【三百十 玄奘、孫悟空をおだてて手のひらで転がす】
二人の態度に孫悟空は怒り心頭となり、足を踏み鳴らす。
「テメェらなんだその態度は!本当に反省しているのか!?」
「悟空、良いのです。この子たちにも何か事情があるのでしょうから」
「お言葉ですがお師匠さま、オレも悟空と同じ意見です。こいつらには反省の態度が見えない」
沙悟浄が言うと、玉龍と猪八戒も頷く。
「そうだな。わしも師としてこやつらの態度は情けない。ちと仕置きを与えねばならぬと思う」
太上老君の言葉に金炉精は下唇をキュッと噛んで俯き、仕置きという言葉に怯えた銀炉精はあたふたと兄を見る。
「お前たちは玄奘殿をどうしようとしたのだ?牛魔王に玄奘殿を差し出す気だったのか?それとも、母親に食べさせるつもりだったのか?どちらだ?」
「金炉たちは……その……初めは玉果の成分を使った化粧水を作ろうと思っていたんです。でも……」
「母の衰弱がひどくて……」
金炉精の言葉をついで銀炉精が言う。
二人は化粧水にするよりも、玉果を食らわせればよくなると考えたのだ。
太上老君は大きなため息をついた。
「私もいけなかったのです。姉の生きる力になればと、浅はかにも姉の衰弱した姿を彼らに見せてしまった……お詫びにもならないかもしれませんが、私の尾を謝罪の形として、玄奘殿にお渡ししたく……」
妖狐の尾、しかも七尾もある狐阿七大王の尾となればかなりの値打ちになるだろう。
「とんでもない!そのような大切なものをいただくわけには参りません。お三方の謝罪で私は充分ですから」
ね、と玄奘は慌てて太上老君に言う。
「俺様がもらってやってもいいんだけどな」
「悟空!」
軽口を叩く孫悟空を嗜め、玄奘は弟子たちを振り返る。
沙悟浄はため息をつき、一言「お師匠さまがいいのなら」と言って武器を下ろした。
「お前たち、玄奘殿に感謝するのだな。本当であればお前たち二人の破門と叔父上の尾だけで済むことではないのだぞ」
太上老君に言われ、金炉精と銀炉精は肩をすくめた。
「さて、あとはこのわしに任せ、玄奘たちは天竺への旅を再開するといい。観音菩薩も浄玻璃の鏡の前で生きた心地をしていないからな」
どこかで見ているのだろうと面倒臭そうに太上老君は頭をかきながら言う。
「おっ、それはありがたいぜ。なにせ、俺様たちは大事なお役目の途中なんだからな。さ、いきましょうお師匠様。今、觔斗雲を呼びますからね」
嫌味ったらしく「大事なお役目」と言う言葉を太上老君にむけて強調して言った孫悟空が觔斗雲を呼ぼうとしたその時。
「悟空、少し待ってください」
「お師匠様!」
玄奘の制止に孫悟空は抗議の声を上げた。
沙悟浄と猪八戒、玉龍は顔を見合わせてやれやれと首を振った。
皆玄奘が何を言うかわかっているのだ。
「なんです悟空。そんな声を上げて」
「そりゃ悲鳴も出ますよ!お師匠様のことだからどうせ、あのチビたちに“私に何かできることはありませんか?”とか言うつもりなんでしょ?!」
「よくわかっているじゃないですか。さすが、私の一番弟子ですね」
「そうですよ、俺様は優秀な一番弟子なんです……って、お師匠様!」
玄奘は孫悟空をおだてて微笑み、金炉精と銀炉精の元へと向かった。
こうと決めたら絶対曲げない玄奘である。
「な、何……ですか?」
金炉精が銀炉精を庇うようにして前に出て、蚊の鳴くような声で玄奘に尋ねる。
玄奘は彼らを怖がらせないように優しく微笑み、視線を合わせるために身を屈めると、柔らかな声音で話した。
「もしよろしければ、あなた方のお母様に会わせていただけませんか?私に何かできることがあるかもしれません」
「えっ?」
思いがけない玄奘の申し出に、金炉精と銀炉精は顔を見合わせた。




