194話 重なる記憶、交わる想い - 星霊の終焉と始まり
――星がひとつ、またひとつ、夜の帳の奥へと消えていった。
遠くで誰かが祈る声が聞こえる。
風のように、ひとしずくの水音のように、静かで淡い声。
アリアはゆっくりとまぶたを開いた。
そこは現実ではなかった。
けれど、夢と呼ぶにはあまりにも輪郭がはっきりとしている。
「……ここは……?」
見上げた空には、星霊たちの軌跡が、いくつもの光の帯となって交差していた。
空の奥、果ての彼方――“まだ星霊が在った頃”の世界。
「やっぱり……また“夢”だね」
すぐ隣で声がして、アリアは目をやる。
そこにはルクスがいた。
どこか困ったように微笑みながら、けれどその瞳は澄んでいた。
「わたしも、ここに来るのは初めて。でも……懐かしい気がするの」
ルクスはそう言って、静かに歩き出す。
草原のような足元を踏みしめるたび、光の粒が舞った。
それは記憶の結晶――星霊が遺した記録の断片。
「……これは、“記録”……?」
アリアがそう呟くと、目の前の空間がゆらりと揺れた。
一人の少女がそこに現れる。
白い衣を纏い、金の鈴のついた杖を手にした、どこか神秘的な雰囲気の少女。
年は十代の終わり頃だろうか。けれどその眼差しには、千年分の重みが宿っている。
「あなたが……」
「“最後の巫女”だよ」
ルクスがそう言った。
「わたしは名前を持たなかった。だから、みんなそう呼んだ」
巫女の声は、響くのではなく、空気の中に溶けてゆくようだった。
「これは記録の一部。けれど――願いでもある」
彼女はゆっくりと歩み寄り、アリアの前に立つ。
「あなたが“交わる場所”であるのなら、この想いを託すことができる。ずっとずっと前から、そう決まっていたの」
「交わる場所……?」
アリアは自分の胸に触れた。
なにかが、鼓動の奥で重なり合っている。
(これは……わたしの記憶じゃない)
(でも……たしかに、わたしの中にある)
巫女は微笑む。
「私たちは、選んだの。消えることを」
「どうして……?」
その問いに、巫女の顔にわずかに影が差す。
「争いが始まった。わたしたち星霊は、祝福と導きのために生まれた存在だった。けれど、“人の欲”が、わたしたちを変えてしまった」
「使われた、ということ?」
アリアの問いに巫女は小さくうなずく。
「願いの形が、次第に“誰かを支配する力”に変わっていった。それでも、わたしたちは人を信じていた。信じようとした。けれど――」
そこで、巫女はふと空を見上げる。
「……誰かの“本当の願い”だけが、わたしたちを救える。けれどその声は、誰にも届かなかった」
「だから……あなたたちは、自らを封じたの?」
「そう。消滅ではなく、“眠り”に近い。でも、次の時代に、“もう一度世界と繋がれる誰か”が現れると信じていたの」
巫女の視線が、アリアとルクスに向けられる。
「あなたたちは“繋がる存在”。かつての希望の系譜を、今に結ぶ人たち」
その言葉に、ルクスがそっと胸に手を当てた。
「……わたし、わかる。あなたの“感覚”を、どこかで感じたことがある」
「そう。あなたは私の断片から生まれた存在。記録を繋ぐ、光の器」
巫女がルクスに微笑む。
「あなたの中に“私たちの残り火”がある。だから、もう一度……火を灯してほしいの」
「火……?」
巫女は、アリアに向かって手を差し出す。
その掌に、淡い炎のようなものが灯っていた。
それは熱を持たず、ただ静かに脈打つ、命の灯火のような光。
「これは、“希望の火種”。記録し、紡ぎ、想いを伝える者に託すもの」
アリアは迷いなく、その火を両手で受け取った。
すると、ふわりと暖かな風が吹いた。
胸の奥――“斎”としての記憶が微かに震える。
キクが語っていた祈りの重さ、背負う孤独、そして未来への願い。
「……わたし、受け取ります。
誰かの声が届かなくならないように……あなたたちの願いが、ちゃんと次へ繋がるように」
アリアの言葉に、巫女は安堵したように目を細めた。
「ありがとう。これでようやく、“次の扉”が開かれる」
風が吹く。
光がほどけて、巫女の姿が霧のように溶けていく。
「あなたたちに、ひとつだけ忠告を。――“かたち”に囚われないで」
「かたち……?」
「想いは、かたちを超えて繋がる。言葉も、記憶も、命も。
それを恐れず、受け止める人が、世界を変える」
それが、巫女の最後の言葉だった。
気づけば、アリアとルクスは共に目を覚ましていた。
焚き火の光が揺れ、夜はまだ明けていない。
「……ルクス」
「……うん。アリアも見ていたんだね」
静かに起き上がったふたりは、言葉を交わさずに、しばらく星空を見つめた。
夜空には、いくつかの星がまた戻ってきていた。
「ねえ、ルクス。わたしたちは……なにかを終わらせるためじゃなくて、繋ぐためにいるんだよね?」
「うん。きっと、そう。
終わりじゃなくて、“始まりの系譜”。そう言ってくれた」
アリアの手のひらに、まだ微かに温かい“火種”が残っていた。
「……繋げよう。星霊の記憶も、あなたたちの願いも。わたし、自分の言葉で書き記していく」
「わたしも……忘れない。あの巫女の手のぬくもり、ずっと覚えてる」
ふたりは静かに見つめ合い、微笑んだ。
光は、消えていなかった。
まだ小さな火でも、確かにそこにある。
そしてそれは、次の未来を照らす“灯火”になる。
ーーー195話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
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