【三百三十 紅孩児、憧れの孫悟空を前にしてモジモジする】
沙悟浄の降妖宝杖を火炎槍で受け止めた紅孩児は、長い前髪の奥からじっと沙悟浄の瞳を見つめた。
紅孩児を見下ろす沙悟浄の瞳には怒りと不安が混じっている。
「師に刃を向けるとは……少し落ち着かれたらどうですか、捲簾大将さま」
「──っ!」
紅孩児が言うと、沙悟浄から力が抜け、二人はそれぞれ武器をおさめた。
沙悟浄は肩で荒い息をつき、絶望したような表情で手を振るわせている。
玄奘に武器を向けたことがよほどこたえているのだろう。
「もう、まったくゴジョーは!またオシショーサマがサンズの川に行くところだったじゃん!」
玉龍の言葉がトドメになった。
「お師匠さま!あなたに刃を向けるなどあってはならないこと!申し訳ありません!申し訳ありませんでした!!」
服についた土汚れをはらいながら立ち上がった玄奘に、沙悟浄は半泣きになって縋り付くようにして謝罪する。
「沙和尚、私はもう大丈夫ですから!」
「申し訳ありません、申し訳ありません!!」
沙悟浄は何度も何度も額を地に擦り付けて謝罪している。
孫悟空はそんな様子をやれやれと頭を掻いてみてから紅孩児に向き直った。
「お前あの悟浄の一撃を止めるなんてやるなあ、紅孩児だっけ?悟浄を止めてくれて助かったぜ」
「はひっ?」
「さすが、牛魔王の息子だぜ!」
「は、はわっ!」
孫悟空に声をかけられ、妙な声をあげて表情をこわばらせた紅孩児は、顔を真っ赤にしてものすごい速さで玄奘の背後に逃げた。
「わっ、紅孩児さま!?」
「そそそ孫悟空さんが、わわ、わたしに言葉を……はわわ、玄奘さま、わたしはどうしたらいいと思いますか……っ?」
驚く玄奘に、紅孩児は背中に隠れたままでボソボソ小声で早口になって言う。
「……普通に話されたら良いのでは?」
「は、話す?!ははは、話す!?そんな、そんな……っ!」
紅孩児は玄奘の返答にさらに顔を赤くして汗をダラダラ流し始めた。
「というか沙和尚、いい加減離してください」
「いやです!数百年待ってあなたとやっと会えたのに引き離されたくなんかない!!」
「そう言うことじゃなくて……」
足元には沙悟浄が縋りつき、背中には紅孩児が張り付いた状態の玄奘は身動きが思うように取れずに困り果てた。
「八戒、玉龍、すみませんが私から沙和尚を引き離してくださいますか」
「ああっ、お師匠さま!」
「わたしはもう大丈夫ですから、ちょっと離れていてください」
普段であればなんということもない玄奘の言葉名のだが、沙悟浄は深く傷ついたような顔をして俯いた。
「ほらほら、悟浄ちゃんはあっちにいこうね」
「ゴジョー!オシショーサマにメーワクばっかり!ダメじゃん!」
「玉龍はもうちょっと優しくいってほしい……」
猪八戒と玉龍によって引き離された沙悟浄は、メソメソしながら引きずられて行った。
自由になった玄奘はようやく背後に隠れモジモジと指先を突き合わせているいる紅孩児に向き直り、声をかけた。
「紅孩児さま、そのような調子では悟空と手合わせなんてできませんよ!」
「えっ、で、でも……」
「おいどうした、紅孩児!お師匠様とぶつぶつ喋ってねえで、言いたいことがあるならはっきり言え!お前の親父さんは雷みたいな大声だったぞ!」
「ひゃっ!」
孫悟空がズカズカと近寄って紅孩児の顔を覗き込む。
だが憧れの孫悟空に顔を覗き込まれ、恥ずかしくなったのか紅孩児は袖で口元を隠して後ろを向いてしまった。




