【三百二十九 沙悟浄、正気を失い紅孩児の洞府の前で暴れる】
孫悟空たちは觔斗雲の速度を最大に上げ、音速超えて光速の速さで紅孩児の洞府へと辿り着いた。
玄奘が酷い目にあっていないかと心配で、枯松澗火雲洞の扉を叩いて叫ぶ。
太上老君は、紅孩児は顕聖二郎真君の友人だから大丈夫だろうと言っていたが、あの残酷な鉄扇公主の息子だ。
何をされているかわからない。
「お師匠様!お迎えに来ました!今すぐ助けますからね!」
「悟空、そこを退け!ぶち壊してやる!」
扉の向こうに玄奘がいるということですっかり正気を失ったらしい沙悟浄が、降妖宝杖を振りかぶって低い声で言う。
「ちょ、まっ、悟浄ちゃん落ち着いて!」
猪八戒が慌てて沙悟浄を羽交締めにして止める。
一行の中でいちばん体格のいい沙悟浄を止めるのは、いちばん力持ちの猪八戒でも大変だ。
「そうだよ!扉の向こうにオシショーサマがいたらどうするのさ!」
玉龍の一言に沙悟浄はハッとして「それもそうか」と呟いて体の力を抜いた。
しかし猪八戒と玉龍がホッとしたのも束の間で、するりと猪八戒の拘束から逃れた沙悟浄は再び武器を振り上げた。
「お師匠さま!扉のそばにいるのなら離れてください!その扉、ぶっ壊しますから!」
「八戒!ちゃんと悟浄を止めとけよ!」
「わかってるけど!悟浄ちゃんの力が強すぎて……おじさん、も、もう無理かも……!」
「ゴジョーのバカ!」
後ろから猪八戒が羽交い締めにし、前から玉龍が沙悟浄を押しとどめる。
「おい!紅孩児!洞府を壊されたくなかったら早く出てこい!!」
孫悟空は扉をさらに強く叩いて怒鳴った。
すると。
──キィ……。
小さな音を立ててゆっくりと扉が開いた。
ひょっこり顔を覗かせたのは赤髪の少年だ。
「牛魔王と同じ赤髪……なるほど、テメェが紅孩児だな」
「は、はわ……!」
孫悟空がそう言うと、長い前髪の奥に覗く金の瞳が驚きに見開かれ、またすぐに扉が閉まってしまった。
「ゴクウ!ナニ言ったのさ!扉閉まっちゃったじゃん!」
「え、いや、俺様は何も……」
「やはり扉を壊す!そこを退け、悟空!」
「だからダメだって、悟浄ちゃん!」
紅孩児が締めた背中に当たる扉の外から騒ぐ声がする。
騒がしい声と同じくらい騒がしいのは紅孩児の鼓動の音だった。
初めて目にした孫悟空の姿に、紅孩児は息が止まりそうになった。
「カッコ良かったぁ……」
孫悟空のすがたは、父親から寝物語に聞いていた冒険譚の、紅孩児の想像の中の姿よりも何倍もカッコ良くて、照れくさくてすぐに扉を閉めてしまったのだ。
「はう……」
猿の妖怪と言っていたけど、くりくりした瞳に凛々しい眉毛、少し不機嫌そうな表情がまた渋い感じで、剛毛で体が大きいだけの父親とは全く違う。
扉に背をつけてうっとりと頬を染めている紅孩児に、玄奘は遠慮がちに声をかけた。
「紅孩児さま、大丈夫ですか?弟子たちが騒がしくして申し訳ありません。ここは私が参りましょう」
「あっ、玄奘さま!」
まだ心の準備が整っていないのに、と止める間も無く玄奘は扉を開いて出て行ってしまった。
(なんか知らないけど、すごく怒ってるひともいたから危険だ!)
「ま、待ってください!」
紅孩児は気持ちを整えている場合じゃないと、玄奘を追って外に出た。
外に出ると、目を光らせたすごく大きい何かが持った武器が、玄奘を目掛けて振り下ろされた時だった。
「悟浄!馬鹿野郎っ、お師匠様だぞ!」
孫悟空が叫ぶ。
「えっ?!」
沙悟浄は孫悟空の言葉にハッとしたが武器を振る手はいきなり止められない。
「──危ないっ!」
紅孩児は玄奘の服を引いて力ずくで下がらせると、持っていた武器、火炎槍の柄でそれを受け止めた。




