【三百二十六 生還した玄奘、紅孩児の住処にて世話になる】
ここは彼岸の入り口だと、軽い気持ちで言う顕聖二郎真君に玄奘は顔面蒼白になって俯いた。
「なんと言う事を私は……!」
紅孩児が「ちがう」と首を振った。
「これはわたしの事情にあなたを巻き込んでしまったために起きた事で、あなたに咎はありません」
「いえ……いいえ、私は観音菩薩さまからも言われておりました。命を粗末にするな、自分を犠牲に使うなと!でも私はそれを守らなかった。弟子たちもいると言うのに、私は……私はなんと浅はかなことを!」
手で顔を覆い、玄奘は後悔に咽んだ。
ようやく巡り会えた沙悟浄とも、ほんの少し過ごしただけで今生の別れとなってしまったなんて。
後悔してももう後戻りできない。
「だから紅孩児が君を連れ戻しに来たんだよ」
「え?」
予想外の言葉に玄奘は顔を上げた。
「初めまして。わたしは紅孩児といいます。二郎、神鷹での連絡ありがとう。玄奘様はわたしが連れて行くね」
紅孩児は神鷹を顕聖二郎真君に返すと、玄奘に手を伸ばした。
「待ってください、面識もないあなたに私を連れ帰る理由はないはずです。なぜ、そこまで」
「わたしの洞府にあなたの体があるのです。だから、わたしはあなたを甦らせるために来ました。
「あなたの、お宅に……?」
紅孩児の住処に何故、と思ったことを見抜いたのか、紅孩児はその理由を話した.
「母親が……鉄扇公主がわたしの家にあなたをつれてきたのです。あなたの体はお弟子さんが治したようだけど魂が戻っていない状態で。だから二郎に頼んであなたの魂を探してもらってここに迎えにきました」
「わたしは、戻れるのですね……!」
紅孩児の言葉に玄奘は顔を明るくした。
紅孩児が頷いて玄奘の手を握る。
「もうこれからはこんな無茶したらダメだよ、玄奘ちゃん」
顕聖二郎真君が言うと、神鷹がピャアと一声鳴いた。
次の瞬間、玄奘が目を開くとそこは見慣れない天井があった。
「よかった……戻ってこられたようですね」
安堵の声が聞こえ、振り向くと三途の川で会った紅孩児がいた。
(ここは紅孩児さまの……)
紅孩児は安堵のためか表情を和らげ、寝台の傍らにある卓の上に盆をおいた。
「粥を作りました。後これは仙草を煎じた薬湯で、太上老君からです。苦くても飲むようにと、ことづかっております」
白い粥の隣にある薬湯の入った茶杯は、深緑の明らかに苦そうな色をしている。
「よろしければ薬湯を飲んだらお口直しにこちらを」
紅孩児はそう言って、薄桃色の小さな菓子を盆に置いた。
「色々とありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「いいえ、わたしの母が申し訳ないことをしました。詳しくはあなたが回復してから改めてお話しします。まずはゆっくり体を休めてください」
申し訳なさそうな顔をして紅孩児はそう言うと退室して行った。
鉄扇公主に似て丁寧だが、彼女と違い残酷な面はかけらも感じられない。
玄奘はホッとして、薬湯の入った茶杯に手を伸ばした。




