【三百十九 青き仙女、鉄扇公主襲来する】
そこへ八戒と孫悟空に守られながら九麻夫人が近づいてきた。
「妹妹、あなたは私を終生愛すると言った。だからずっとそばにいられるように姉妹の契りをかわしたのに……一体、なにがあなたを変えてしまったというの……?」
「九麻……、くっ……」
九麻夫人の訴えかける声と視線に玉面公主か額に手を当て苦しげにうめいた。
そのたびに玉面公主から瘴気が揺らいで立ち上る。
「その瘴気は一体どうしたと言うの?!牛魔王のところで、あなたに何が……!」
「牛魔王……ぎゅう、まおう……?」
九麻夫人の言葉に玉面公主から立ち上る瘴気は色を濃くして広がっていく。
と同時に玉面公主は意識を虚にさせていく。
「ねえ、玉面おばちゃんの様子が変だよ!叔父さん!」
「くっ……わ、うわっ!」
狐阿七大王は自身たちにも迫ってくる瘴気に向けて七星剣を素早く抜いて振るうが、赤黒い瘴気がその刃に絡みつき、逆に取り上げられてしまった。
「もうっ!叔父さんてばなにやってるのさ!」
「取られちゃったじゃん!」
「いや、しかしあの瘴気、おかしい……剣を掴まれた瞬間、力が抜けて……」
甥っ子たちに責められ、狐阿七大王は手のひらを見つめながら呆然とつぶやくしかできない。
「なんだ、これは……このような瘴気の動き、見たことないぞ!」
太上老君は芭蕉扇を振って迫ってくる瘴気を押し返そうとするが、全く効いていないようだ。
玉面公主が放つ瘴気はゆっくりと大きくなり、ジリジリと侵食していく。
「俺たちが崑崙で見た瘴気とはなんだか違う気がする……」
「ああ、動きがおかしい」
「うねうねと気持ち悪ぃな!」
沙悟浄たちは武器を構え玉面公主にその先を向けた。
「玄奘殿、まだか!?」
いつまで経っても浄化の力が上がって来ず、太上老君が玄奘を振り返りつつ悲鳴交じりの声を上げたその時。
「うっ!」
「ぎゃっ!」
玄奘と玉龍の悲鳴が聞こえ、みんな一斉に振り返った。
そこには気を失った玄奘と玉龍の姿があり、見たことのない細身の女性が立っていた。
「お師匠さま!」
沙悟浄が素早く駆け寄ろうとしたが、女性は腰に佩いた細身の剣をぬき、切先を気絶する玄奘へ向けた。
無言だが近寄れば玄奘を斬ると言う意思表示だ。
女性は青色の薄手の衣を羽織り、長い髪を後ろでひとまとめにし、涼やかそうな一重の目元には青色が引かれている。
華美なものは好まないのか、装飾品は質素なものだ。
だがそれがいっそう、彼女の凜とした佇まいと鏡面のように静かな水面を思わせる美しさを際立たせている。
「何者だ」
太上老君が訊ねると、青い女性は口角を上げて深くお辞儀をした。
彼女がお辞儀をすると、細く長い髪が静かな滝のように肩口に流れる。
「お初にお目にかかる……と言ってもお互い長く生きる身、かつてどこかでお会いしたかもしれませんね。あたくしは牛魔王が妻、鉄扇公主と申します。以後、または再度のお見知り置きを」
「あ……ああっ……っ!」
鉄扇公主の姿を見た途端、玉面公主は九つの尾をだらりと下げ、恐怖にガタガタと震え出した。
「妹妹?!」
そのおかげで瘴気は消えたが、あまりにも怖がるその様子に、その場にいた誰もが玉面公主の異変の原因が鉄扇公主にあると見抜いた。
「鉄扇公主、あなたが私の大切な義妹に何かしたのですね?!」
九麻夫人はまなじりを吊り上げ、怒りに狐火をゆらめかせながら鉄扇公主にたずねた。
「何か?夫の愛人の管理は、正妻であるあたくしに一任されておりますの。そこにいる玉面公主は我が夫、牛魔王が愛人の一人。感情の起伏が激しい九尾らしく、あたくしの妖気でねりあげた瘴気とよくなじみましたわ」
口元に手を当てなんてことのないようにカラカラと笑う。
「叔父さん、あの人怖いよ……」
「銀炉も……」
ぎゅっとしがみつく甥っ子に、狐阿七大王も震える手に力を込めた。




