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深沙の想い白骸に連ねて往く西遊記!  作者: 小日向星海
第十九章 孫悟空と紅孩児
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【三百二十八 紅孩児が玄奘を引き止める理由】

 玄奘が紅孩児の洞府で過ごして数日経った。


 紅孩児の甲斐甲斐しい世話のおかげで、玄奘は十分に回復した。


「あの、もう十分に回復しましたし、ご迷惑をお掛けするのも心苦しいのでそろそろ帰りたいのですが……」


 食器を下げにきた紅孩児に玄奘は思い切って言った。


「もう少しここにいてくださいませんか」


 紅孩児は食器を片付ける手を止め、玄奘のそばに座った。


「あの……なぜ?」


 真剣な表情で懇願するように真っ直ぐに見つめてくる紅孩児に、玄奘は戸惑い首を傾げた。


「何か私がこちらにいたほうが良いということでもあるのですか?」


 寝台は玄奘が使っているので、洞府の主人でありながら紅孩児は長椅子で休んだり、薬湯や食事の支度など、不便だったり手間のかかることばかりだろうに、どうして玄奘を引き止めるのだろうか。


 玄奘の問いかけに、紅孩児は言いづらそうに俯いた。


「理由を話していただければ、お力になれるかもしれませんよ」


 玄奘の言葉に紅孩児は弾かれたように顔を上げた。


「ええと、どこからお話ししたら良いか……」


「では、なぜ鉄扇公主さまが私をここに連れてきたのか、理由を教えてくださいますか?」


 困ったようにいう紅孩児に玄奘は優しく訊ねた。


「はい。母はあなたを人質にしてお弟子さんたちと戦うように言ってきたのです」


「戦う……私を食べるようにとは言われていないのですか?」


「母からあなたが玉果ということも教えてもらいましたが、わたしは人や動物など生臭モノは一切受け付けられないので、そこは安心してください」


「そう……なのですね」


 妖怪といえば肉や血を好むものと思っていたから、玄奘は驚いた。


「親や周りの妖怪たちが食べているのを見て、受け付けなくなってしまったんです。妖怪なのに変ですよね」


「そんなことないですよ。それぞれ苦手なものもありますし、どうしても食べられないものだってあります。そして、周りが食べられているのに自分だけ食べられないことは恥ずかしいことではありません。少なくとも、私はそう思います」


 俯く紅孩児に玄奘は首を振ってそういうと、紅孩児は頭を掻いて困ったような顔で笑った。


「私の父である牛魔王は妖怪たちを従え今は妖怪の王を名乗っています。母はいずれその跡を私に継がせようと考えていて、箔をつけるために最強の妖怪である孫悟空さんを倒せというのです」


「……それは……大変ですね」


「わたしは妖怪の王になることなんて全く考えていません。妖怪は元々それぞれ自由に過ごして生きていくモノなのに、おかしいと思うからです。でも……」


「でも?」


「じつはわたしは、純粋に孫悟空さんと手合わせをしたいのです。その許可を彼のお師匠様であるあなたにいただきたいのです」


 予想以外の申し出に玄奘はきょとんとして首を傾げた。


「許可も何も……お互い傷ついたり危険なことがないのならば、私はとやかく言いませんよ。命を落としたりするというのならば別ですが」


 玄奘の返答に、心底嬉しそうに紅孩児が微笑んだ。


「孫悟空さんはとてもお強い方だと父の牛魔王から聞いていました。幼心に父から聞く孫悟空さんの武勇伝、とても面白かった!まあ、母は良い顔をしませんでしたが、私にとって孫悟空さんは伝説の英雄なのです!」


 目をキラキラさせて、興奮して純粋な幼子のように話す紅孩児を玄奘は微笑ましく思った。


(彼は孫悟空に憧れているのですね)


 紅孩児は興奮しながら牛魔王から聞いたであろう孫悟空の武勇伝を話してくれた。


 天界との戦いや、牛魔王と一緒に妖怪たちと縄張りを争ったことなどだ。


 内容的には確かに、あの生真面目な鉄扇公主は好まなさそうなものだったが、玄奘も孫悟空の物語はワクワクするものばかりだった。


「そうですか。なら、ここを出て悟空たちの元に帰らねば……」


「あっ、でもちょっと心の準備がまだ……はー、孫悟空さんに会うと思うとドキドキする……あの、わたし、変な顔していません?なんかもう少し服を変えようかな……」


「大丈夫ですよ。紅孩児様はそのままでとても素敵です」


「そうですか?わたし、孫悟空さんのことを考えるとこうなってしまうので、心の準備が整うまで玄奘さまにはもう少し洞府にいていただきたくて……!」


 ───キィイイイイイン!


 その時、空気をつんざくような甲高い音が響いた。


 寝台脇の卓上にある茶杯がカタカタと振動音を立てる。


「な、なんの音です?!」


 耳をつんざくような音に耐えきれず、あわてて玄奘は耳を塞いだ。


 やがて大きな爆発音がして、その甲高い音は止んだ。


 そして、次には乱暴に扉を叩く音とどなり声が聞こえてきた。


 玄奘と紅孩児は無言で顔を見合わせた。


 何を言っているかわからないが、ものすごく怒っているというのは伝わる怒鳴り声だ。


「玄奘様はこちらで。外を見てきます」


 紅孩児はそういうと寝室を出て、壁に立てかけてあった赤い槍を手にし、外へ駆け出した。


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