【三百三十八 子の心親知らず】
鉄扇公主は文殊菩薩につかみかかって必死の形相で叫んだ。
「この子は将来父親の後を継いで妖怪の王になるんです!釈迦のところなんかにやるものですか!」
「だからおれは……!」
紅孩児は反論しかけたが、どうせ聞いてもらえないと思い、口を閉ざし俯いた。
文殊菩薩は鉄扇公主の手を振り解くこともせず、ただじっと鉄扇公主の目をまっすぐに見据えて口を開いた。
「鉄扇公主、紅孩児はあなたの子であるが、その行く道を定めるのはあなたではない。彼はもう何百年も生きている妖怪なのだ。そろそろ旅をさせてもよかろう」
文殊菩薩の言葉に鉄扇公主は激しく首を振った。
「いいえ!子どもが危険な旅に出ると知り許す親などおりません!齢が幾つであろうと親にとって子は子なのです!」
鉄扇公主は文殊菩薩に負けじとその目を見つめ返して強く言った。
「一人で暮らしたいというから、火焔山から行き来しやすいここならと譲歩しましたのに。流石に親としてこれ以上はゆるせません」
鉄扇公主の言葉に紅孩児は悲しそうに俯いた。
「鉄扇公主殿は、息子殿が可愛くないのかな?」
「んなっ!」
そこへ普賢菩薩が呉鉤剣を納めながらやってきて軽口を叩いた。
「だって可愛くて大事ならば色々な経験を積ませたいと思うものだろう?でも鉄扇公主殿はそうではないということでしょう?」
「可愛くないわけありませんわ!目の中に入れたいほどですわ!」
キッパリと断言した言葉に紅孩児が複雑な表情で顔を歪めた。
「生まれたばかりのこの子は体が弱く、自分の妖力に飲み込まれかけることも少なくありませんでした。ここまでようやく育ったというのに……あたくしの目が届かないところで何かあったらと思うと……!」
鉄扇公主は上衣の袖口で口元を覆いさめざめと涙を流しながら言う。
「おれはもう幼子じゃない。こんなに身体も丈夫になった!もうおれを自由にしてくれよ!」
「いいえ、あなたは妖怪の王になるのですから、命を守らねばなりませぬ!」
文殊菩薩と普賢菩薩は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
どうやら鉄扇公主の子離れは難しそうだ、と。
「ていうか、妖怪の王ってのも自称だよなあ」
「なんですって……?!」
普賢菩薩の言葉に鉄扇公主はまなじりを釣り上げる。
「普賢」
文殊菩薩は普賢菩薩に目配せをして首を振った。
これ以上余計なことを言って話を拗らせるな、と。
文殊菩薩は鉄扇公主に向き直った。
「見聞を広げることは、ご子息の将来を広げることにも繋がりまするぞ。何も知らない王よりも、実際に経験し知識と技術を身につけた方が傀儡にもなりにくいでしょう」
「……」
「それとも……ああそうか、あなたはご子息を王にしたいと言ったけれど、実際は子を傀儡にして好き勝手したいだけでは?ならばそんなまどろっこしいことをせず、もうあなたが妖怪の女王になればいい」
「人間の国もそう言うことあるもんね」
「……っ」
文殊菩薩の言葉に鉄扇公主は何も返さない。
いや、返せないのだろう。
普賢菩薩の軽口にも顔を赤くして震えるだけだ。
そこへ孫悟空たちがやってきた。
揉め事がおさまらないことを心配したのだろう。
「鉄扇公主、コイツは牛魔王譲りの武と、あんたの賢さを引き継いでいる。俺様を倒すくらいなんだから信じてやっちゃどうだ?」
孫悟空が紅孩児の肩を抱いて言うと、鉄扇公主はその手をバシッと畳んだ扇で叩いた。
「うちの子に触れないでくださいます?この子はあなたに憧れているようですけど、あたくしはあなたや夫のようには絶対させないと決めておりますの!」
「孫悟空さん、申し訳ありません……」
孫悟空は母親の代わりに謝った紅孩児の肩を「気にしていない」と言う代わりにニカッと笑った。
また紅孩児に触れたら鉄扇公主が逆上すると思ったからだ。




