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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第35話 崩壊

 ――神々の戦場に男が現れた。


 男は大きな槍を振り回し、次々と神々を倒していった。


 神の肉。神の血。赤いそれを浴びながら、男は神々を屠っていった。


 男の一振りは神をただの生物に変える一振り。男の一振りは、神を否定する一振り。


 その光景、神という絶対的存在を、ただの神という名の種族に変えるその光景。


 その光景が、否が応でも知らしめる。


 『世界は彼らのものではなかった』


 誰がための、今なのか。


 誰のための、命なのか。


 意味なく死ぬ命があれど、意味なく生まれた命があれど、それでも今彼らは生きている。


 生まれて、生きている。


 それは罪であろうか。それは罰を受けるべきものであろうか。


 生きているということは罪である。


 全てを壊せるその槍は罰である。


 ついに現れたのだ。彼らを罰せる者が。


 ついに来たのだ。彼らを罰する者が。


 歌え。


 賛美の歌を歌え。


 今日この日、神々の戦争は終焉を迎え、新たな戦いが始まる。


 神々の生を謳え。神々の死を謳え。


 今日この日に彼らは『神様』ではなくなるのだから、最期の歌を歌うべきだろう。



 ――――



 ――――



 ――――



 ――――



 一振り。それだけで神の徒三神が砕け散る。飛び散ったのは赤い血。赤い肉。赤い欠片。


 二振り。どんなに固い鎧を身に纏っていても、どんなに強い腕力があったとしても、その槍の前には無力。また三つ、砕け散る。


 三振り。横に払われるそれはまさしく死の鎌である。神は、神という名の種でしかなかったとそれは教えてくれる。


 四振り――――


「なんだこいつは! 強いぞっ!」


「くそっ! あと少しだと言うのに!」


「下位の神徒ではかなわんぞ!」


 先ほどまでの優勢は、一体どこへ行ってしまったのか。


 軍神と魔神、両陣営と袂を分かち目的のために集まった解放の使者。世界の反逆者。


 ほとんどの神種を殺し、次の世界へと向かいたい彼ら。


 勝利寸前の彼ら。


 それが


「どうした! これで終わりか!? 終わっちまうのか神様どもよォ!」


 たった一人の、突然現れた大槍を持つ男の前に、次々と倒されていっているのだ。


「誰かあいつを止めろ! 遠く……おい聞け! 聞けよ!」


 神の国は、神の種の支配する世界だ。淡々と、脈々と続いてきたその世界の理は彼らに一つの想いを抱かせていた。


「何だあいつ、ヴァハナとそこまで差はなかっただろうに、何故あそこまでやれるんだ? ハルティアさん、一体これは……」


「狼狽えないでくださいハルトルート。あなたは、あの方にここを任された大将なのですから」


「くっ……まずいぞ。僕らはいいが、かき集めた神徒たちはこんなことに対応できない。予想外に対応できない。だって」


「今の世界においては神は絶対ですからね」


 『神は絶対』


 故に


「馬鹿な! 誰も勝てないなんてそんなわけがあるか!」


 誰も認められない。


 無為に、無策に、真正面から、自らの力を絞り出すことすらせずただただ力の限り


 剣を槍を、構えて振りかぶって、駆けて寄って


 そして


「ぐあああああ!」


 砕け散る。


 その光景、神に迫るとはまさにこのことか。


「ハルトルート。一旦退きますか? このままではあの方の思惑とは離れていくばかりです」


「今更聞くか。神器解放すら忘れているんだぞ彼らは。押し切るしかない。七神と七将は?」


「そこに」


 そう言ってハルティアは冷静に、眉一つ動かさずに手を伸ばした。掌で指し示す先を見て、エルフの戦士ハルトルートは小さく溜息をついた。


「よおシャールディ。散々にやってくれたなええ?」


「フレイア……っ」


「はっ、主らも終わりだのう」


 赤色の眼に焦りが見える。七神の一、神の槍シャールディの黄金色の長髪が汗で額に張りついている。


 前は無数の爪を振うルクシス、後ろから現れたは四剣の女神フレイア。裏切りは、結局征されるものか。


 ――馬が駆ける。


「おいどうするベルガ!? またあいつだ!」


「どうするも何もあるか。我らには我らの仕事がある。その為に黙って一度は矢を破壊されると言う恥辱に塗れたのだぞ」


「だが……っ。止まれベルガ!」


 そう叫んで強く手綱を引く黒き鎧の男。ベルガと呼ばれた神もまた、それを見て手綱を引く。


 土煙を上げて二頭の馬が足を止め、そして男たちの赤い目が、前を向く。


 そこにいたのは、艶やかな姿の女だった。


「あーら、お久しぶり。戦場から離れて二神、どこへいくのかしら?」


「フレンナ……」


「……妖女め、やはり神徒如きでは殺しきれんかったか」


 両手の指から紐のようなものを垂らし、不敵に笑う魔神七将が一フレンナ。馬から降り、武器を取り出す同じく七将の二神ベルガとアンゼル。


「アンゼル、わかってるな?」


「わかってるよ」


 同じ道を歩むことに意味はあれど、違えたことに意味はあれど、彼らの今に意味はなく。


 馬を降りる二神、武器を握る手に迷いはなく。


「ねぇやる前に聞くけど。あなたたち、何年も何万年もやってきたこと全部否定して、それで後悔とか無いの?」


「所詮ただの我儘だ。なぁアンゼル」


「……まーな。希望を見せてやると言われたんだ。それを見てみてぇって思ったからな、俺たちはこっちについた。ま、それだけだな」


「あっそ」


 崩れる。


 誰かが築いてきた今。


 誰かが思い描いた世界。


 彼女が創り上げた全て。


『欲望に塗れ、希望や愛すら偽物になり、命の大切さを説く者が命をないがしろにする。戦争、闘争、騙し合い。停滞に腐敗。老人が赤子の未来を奪い、青年が幼子たちを喰らう』


 銃声が鳴る。大きな身体をした天使が頭から血を吹きだして空から地面にたたきつけられる。


『君は今をどう思う? 君のその赤色の瞳に、今はどう写る?』


 巨大な剣が振り落とされる。不意を突かれた獣人は、その一撃で身体を両断される。


『君は力がある。世界を創り替えるほどの力がある。世界をずたずたに斬り裂くほどの力がある』


 現れた援軍に、軍神と魔神の軍勢たちに与する古き世界の軍勢に、優勢だった解放の軍勢は、大いに大いに混乱する。


『本を読んだかい? 今日もたくさんの本を読んだかい? たくさんの、たくさんの幻想の物語を、読んだかい?』


 壊れる。創り上げた幻想が壊れる。壊れた先に、壊したはずのものが見える。


 ――どこかで何かを繋いでいた鎖が一本、切れた。


『神に見捨てられた世界に、君は来た。さぁ、見せてくれよ。僕は見たいんだ。僕は、君の傍で見たいんだ』


 ――瞼が持ち上がる。暗闇の中、真っ赤な、真っ赤な瞳が輝き浮かび上がる。眼を動かし、ゆっくりと彼女は見る。


 そして呟く。


「結局、人は繰り返すのか」

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