【三百三十三 紅孩児の反抗期】
玄奘が繋いでいる孫悟空の手の感触も石になり、柔らかさがなくなる。
そこにはただ熱せられた黒い石があるだけだ。
「悟空?!」
「ウソでしょ……ゴクウ!」
「おいしっかりしろ、悟空ちゃん!」
「クソっ、悟空、悟空!!」
四人が呼びかけても孫悟空は二度と動かなかった。
「オシショーサマの手、ナオすよ」
「いえ、いいんです……これはこのままで……」
玄奘の手のひらはひどい熱傷を負っていたが、それを治療すると孫悟空がいなくなってしまったことを認めるようで、ジンジンと鈍い痛みと熱をはらむ手のひらの感触を忘れてはいけないと玄奘は思ったのだ。
「八戒、孫悟空は大丈夫って言っていましたよね……でもどうして悟空は石になってしまったのでしょうか」
「……お師匠さん……」
「紅孩児さん、手合わせのはずでしたよね……どうして、どうしてこんなことに……!」
「あの、えっと……」
紅孩児は俯いてオロオロするばかり。
(おかしい……わたしの火炎槍も三昧神風も、孫悟空さんの武と術の数々には遠く及ばないもののはず。こんなに簡単に倒せる相手ではないのに……)
手合わせの結果に紅孩児自身も戸惑っていた。
(わたしが加減を誤った……のか?)
全身から血の気が引き汗が吹き出す。
「よくやりました、紅孩児」
そこへ青い衣の仙女、鉄扇公主が舞い降りてきた。
どこかで孫悟空と紅孩児の戦いを見ていたのだろう。
明るい表情の鉄扇公主とは反対に、紅孩児は表情を固くして俯いた。
「あの太上老君の八卦炉を攻略した孫悟空を燃やし尽くすとは!釈迦如来も太上老君も、崑崙の誰もが倒せなかった妖怪を倒したのです。あなたこそ妖怪の王に相応しい!紅孩児、俯かないで喜び胸を張りなさい!」
鉄扇公主はついと紅孩児の顔を上げさせ、前髪を横に流した。
そんな母親の手を振り払い、紅孩児は膝をつき、頭を抱えて唸った。
「喜ぶだなんて……わたしにはできません!」
「どうして?孫悟空を倒したことは大々的に妖怪たちに知らせましょう!そして次期妖怪王の座を盤石のものにするのです!」
「いやだ、やめて……それ以上、言わないで!」
紅孩児は怒鳴った。
「わたしは……」
一言言って、深呼吸をする。それから母親の鉄扇公主にまっすぐ視線を投げかけた。
「いや、おれはあんたの言うとおりにしてきてたし、ずっとあんたの望む“いい子”でいた。けど!」
「おれ……あんた?!ちょっと聞き捨てならないわね」
「だまれ!今おれが話してるんだよ!喋んな!」
「んまっ!」
とつぜんの紅孩児の豹変ぶりに、玄奘たちも目を丸くした。
「おれは妖怪の王なんてものになる気はない!おれの将来はおれが決める!親だからってあれこれ口出しするんじゃねえ!」
「んま……っ!な、なんて事を!」
思わぬ紅孩児の反抗に、鉄扇公主は扇で歪む表情を隠した。
「玄奘さま、おれが必ず孫悟空さんを甦らせてみせる!だから信じてほしい!」
「……え、え、えぇ……」
玄奘の手を握って紅孩児が言う。
その様子を見て、鉄扇公主は忌々しそうに扇を開いたり畳んだりしている。
「どうやら躾が足りなかったようね。まったく“おれ”だなんて!……だから孫悟空なんかに関わらせたくなかったのよ……!」
「うるせえババァ!あの燃え方は異常だった!大方おれの術に何かしたんだろうけど、絶対許さねえからな!」
「どうやら躾のし直しをお望みのようね……!」
鉄扇公主は扇をパンと音を立てて仕舞い、青峰剣を鞘から抜いた。




