【三百三十六 孫悟空、反魂香にて舞い戻り、文殊菩薩と普賢菩薩が降臨する】
しかし喜ぶ孫悟空とは反対に、普賢菩薩は反魂香の香炉を眺めながら難しそうな顔をした。
「ただ問題なのは、紅孩児クンのところに鉄扇公主がいることなんだよね。あの親子ってあまりうまくいってないみたいでさ。紅孩児クンも人見知りみたいだから、悟空、お前さんに口添えを頼めたらなって。反魂香のお代はそれでいいよ」
普賢菩薩が左手の親指と人差し指で輪っかを作って片目を閉じて言う。
「おい待てよ、なんだって?!あのババアが来てるだって?それはやべえな……お師匠様たちが危険だ!おい文殊、普賢、さっさと行かねえと!」
「そうですね。どう言うわけか紅孩児は鉄扇公主と戦っているようです。とにかく早く向かいなさい」
釈迦如来が浄玻璃の鏡を取り出して様子を孫悟空に見せた。
紅孩児と鉄扇公主が戦う奥には孫悟空の亡骸に咽び泣く玄奘たちの姿が見えた。
「もう仲間を悲しませてはいけませんよ、悟空」
釈迦如来に声をかけられ、唇を引き結び孫悟空は無言で頷いた。
「某たちもすぐ向かう。悟空、お主は反魂香にて先にゆけ。普賢、反魂香に火を」
「はいよ!」
文殊菩薩に頷いて、普賢菩薩が香炉に火をつけた。
ふわりふわりと白い煙が立ち上っていく。
孫悟空はその煙に飛び乗ると、玄奘たちの元へ急いだのだった。
枯松澗火雲洞では、紅孩児と鉄扇公主が激しい戦いを繰り広げていた。
剣と槍がぶつかり合う音はだんだんと激しさを増していく。
「お師匠さん、ここを離れないと戦いに巻き込まれます」
猪八戒が玄奘に声をかけるが、頑なにそこを動こうとしない。
玄奘は孫悟空だった石の塊に手を合わせて念仏を唱えていた。
(私が斬られ冥界に行こうとしていた時、皆もこのような気持ちになったのでしょうね……)
自分の行いは自分に返ってくるのだと、玄奘はそう深く考えながら念仏を止め、孫悟空だった石を撫でていると。
どこからか不思議な香りの煙が漂ってきて、その石を覆った。
「……この匂い……」
何かに気づいた沙悟浄と猪八戒は信じられないと言うようにお互い目配せをして石に視線を戻した。
──ピシッ!
突然、石に大きなヒビが走った。
「わっ!」
その大きな音に驚いて、玉龍が尻餅をついた。
「な、なんです一体……!」
一行が驚いているその間にもヒビがどんどん広がっていき、剥がれ落ちた箇所から白い光が溢れてくる。
「お師匠さま!」
沙悟浄は玄奘を外套の内側に匿った。
次々と石が剥がれ落ちていき、光が一瞬の閃光を放った。
「うぅ〜ん!」
光が収まって聞こえてきたのは呑気なあくびの声だった。
玄奘は沙悟浄の外套からそっと顔を覗かせた。
そこには。
「あっ、お師匠様!ご心配をおかけしました!!」
石のかけらを払い落としながらきまりが悪そうに挨拶をする孫悟空が居た。
「悟空!」
玄奘は沙悟浄の外套から飛び出して孫悟空に駆け寄った。
「おいおい、これはどう言うことだよ」
猪八戒たちも玄奘に続いてそばによる。
「無事戻れたようだな」
そこへ文殊菩薩と普賢菩薩も到着した。
「昔みたいに地獄に行って閻魔大王をぶっ飛ばして戻ろうかと思ったんですけどね、こいつらが反魂香を使わせてくれたんですよ」
「これ悟空!そのような言い方がありますか!ちゃんとお礼をなさい!申し訳ありません、このような言葉遣い、全て師である私の不徳のいたすところ……!」
孫悟空の蘇生にホッとする間もなく、一番弟子の言葉遣いに蒼白になった玄奘は彼の代わりに文殊菩薩と普賢菩薩に頭を下げた。
「玄奘よ、気に病む必要はない。こいつは元からこう言うやつだ。それよりもあれをなんとかせぬとな」
文殊菩薩は片手で遁劉椿をクルクルと回しながら、いまだに戦い続ける紅孩児と鉄扇公主を視線で示した。




