはレベル以外のあれこれが不可欠やから」
「誓約……聞けば聞くほど、恐ろしい能力だと思います」
上位魔族が持つ特殊能力である誓約とは、簡単に言えば魔族だけが持つ特殊なユニークスキルのようなものだ。
魔族は上位に至った時点で、彼らが信仰する邪神に対して誓約を行う。
するとその誓約が、彼らが持つ特殊な能力に変わるのである。
誓約は自らにデメリットを課す代わりに、それに倍するメリットを享受する能力だ。
そして誓約の内容は基本的に自身の弱みそのものであるため、自身の誓約の内容を口にする魔族はいない。
故にこの世界の人間のほとんどは上位魔族が誓約を持っているということすら知らない状態で、人間によって上位魔族が討伐されたのは片手で数えられるほどしかないと言われている。
(まあ勇者リオスが覚醒して聖剣持ったら誓約ぶち抜いて直接攻撃ができるようになるから、そこまでいったらただの経験値サンドバッグになるんやけど)
「でも……ようやくここまで来ましたね」
「ん、そうやね。日にちで言うと半月もかかってないはずなんやけど、めちゃくちゃ長くて濃密な時間やった」
「イナリさんがいたから、私はここまで来れました」
「そんな死亡フラグみたいなん立てるのやめーな。このままちゃちゃっと勝って、三人……いやミヤビも入れて四人で祝勝会や」
もちろん懸念はある。
中でも一番大きい懸念点はやはり、現在のアルットの動きがまったく読めない点だ。
基本上位魔族は我の強い個体が多いので、それ故よほどのことがない限り共闘や協力することはないと思うのだが……できれば所在と目的を知っておきたいところだった。
アルットの誓約はかなり軽いものであり、それ故彼女を相手に戦う場合にはほぼお互いの地力同士での勝負になる。
上手くカーマインを倒してレベルを上げた後で、アルット相手に三人で戦うことができれば最善だ。
「うん、ほな魔力を回復したら、伯爵の屋敷に行こか」
「はい……」
どことなく陰りのある表情をするローズ。
レベルが上がるにつれ、彼女はよくこの顔をするようになった。
最初イナリが出会ったばかりの頃は戦意に満ち溢れていた顔をしていたのだが、今の彼女は触れれば壊れてしまいそうな氷像のような儚さを感じさせるたたずまいをしている。
これから決戦に挑むというのに、戦意がない状態だと非常に困る。
その原因が少しでも解消できるようにと、イナリは話を聞くことにした。
「どしたんローズ、何か懸念でも……」
「イナリさんは……どうしてそんなに無理をしているんですか?」




