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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第35話 誰かための戦争を

「ぬん!」


 老騎士の雄叫びと共に振り下ろされた大剣が、巨漢の緑褐色の肌を切り裂いた。


 緑と赤の混じった血と肉が飛び散る。さっきまで殺気で血走っていた眼が絶望に染まる。


 倒れるオークの兵。息を吐く老騎士ダナン。


「ふぅ……よし、次じゃ。堪えるのぉ全く」


 大剣を肩に担ぎ上げ、駆けだすダナン。向かう先は、次の敵。


 ダナンの全身を彩るはミスリル鋼の鎧。握られる得物はミスリル鋼の大剣。


 ダナンは振り返る。彼の眼に、倒れたオークに駆け寄る青い髪の女が見える。ミスリル鋼の鎧に身を包んだユーフォリアだ。


 彼女がその白い手をオークの斬り裂かれた身体に翳す。流れていたオークの血が止まる。それを見て、また一つ息を吐いてダナンは前に駆けていく。


 ――思い出す。数刻前、轟音響く飛竜の腹の船で言われたことを。


「いい? 降りたらダナンとラギルダは前に向かっている兵だけを倒して。後ろを見ている者。足を止めている者はほっといていいから」


「前……どこを前とすれば?」


「戦場の中心……アルクが戦っている場所。軍の区別はいらない。敵か味方かはどうでもいい。ただ、前に向かって足を動かしている者だけを倒して」


「さっぱり意図が」


「大丈夫。やってればわかるから。それと、ユーフォリア。あなたは負傷した兵を片っ端から治療していって。神種以外の、兵を」


「は……はぁ……あの、片っ端からって、敵と味方とか」


「いらない。神種以外、ダナンとラギルダが倒して息がある者も治して」


「は、はぁ……? え、それ治った瞬間に私殺されませんか……?」


「大丈夫。私が後ろからこの長火砲で狙ってるから。ま、危なそうなら中途半端に治して離れていいから」


「はぁ……あの、何でそんなことを」


「すぐにわかる。大丈夫。悪いようにしないから。あなた達は人の国を直したいのでしょ? だったら、大丈夫。作業のように一つ一つをこなしていって」


「はい……」


 言われた通りに、言われるがままに、ユーフォリアは倒れた兵に手を伸ばす。輝く手が兵の傷を癒していく。


 斬り裂かれたはずの胸を撫でながら、一切の傷が無くなった胸を擦りながら、オークの男は眼を丸くさせユーフォリアの顔を見あげる。


 彼の眼に、それはどう映ったのか。


 ミスリル鋼の鎧を鳴らし、ユーフォリアが前を向く。斧に足を飛ばされ倒れる獣人を彼女は見つけた。


 オークの男に一声もかけず、彼女はその獣人の元へと駆け寄った。ただ言われるがままに、ただ、進むために。


 ユーフォリアの視界に、赤い瞳の男が入った。


「ん? 何だお前た」


 ユーフォリアが焦点を合わせるよりも早く、その男の頭が砕け散った。遅れて遠くから火薬の炸裂する音が鳴り響く。


 ユーフォリアはメナスの言葉を思い出した。


「あっけなく、できるだけあっけなく、できる限りあっけなく、神種を見つけたら目立つようにあっさりと頭を砕きなさい。頭を砕けば神は動かなくなる。他の種から見れば絶命に見える。あっさりと、あっさりと殺してみせなさい」


 息を飲むユーフォリア。青い髪が風に轟音に揺られて靡いている。空の上で、巨大な竜が翼で風を打っている。


 何かがズレていく。何かが動きだしていく。少しづつであるが確実に――


 耳を覆いたくなるほどの雄叫びと、勇敢に前に進む兵士たちと、混乱する者たちと。


 戦場も、戦場も、戦いも、争いも


 全ては、意志を通すためのモノだ。


 意志を通すためのモノであるはずだ。


 自分の意志を、自分の我を、押し通すためのモノがであるべきだ。


 いつからだろうか。『それ』に、我が無くなったのは。


 七つ神二つ。長と超。死と生。


 一つ


「うおおおおおおおおりゃあああああああ!」


「うわぁぁぁぁぁ!」


 二つ


「く、くそっ! 何て強さだフレイア! 剣一本しか使ってないのに!」


「いい加減くたばれシャールディ!」


 三つ


「くっ……流石は……!」


「伊達に歳くってねぇなフレンナ……」


 四つ


「……まずい。まずいぞ。ハルティアさんまずいぞ」


 五つ


「アルトス、まずいぞこれは。このままだと」


「今やるかメナス様……!」


 六つ


「……オークの王よ」


「……獣人の王よ」


 ゆっくりゆっくりゆっくり


 『皆がゆっくり気づいていく』


 ――七つ


「王……」


「もういい。我らリザード族。これより国に帰るぞ」


 ――これは、誰かが始めた戦争だ。


 生きるためか、死ぬためか、理由はすでに万の年月に押しつぶされてしまったが、それでもこれは誰かが意思を持って始めたのだ。


 故に、それを終わらせるのは『誰か』でなければならない。


 誰だ?


「オーク兵にオーガ軍……獣人族、ウルフェン、天使種までも……後ろから、後ろから消えていく……」


「撤退命令があったか?」


 ゆっくり


 ゆっくりゆっくり


 ゆっくりゆっくりゆっくり


「はぁはぁはぁ……くそ、駄目だ。一斉に……天使ども集……あ、あれ? どこいったあいつら」


 挙がる大槍。流れる赤い血。深紅の旗が、はためくが如く。


 槍の持ち主は口角があがりっぱなしだ。男の赤錆びた鎧は返り血で滑り、より一層赤さを増している。


 彼の足元に転がる神と呼ばれていた者達の身体。神々の死体。


 不死などない。不滅などない。神と呼ばれるだけの生命体に、そんなものはない。


 その現実を、眼に頭に、身体に叩き込むようなこの光景。


 『誰か』が気づかないはずがない。


 壊れるはずのない盾を腕ごと壊され、倒れていたアルケイアがその混濁する意識を消さぬよう息をしながら、虚ろな目で神種としては短い20数年の生の先で、ようやくそれに気づいたように。


 戦おうと戦場に向かっていたのに、戦うまでもなく訳の分からないところで、最後方で殺されかけた者達が気づいたように。


 死にかけた身体を治されて、死の恐怖から逃れた者達が気づいたように。


 『誰もが』それに気づいたのだ。


 ――――この戦いは自分たちが始めたんじゃない。


「何をしている! 逆賊を倒さねば世界が終わるのだぞ! 我ら神に従え!」


 お前たちの世界が終ろうが、自分たちには関係がない。


「くそ! 戻れ! 戻るんだ! 全てが平等な世界が欲しいんじゃないのか!?」


 お前たちが欲しい平等は自分たちが欲しい平等ではない。


「お前ら! 勝手に退いてタダで済むと……おい! おい! お……」


 誰か聞くだろうか。大槍に叩き殺される者の声など。


 退いていく。次々と退いていく。神種以外の者達が、その戦場から消えていく。


 そうだ。誰かが始めた戦争は


「アルトス……どうする?」


「は……結局、歪んだ世界だと言うことだ」


 自分の手で終わらせることができるのだ。


 ――甲高いオリハルコンの金属音が鳴り響く。


「で、こっからどうするメナス様よ」


 大槍を肩に乗せて、赤錆びた鎧を来た男が、赤錆の騎士アルクァードがはるか遠くにいるメナスに問いかける。


「決まってるでしょ?」


 遠くにいるメナスがその問いに答える。遠距離でも問題なく会話ができるのは、メナスが法術を使っているためだ。


「八つ目を壊す。それで出てくる。必ず出てくる」


 アルクァードがニヤリと笑う。メナスが笑みを浮かべる。


「この世界を創った神が、必ず出てくる」


 アルクァードの前に。遥か先の前に。黒い大きな剣を握っている男が立っている。


 美しい顔に、輝く赤い瞳。


 創られた戦いで目覚めた十階位の神器を持つ神、ガルディン。


「さぁ、引きずり出してアルクァード。世界を、壊しましょう」

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