【三百三十四 孫悟空の冥界下り】
孫悟空は不思議な場所にいた。
河原のそばに霧が深くが立ち込めている。
草もほとんどない、枯れ木のみの寂しい場所だ。
川が流れているのに水のにおいもない、流れる川の音もない不思議で不気味な場所だ。
「やべえ、しくったな……まさか俺様が死んじまうとは」
孫悟空は腕を組んで悩んでいた。
以前、孫悟空は地獄で大暴れして閻魔大王か
ら出禁になっているし、極楽には釈迦如来がいるから行きたくない。
絶対嫌味を言われる。
今まで玄奘を守ってきたことを労われる気がしない。
「うぅーん……このまま現世に戻って霊体のままお師匠様の護衛を続けてもいいんだろうけどなあ……陰気は生者に良くないしなあ……」
ましてや妖怪の魂魄だ。
瘴気の呼び水になりかねない。
「ワン!」
「どわっ!」
孫悟空が霧の立ち込める中うんうん唸っていると、突然毛並みの良い犬が現れ、吠えた。
「ワンッ!!ワン!」
「げ、哮天犬!」
孫悟空ははるか昔、天界との戦で尻を噛まれて以来哮天犬が苦手だ。
「グルルルル……バウッ!ガウッ!!」
「ひ、ヒィイイイィ!こっち来んな!二郎真君、二郎真君いるんだろ!助けてくれ!」
孫悟空は尻尾を押さえて絶叫する。
「そんな冷たいこと言わないで、哮天犬と遊んであげてほしいな」
顕聖二郎真君がどこからか現れ、哮天犬を止め、優しく撫でながら言う。
孫悟空に牙を剥いて唸っていた時とはうって変わって、仰向けに転がり腹を出してクンクン甘え鳴きをしている。
「こんなにかわいいのに……」
顕聖二郎真君はわしゃわしゃとそのお腹を撫でながら残念そうに呟いた。
「何が遊んで欲しいな、だ!俺様はそいつに噛まれたことを忘れてないからな!噛まないように躾しとけよ!」
孫悟空は枯れ木を見つけて素早く登り、絶叫する。
「敵は噛むけど味方は噛まないよ」
「しんじらんねえ……!お前が見てない時、牙剥き出してるんだぞそいつ!」
孫悟空の言う通り、哮天犬は顕聖二郎真君が孫悟空を見ている時は威嚇をしているのだ。
だが顕聖二郎真君が哮天犬に視線を移すとおとなしくなる。
「戻れ、哮天犬」
顕聖二郎真君はやれやれとため息をついて、哮天犬を袖の中にしまった。
それに安心して孫悟空はようやく木から飛び降りた。
「俺様、そいつとだけは絶対仲良くなれる気がしない。無理」
「玄奘ちゃんに次いで君がここにくるなんてね。一体何をしているんだい?」
顕聖二郎真君は孫悟空に苦笑して腕を組み、近くの岩場に腰を下ろした。
「まあ、ちょっとな。それよりお師匠様を戻してくれてありがとな。助かったぜ」
「役目を果たしたまでさ。でもこのまま君を返すことはできないよ」
「まあそりゃそうだろうな」
「受け入れてるんだ。意外だね」
孫悟空が落ち着き払っているのには理由がある。
魂魄が帰るための孫悟空の体が修復不能なのだ。
「代わりの石でも見つけられりゃそこにとり憑いて新しく生まれ直すんだけど」
「簡単に言うねぇ」
「それなりに術は一式じいちゃんから仕込まれているからな」
孫悟空のいうじいちゃんとは、須菩提祖師のことである。
彼は仙術のことでは右に出るものなし、知らないことはないと言われるほどの仙人なのだ。
ただ、飽きっぽい気まぐれやで、世界どころかあちこちの時代を飛び回っているので、術の弟子である孫悟空でさえ気軽に会うことはできない。
「しかし困ったね。君は天国にも地獄にも出禁もらってるからね。まあとりあえずこのまま先に進み、二又の道を右に行ってご覧よ」
「右だな」
「黄泉の旅路が良いものでありますように」
「よいものであってたまるか!俺様はすぐ反魂法でかえるからな!」
そう大口を叩いて、孫悟空は案内された方へと進んでいった。




