【三百八 金炉精、銀炉精、玄奘に救われ迷う】
太上老君が普陀山を出たその頃。
二人の童子は凄まじい吸引力になすすべもなく吸い込まれていた。
「わああああっ!」
紫金紅葫蘆に吸い込まれた金炉精と銀炉精は玄奘の結界の真上になんとかしがみついた。
金角の鬼神変化も解け、元の童子姿だ。
玄奘を卵形に包む結界はツルツルとしていて、気を緩めたら溶解液に落ちてしまいそうになる。
溶解液はすでに玄奘の腰のあたりまで上がっており、狐狸精に戻った二人の尻尾の先が触れそうなくらいだ。
「絶対手を離すなよ!離したら溶けちゃうからな!」
「うう……ねえ金炉、どうしよう。叔父さん、あいつらにやられちゃうかも……!」
「大丈夫さ。きっと。叔父さんだって尻尾が七つあるんだから」
狐狸精の妖力の強さは尻尾の数に比例する。
最強の狐狸精の尾の数は九つ。
その昔人間の世界を恐怖に陥れた有名な狐狸精の妲己の尾の数も九つだ。
金炉精と銀炉精は二本しかないが、二人の母親の九麻夫人は九つの尾を持っている。
彼らの叔父の狐阿七大王も、狐狸精では多い方の、七つの尾を持っている。
「金炉……」
金炉精の言葉に、銀炉精は頷いた。
叔父ならきっと大丈夫だと今は信じるしかないのだ。
金炉精は銀炉精の手をぎゅっと握って頷いた。
「金炉たちもここを出て、この玉果を母さまに食べさせるんだ。それならきっと助けられるんだから!!」
「うん、そうだね!……それにしても、この人間が玉果なんだね」
「うん……」
「この人……母さまに食べさせられる?」
「それは……」
弟の問いかけに金炉精は口をつぐんだ。
どうやって食べさせたらいいのだろう。
妖怪だが神仙の修行をしている金炉精と銀炉精は動物を料理したことも食べたこともない。
それに、この儚げな僧侶を食べるというのも、なんだかかわいそうな気がする。
「銀炉……金炉は……」
その時、二人に気づいた玄奘は半眼のままで経を唱えながらスッと手を伸ばした。
「うわ、わ、わぁ……っ!」
「な、なに?!」
すると不思議なことに二人は玄奘の張った結界の中へと迎え入れられた。
溶解液の脅威から逃れ、幼い狐狸精たちはホッと胸を撫で下ろす。
結界の中は線香を焚いていないのに沈香の香りに満ちている。
驚く金炉精と銀炉精に微笑むと、玄奘はまた目を閉じて経を唱えた。
「敵を助けるなんて、なんてお人よしな……」
「金炉……」
金炉精の呟きは小さすぎて、銀炉精には聞き取れなかった。
一方、外界では沙悟浄が孫悟空につかみかかっていた。
「悟空、何をやっているんだ!紫金紅葫蘆からお師匠さまを出さなければならないのに、あいつらを吸い込んだってなんの意味もないだろう?!」
「そうだよ。どうやって出すんだよ。あいつらまで出てきちゃうだろ」
「大丈夫だって。こいつなら出し方を知ってるだろ?」
なっ!と、孫悟空が話をふるが、狐阿七大王は瞼を伏せて首を振った。
「私は知らないのです……紫金紅葫蘆から中に入ったものを外に出す方法は……」
「なに?!」
「知っていたとしてもできないのです。太上老君の宝貝は太上老君にしか扱えません。あの二人が使っていたのは、太上老君に師事しているからでしょう」
「なんだと……っ!?」
「じゃあ誰もおシショーサマたちを助けられないってこと?」
玉龍の問いかけに、申し訳なさそうにして狐阿七大王は頷いた。
「じゃあボクを吸い込んでよ!さっきみたいに龍になって助けてくるから!」
「やめた方がよろしいでしょう。中身が空の羊脂玉浄瓶とは違い、こちらの中には溶解液が充満しています。少しずつ水位を上げて、吸い込んだものを溶かしていくのです。あなた方のお師匠様が吸い込まれてだいぶ時間が経っているでしょう?かなりの水位になっているでしょうから、入ったとしてもあなたも溶かされるだけですよ」
狐阿七大王の言葉に普段は赤い孫悟空の顔が真っ青になった。




